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第8話 終わりと始まりの音

「経験値?」


 その単語に聞き覚えがないのか、マトマは首を傾げたり、頭を両手で抑えたりして、むむむと唸った。


 その反応はルミアと出会い、一緒に自分のステータスをギルドへ確認しに行く前のよう。


 そう。そもそも普通に暮らしていれば経験値だとかレベルとかを確認することもないのが当たり前なんだよな。

 冒険者ギルドの発展著しい東側でもそんな状態なのに、マトマたちの村で当たり前のように周知されていたらそのほうが怖い。



「レベルアップ……。いや、強くなるのに重要な要素で、毎日の稽古、筋トレ、モンスターの討伐とかでちょっとずつ溜まるもの……かな」

「それがたっぷり? そっか、だからレンヤ様……ちょっと雰囲気が」



 俺自身このナイフで経験値を手に入れたのは初めて。

 でも体が熱くなる感覚とおもりが外れたような、軽やかで心地よい感覚は確かにあって、自分のレベルが一気に上昇したという実感もあった。


 そしてそんな俺を見つめる視線はマトマも含めて、俺よりも的確に異常を感じている様子だった。

 


「ぐるるるる……」

「な、な……なんだよ、こいつ」



 鈴の音によって呼び寄せられたオルトロスダークと魔族たちはうろたえ、一向に攻めてくる気配がない。


 それはまるで蛇に睨まれた蛙みたいに。



「マトマ、背後は任せた」

「うん! りょーかい!」



 だから俺は自分が強者という立場を理解、利用して前へ前へと進み出た。


「んがっ!」

「あっ……すまん。もう少し避けると思ったんだが……速すぎたか?」



 これだけの数を相手にするということもあって、余力を持って軽く駆けたつもりだったのだが……それさえも反応するのが難しかったのか、正面のオルトロスダークは単純な縦振りだけで頭が割れてしまった。


 しかも避けられることを前提にすぐさま横に薙ぎ払っていたナイフが残っていたもう一つの首を切り裂いた。


 時間にして数秒。

 地味ながらも放たれた俺の攻撃はあっという間に二匹目を絶命させた、だけでなく死体蹴りと批判されるような一撃までお見舞いしてしまったというわけだ。



「く、このぉぉぉぉおおおぉぉっ!!」

「……。一応謝りはしたんだけどな。あんまりにもマナーにかけてたか。でも……こうどんどん強くなると、どうも制御が難しいんだよ」



 二匹目のオルトロスダークを殺し、さらに光が俺の元に集まってきた。


 自分で言うのも神々しく光るそんな状態で襲ってくる手に対してナイフを振るうと、剣線は閃光が走ったように煌めき……まるで本物の勇者のようじゃないか?


 いや、なんか経験値の光以外にも黒っぽいのも集まってきてるな、これ?

 おいおいおい、折角正義の味方らしく戦えてるってのにこんな邪悪な要素いらないって。



「馬鹿、な……。あなたはただの勇者候補……のはず。勇者である証拠はいまだ表れていないというのに……。これほどの脅威……早くあのお方に知らせなければ」



 ――ブワッ!!



 面白いくらいに倒れる魔族やモンスターたちに意識を集中させていると、背後にいたフルーレを中心に強く風が吹いた。


 いや、この感じ……風じゃない。

 魔力。それもかなりの量の。


 強力な魔法を発動するために力を放出して、何かを構築している。



 とてつもない一撃か、或いは……。



「こんな奴ら、相手にしてる場合じゃなさそうだ。でも……この数じゃ――」



 ――トン。



「レンヤ様!! 後ろはあたしが、ですよね!!」



 残っている魔族とオルトロスダークに視線を送っていると、構えていたナイフにありえないくらいの圧がかかった。


 というのも、背後で戦っていたマトマがその軽い身体を活かし、フルーレの魔力に乗って俺の元まで飛んできていたのだ。


 しかも、器用にその片足を俺のナイフに接して見せるという人間離れした技を繰り出しながら。



 こんなの今の俺じゃなかったら絶対踏ん張れなかったし、ナイフが吹っ飛ぶどころか、最悪全身が吹っ飛んでたぞ。

 


 子供だから仕方ない、とはいえあまりにもやんちゃすぎる。

 けど……。



「最高に……面白いっ!!」



 共闘するということに今までない高揚感を覚えながら俺はマトマを乗せたままのナイフを思い切り振った。



 ――ヒュンッ!



