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第9話【別視点】勇者あああああああああああ!!!

「これは……緊急時の、鈴?」

「ああ、そうじゃよ。これを鳴らすと村の者らは慌てた様子で家から顔を出してくれる。ほれ見てみるがいい。わらわらと家からでてきたじゃろ?」

「わ、私の身を案じてくれたのは、うれしいのですが……。そんな、みんなを呼ぶほどでは――」



 ――ヒュン。



 村長に、みんなにこれ以上心配をかけてはまずいと思ってなんとか声を絞り出す。


 すると背後で風を切る音が鳴り、私の顔のすぐ側を何かが通り過ぎて行った。



「今のは、なに? それにこれって……」



 頬を伝うそれを拭い、手のひらを見つめた。


 少しくすんでいる紅い液体は間違いなく血。

 

 もし一センチでも頭を動かしていれば飛んできたなにかは私の顔面を捉えて……きっと私はこの場に立っていることはできなかった。



「私を、殺そうとした? 誰が、何のために?」



 私は疑問符を浮かべながら攻撃してきたその正体を確認しようと振り返った。


 しかしそこにいたのは一緒に農作業をしていた見知った顔のみんなだけ。


 攻撃を仕掛けてくるなんて……ありえない人たち。



「ふむ。どうやら無理矢理揺り起こしてしまったものじゃから気が立っているようじゃな。やれやれ、やはりもう少し侵食するのを待ちたかったところじゃが……あんなのが来てしまったからには仕方ないよのお」

「……どういうことですか、村長」




 ――ザク。




 私の問いかけに村長は口を開くのではなく、レンヤ様が研いでくださったスコップを拾い上げおもむろに地面を掘り返した。


 きらりと走る閃光、それは黒く汚染された土を通常の土に……いいえ、それ以上の豊かなものへと変えてしまった。


 まるで神の御業。

 何度見たって信じられないという思いが湧き上がる。




「このように()()()()()()魔素汚染はこれだけで正常化されてしまう。であれば焦るのは必然じゃろ?」




 はかなげな表情で私の顔をじっと見つめる村長。


 いつもと変わらない顔だけど……その言葉が私を、まるで別人を見ているような気分にさせてしまう。



 だって……私が、って――



「折角今日まこの村に居座り、お主を解放させようと暮らしておったというのに……。まさかこれほどまで早い周期で勇者が、しかもこっち側にやってくるなどとは誰が思うか」

「解、放?」

「そうじゃ。お主を……お主の中にある()()をな」



 ため息を溢しながらゆっくりと歩み寄る村長。



 怖い。逃げたい。でも、身体が動かない。



 すっ、と差し出された村長の手、その行動には殺意は感じられない。



 ――でも、気持ちが悪い。




「そう身構えんでもいい。その苦しさは病気ではないのじゃから。お主にとって魔素は敵ではない。当然その黒い土も、黒い水もな」

「それは、どういう……」

「もう間もなくわかる。解放に必要な最低限の魔素はあるからの。ただ……すまんの。あの勇者のせいで、少しばかり痛みはあるかもしれん。というのも奴らと同じように無理矢理揺り起こすことになるからの」



 ――チリーン。



 差し出された手は私の頬を撫でることをやめて再び鈴を揺らした。


 この鈴の音……なんだろう、これを聞くと緊急時の焦りとは別になぜか穏やかな気持ちになる。


 ……そういえばこの鈴の音、前も――



「あれ? 思い、出せない? あれ……。私はこの村で生まれて、それで……。村長がお母さんで、マトマのおばあちゃんで……」

「そうじゃよ。お主もマトマもかわいいかわいい――」




「――違うっ!!!」




 鈴の音と共に浮かび上がった懐かしい記憶。

 それは幼い私をなだめるために、お母さんが鳴らしてくれた映像。


 そうだ。お母さんはいつも何かを隠すように帽子を被っていて……決して老いることがない、上位の魔族だった。




「あなたは……。お前は誰なの?」




 老いぼれたこの人間を、私は知らない。

 いいえ、知らなかった。


 嫌な予感で胸が苦しくなる、汗が止まらなくなる。



 だってこいつはこいつは……。




「ふぅむ……。あの勇者、聖剣ですら鈴による支配を弱めることすらできなかったというのに……。まったく、今度の勇者様は規格外としか言いようがないですね。もしあのお方に差し出すことができたのならば、一体どれだけの褒賞を賜れるのか……。いやはや、先日の最下級魔族共……あれらが荒ぶってしまうのも無理はありませんか」



