3. 魔法学院の日々 (1)
クラスでは私に話しかける人はいない。一方、養女とは言え、伯爵家の人間だ。そんな人間を指差して悪し様に言う人もいない。だから、私はいない人扱いだった。
昼休みにはまた学院裏の林のベンチに座る。サンドイッチをもそもそしていると、今日もライオネル・クィーンズベリー侯爵子息がやって来た。
「いいかな?」
「こんにちは。はい、どうぞ。後、これがお義兄さんから渡された手紙です」
「ありがとう」
ライオネルは文面を眺めた後、封筒に入れて返して来た。
「この便箋の透かしとこの僕の指輪の紋章が一緒だろう?これで僕が義兄さんと縁がある事が証明できると思うんだ」
そう言って彼は手を突き出して指輪を見せてくれる。うん、確かに似ている。
「紋章を偽造したり、縁のない紋章を身に付けていると、その紋章の家に処罰されるからね。指輪の紋章は身元を保証するものなんだ」
「そうなんですね……」
確かに、母が亡くなった時にも母の指輪が身元を保証してくれた。
「それで、養家の様子はどうなんだい?不便はない?」
私がこの魔法学院に通っている事を知っていたり、養女である事も知っている。クィーンズベリー家と言うのは色々と調べ事が得意な家らしい。
「その、元々の家族として猫を連れて行ったので、離れを用意して貰いました。お陰で今も猫と暮らせています。元々は伯父である義父には感謝しています」
「ああ、なるほど。義兄さんも猫を連れた女の子と言っていたよ。今も一緒に暮らせているんだね」
ライオネルは微笑みながら言った。この人も猫は嫌いじゃないんだね。良かった。猫嫌いの人とは絶対に話が合わないから。
「領地でも家庭教師を付けて貰えましたし、こちらでも家庭教師に色々教えて貰っています」
「教えて貰っているのは何?」
「一般教養と水魔法、そして行儀作法と医療関係の話です」
「なるほど」
「あまり社交はしていないと聞くけれど、何か問題はない?」
「あの……元々、私はあまり愛想が良い方では無いし、元は平民ですので、貴族付き合いと言うのは上手く行くとは思えないので、やらないで済んで助かってます」
「お義父さんは将来的な事は何か言っている?」
「……確か、魔法学院卒業までに考えておく様に、と言われたと思います」
「君の意思に任せると言うのなら、外部の人間としては何も言えないね」
ライオネルは少し困った顔ををした。
そうしてお昼休みが終わった。2年1組に戻ったライオネルに、ルーシー・ゴードン公爵令嬢が話しかけた。瞳に微妙な感情を浮かべながら。
「お昼までお家のお仕事?大変ね」
「労いのお言葉、ありがとうございます。好きでやっている事でもあります。お気遣いは必用ありません」
優雅な足取りでルーシー嬢は離れて行った。
ゴードン家には王の妹が嫁いでおり、つまり公爵と臣籍降下した王女の間に生まれた娘がルーシーだった。その王女ジャスミンは聖魔法を使えた為、魔法学院在学前後から教会に出向いて王家と教会の広告塔として活動していた。違う見方をすれば、王家・教会のイベントではまるで『聖女』の様に扱われて悦に入る女だった。
その娘も、やはり聖魔法が使える為に教会の広告塔になっていた。王女ジャスミンが王家の中でも特別扱いされて喜んでいた様に、この娘も母の様に扱われる事を望んだ。
2年1組の学生達は、公爵家よりは上の扱いかつ王家の人間よりは下の扱いでありながら、ルーシー嬢の満足する扱いをする必用があった。豪奢な金髪と整った顔を持つルーシーは充分美しかったが、周囲の半数は扱いが難しい女と思い、微妙な距離を取っていた。
授業を終えてノッティンガム家のタウンハウスの離れに戻ると、サーシャが外に出たがっていた。
「じゃあ、散歩しましょうか」
サーシャは私の足音が付いて来るのを確かめ、少し前を歩いて行く。その私の後ろを侍女のメリッサとメイド一人が付いて来る。
猫は足音を立てない様に静かに歩く。それは一見お淑やかに見えるが、理由は別だ。猫は外敵に気付かれない様に、あるいは獲物に気付かれない様に気配を殺して移動するんだ。
そんなサーシャが母屋周囲の林を抜けようとする。ここから先は猫好きかどうか分からない人達の領域だ。
「サーシャ、駄目」
私はサーシャの目の前に低いウォーターウォールを作る。するとサーシャは向きを変えて、私を見上げて睨む。サーシャはとても賢い猫で、母と私のどちらが魔法と使ったかいつも見分けていた。もっとも、もう母はいないから私を睨んだのかもしれない。
「そっちに行くと、知らない人がいるから危険なの。戻りましょう?」
しゃがんで話しかける私に、サーシャは眉間に皺を寄せたが、木の方に向きを変えた。
その場からすっと前に飛び出すと、木に飛び掛かって、そのまま木を登った。
後ろにいるメリッサとメイドが息を呑む音がした。彼女達はまだ、猫が時に元気いっぱいに動く事を知らなかったらしい。
サーシャは木の枝に乗り、行けない方向を睨んだ。そう、猫は縄張りの見回りをする。行けない方向に外敵がいないか見たかったのだろう。
しばらくするとサーシャは気が済んだのか、幹を駆け下りた……駆け下りようとして足を滑らせた。
だから私が大き目のウォーターボールを作って受け止めてあげた。そのまま地上に降ろすと、サーシャは身震いをして水を振り払った。そして私を一瞥すると、落ちた事など忘れたかのようにスタスタと離れに歩いて行った。この子はこんな風に失敗を無かった事にする事が多い。
別に叱るつもりはないんだけど。