 すさまじい風切り音を放ちながらフルーレ目掛けて進むマトマ。

 レベルアップにより速さだけでなく筋力も向上。まるで雲のようにふわりと軽く感じたマトマを弾丸のように飛ばすのなんて分けない、ということだ。



「開きなさい、主人の元へとつながる扉よ。『ゲート』――」

「させ、ないっ!!」



 フルーレのそばには見覚えのある黒く楕円の穴が現れた。

 そしてそれと同時にマトマの剣がフルーレを背後から襲い……その脇腹に刺さった。


 完全に捉えた。血が広がって、態勢も大きく崩れた。


 まだまだマトマとフルーレには実力の差がある……だけどゲートを展開している最中は無防備だったのか、反撃もないまま攻撃は当たってくれた。

 そう、当たってくれたのはいいのだけど……。



「――あっ……」



 ――にょん。



 その勢いは完全に殺されてくれず、マトマとフルーレはそのまま穴の中へ。

 まったく、せっかく勝ったっていうのに全然締まらないな――



 ――シュゥゥゥゥ。



「これ、ちょっとまずいか」



 フルーレというゲートを作り出した存在がこの場から消えたことが原因なのか、黒い穴は一気にしぼみ始めた。


 俺はマトマだけを別の場所に移動させてはまずいと思い、急いで黒い穴の元まで駆ける。


 しかし、その穴の塞がる速さは想像以上で、あっという間に人が通れる大きさではなくなってしまった。



「くっ、開け……よっ! って、しまった……」



 咄嗟にナイフで黒い穴を広げようと差し込むと、そのまま黒い穴は切り裂かれ……経験値である光と、黒いそれが俺の元に押し寄せた。


 これじゃあ二人を追いかけられない。



「はぁ……。どうしたもんかな」


 

 不意にため息が出てしまい、戦闘中だってのに気持ちが萎えてしまう。



「……。そういや、この黒いのだけまだ消えてないな」



 でもそれが逆に良かったのか、俺は黒いそれが消えず、自分の身体に残っていることに気づけた。



「そういえば、フルーレの奴もこうやって黒いこれを操作して防御壁見たいの作ってたっけな。壁……。壁壁壁、扉……。いいや、俺に魔法の才能はねえしな」



 一つの閃き。

 だが、それをするには適性があまりにもなさすぎる。


 そう思っていると……。



「――ダークボール……」



 俺の頬を魔力の塊が掠めていった。



「そうだ、俺にはそんな才能はないけどお前たちなら……。となると、この黒い魔力と経験値を取り分けて……。与えてやれるものを用意してやれば……」



 食事用に用意されたのはナイフだけではない。

 当然対になるあれだって持ってきている。


 でもこっちは戦闘で使うようとして事前準備してないんだけど……。



「ま、お前たちのために特上の一品を用意してやる必要はないか」



 ――シュッ!!



 俺はポーチからそれと研磨用のペーパーを取り出すとさっと一研ぎ。


 切れ味が皆無のそれさえも強力な武器、道具へと変えてしまうのだった。



研師【覚醒】LV1

□対象物:鉄のスプーン

□効果時間:スキル対象者が死亡するまで。(現距離において)

□効果:切れ味強化(A級)、傷防止、掬い上げ(S級)、譲渡(S級)




「さて、この魔力と経験値で腹いっぱいになれる幸せな奴は誰かな?」





「ふぅ……。あの子……マトマはそろそろ村に着いた頃ですかね?」

「そうじゃの。だが心配することはなかろうて。あの子はお前さん子であり、勇者の子供でもある」

「そう、ですね」



 畑を耕す手を止め、取ったばかりの作物の質を確認する村長に問いかけた。


 マトマを外に、しかも立った二人でおつかいに出すなんて初めてのこと。


 しかもその連れが勇者……勇者と名乗る男だとなれば心配するのは当然。



 レンヤ様はこの村を救ってくれたのは本当。



 だけど、だけど……この気持ちは何? 苦しい。病で倒れていた時なんかよりもずっとずっと……。



 レンヤ様がこの村を助けてくださる度にあなたが、勇者様が薄れてしまうようで……。


 なんで……。なんで……あなたは一体どこへ行ってしまったの? 私を、マトマをおいてどこへ……。



「……。顔色が悪いようじゃな。これでも飲んで少し休むとええ」

「あ、はい。すみません」



 村長から手渡された水の入ったコップ。


 レンヤ様のお陰できれいになったお水はとてもおいしくて……でも、いつから水が汚れていったのだったかしら?


 少し前? いいえ、前にもひどく汚れていた時期があったような。


 その時、私は――


 

 ――コトン。




「うっ!!!」



 喉が焼けるように熱い。嘘、この味は汚染されていた時のそれ……。



「な、んで……また黒く」



 喉を押さえながら落としたコップを見る。

 するとそこには再び黒く……いえ、いっそう黒くなった水で地面が汚れていた。



 そして……。



 ――チリーン。



 遠のきそうになる意識の中、私の頭の中で鈴の音が鳴った。

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