 ――メキ、ボキ、バキ……ビリ。




 村長の口調が、変わった。


 それだけじゃない、その曲がった腰はまっすぐに……手足も伸びて、筋肉は隆起していく。耐えきれなかった服は破れ、風に乗って舞う。


 果てはその背中に翼が生え、一本角もまでも……。



「村、長……」

「……。結局あなたは最初から最後まで私のことをお母さんとは呼んでくれませんでしたね。もしかするとレンヤ様による力だけではなく、あなた自身の強さも一部とはいえ記憶を取り戻すきっかけになったのかもしれません。流石は上級魔族の娘、というところでしょうか」




 体長2メートルは優に超えているであろう村長……そいつはポリポリと大きな斬り傷のある腹をかきながら笑って見せた。


 その姿を見ているだけで苦しさは増して、息が詰まる。



「さて解放させてしまうよりも先に……まずは邪魔者であるレンヤ様、それと他の上位魔族が入ってこれないようにしておきますか。あの子は『ゲート』で帰ってこれるでしょうしね」



 大きな体を滑らかに動かしながら地面に何かを描いていく。


 私はこれをただ見ることしかできない。

 

 村の人たちもおかしなくらい動かない。

 きっと抵抗しているのね、魔族として完全に落ちてしまうことに。




「我という尊い存在と並び立つもの以外の侵入を許すべからず……。闇魔法『死伝結界(エンドエリア)』」




 描いていたのは魔法陣。

 村長だったそいつがその手をそれに乗せ、唱えると村全体を半球が包んでいく。



「嘘……。これは結界……。あの人が残してくれた結界が……あの人の愛が――」

「ああ、結界なんて張られていなかったですよ。前の勇者は確かに村を救ったとは思いますが、そこまでのこと……できるわけがありませんよ」



 結界の上書きがなされたと思い、涙が溢れ出す。


 だけどそんな私を不思議なものを見る目で見つめてくる。



 勇者様の、あの人は結界を張っていなかっ……た?



「う、嘘よ! だ、だって……それじゃあなんで村をモンスターが、魔族が襲てこなかったの! その鈴に記憶を、支配する力があるからって……」

「格、ですよ。魔族やモンスターは魔力を視認できる。相当な馬鹿か実力者じゃない限りあなたを見て去っていくのが必然。この前の魔族共ですら、あなたが動けないと確信が持てるまでは動こうとしなかった。まぁ、勇者という餌に釣られてはしまいましたがね」



 確かに……通常結界は視認できるようになっているもの。


 でも、勇者様の張ったという結界はそれがなかったし……この前の魔族が村に入り込んでいた原因を思えば、張られていなかったというのが最も納得のいく答えだわ。


 でも……。納得はできるけど……。ずっと信じていたのに……。そこに勇者様はいてくれていると思えていたのに……。



 駄目……気持ちが、保てない。

 何かが、何かが込み上げてくる。


 どろどろとした何かが、また……。



「……」

「まぁまぁそんなに失望しないでください。勇者があなたを救ったというのは本当なんですから」

「……。そ、そうよ。あの人は私を、お母さんをこの村で生活できるようにしてくれて……。でも、それじゃあなんであの人はここにいてくれていないの? 他の村が、世界が大切だというのはわかるけど……子供に会いにすら来てくれないなんて――」



「救ったからですよ。救世の行動であり勇者として正しい選択。でも一人の男性にとっては耐え難いものであったから……自死を選ぶことにした」



 ――チリーン。



 再び鳴らされた鈴。

 

 すると今度は血だらけの聖剣と、宙を舞う帽子の映像が鮮明に思い起こされた。



「そう、だったわ……。私は自分の力を押さえらえなくなって……。あの聖剣で……封じられた。それでお母さんは……元凶とされて、あの日殺された。勇者に……。勇者、に……」



 最愛の人。でも勇者という使命が私からお母さんを、最愛の人を奪った。


 逃亡して……。三人で、いいえ……マトマと四人でひっそりと暮らす。


 そんな幸せを勇者という使命が……させなかった。




「――あ、ああ……。勇者……。勇者ああああああああああああああぁぁあぁあぁぁあぁああああああああああああ!!!」




 込み上げていたもやもやが絶叫と共に私の外に吐き出されていく。


 いくら叫んでも晴れない。晴れない晴れない……晴らす、晴らす殺す殺す殺す殺す殺す!!



「ふ、ふふ……。流石は憤怒の神童。これならば……私を魔王の地位にまで押し上げてくれるやもしれませんねぇ……」

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