第10話【別視点】忘れていた記憶の奥底
力が漲っていく。
でもそれと同じだけ怒りは膨らんで、勝手に身体が動く。
以前も感じたこの感覚。
あの日のことが、昨日のことのように思い出されて……でも、どこか靄がかかっている。
「う、ああああ!!」
その中途半端な状態が続くものだから私は余計に吠えたくなってしまう。
勇者を、敵を……すべてを壊したくてたまらなくなる。
まずは……人間。
私たちを拒み、勇者さえも都合のいいものとしか見ていなかった……煩わしい生き物たち。
「きっと……潰すのは楽しい、はずよね?」
その場から動けずにいた村人たちに視線を向ける。
すると私の殺気に気づいたのか、表情を変えることはないけれど細かく震え出した。
だから……その姿に少しだけ胸がすっとした。
「まだ理性がありますか。……であれば力だけでなく魔族としての本能すらも目覚めさせてあげましょう。ついでに新しい仲間たちの強さ、それを見極めるとしましょうか」
――チリーン。
薄ら笑いを浮かべながら村長だった魔族は再び鈴を鳴らした。
再度強制力が働き、村人たちは一歩、また一歩と歩き始めた。
その目はいつの間にか赤く染まって……鈴と魔素によって完全な魔族となってしまったようだった。
なら……こいつらは殺さないと。
「ああああああああああああああああああっ!!」
「っ!?」
村人たちと同じように私も一歩踏み込んだ。
そして雄たけびと共に先頭の一人を思い切り殴った。
――バン!!
最早名前さえ思いだせない村人。
とはいえ魔族に覚醒したからなのか、咄嗟に頭を両腕で守るという挙動を見せた。
ただ、だからといって私の攻撃のすべてを受け止められるなんてありえない。
村人はまるでボールのように勢いよく吹っ飛ばされて、結界にその背中を打ちつけ、落ちた。
音からして大ダメージ。
きっと骨に異常が起きているはずね。
「ほう……」
「弱い。弱い弱い弱い。私たちを、見下していたくせに……。くせにくせにくせに……っ!!」
敵を倒したことですっきりするかと思ったんだけど、それがむしろ欲求を加速させた。
足りないのよ。
そんな弱い相手じゃ……。
もっと恐怖を、痛みを与えてやりたいのに!!
「ツ、ギィッ!!」
したがうまく回らない。
でも村人を殺そうとする手はいくらでも動いてくれる。
一人二人、十人……その場にいた村人たちを吹っ飛ばすのに大した時間はかからなかった。
「――マダ……。マダァア!」
荒ぶる感情、さらに靄がかかる記憶。
私はいっそう強い気持ち悪さに襲われていた。
そしてそれを振り払おうと、ついにそいつに視線を向ける。
「ソン、チョウ……」
「ふむ、次の標的は私ですか。最早誰が何をしたからといったことなど気にも留めず、ただ暴力を振るいたい、その欲求に飲まれたといったでしょうかね。その姿を見るに……ふふ。完成、ですか」
不敵に笑う村長、それに気づいて自分の身体に視線を落とした。
すると、そこには黒い魔力が纏う私がいた。
背格好は変わってない。
でもこの爪……尻尾の感覚や、翼もあるように感じる。
さっきの村長と同じように私も魔族として完全な姿へと変化してしまった……。
「……ダカラ、ナニ?」
そんな自分見てついて出た言葉はそれだった。
自分の姿なんてもうどうでもいい。
私はただただただ……殺したい。
――コロシタイ、それだけ。
「いい!! いいですね!! 傀儡に無駄な感情は不要!! あなたは私のために……いいえ、ただ煩わしいと思ったものを殺せばいいのです! そう……私以外、をね」
――チリーン。チリーン。チリーン。
村長は何度も何度も鈴を鳴らした。
そうすることで私も村人たちのように動けなくなって……意識が記憶の底に沈んでいく。視界が白くぼやけていく。
「ア、アア……あな、た」
「その執着心、つらいでしょう? 今消してあげますからね」
◇
「――お願いです! 私たちに敵意はありません! だから……だからこの子のためにも少し、少しでいいから食べ物を――」
「お前みたいな魔族にくれてやるものなんてあるわけがないだろ! 冗談もほどほどにしやがれ!」
「こいつ弱ってるぞ! 今なら俺たちだけで殺せるぞ!!」
人間が二人……格好からして、村の人。
だけどいつもの朗らかな表情はどこにもない。
これは私が、私たちが初めてこの村に訪れた時の……そう、あの時のみんな。
「お母、さん……。私は大丈夫、だから……。人間に頼るのなんて、やめよう」
この弱っているのは私……。
お母さんと一緒にあの場所から逃げ出して……一週間くらいまともなものを口にしていなかったかしら?
この時の私は確か魔力が内在する暴走気味で、魔素を含むモンスターの肉を口にできなかったのよね。
だから人間の里に訪れて、何にも侵されていない人間が作っている食べ物を求めていた。
でも、人間にとって私たちは敵でしかなくて……私もそれをわかっていたから、人間い頭を下げることをやめてほしいって、お母さんにお願いしていたんだっけ。
「ほーう、立場がよくわかってるじゃねえか。じゃあ、おとなしく死んでくれや」
村人たちは村の入り口を守ている衛兵だったのだろう、その屈強な身体を用いて手に持った槍を思い切り振り上げた。
そしてそれは躊躇なく私たちの元に振り下ろされる。
こんなものお母さんの力であればたいしたことがない。
「……」
だけどお母さんは決して動かなかった。反抗する意思は、その目からも感じられなかった。
「お母さ――」
そんなお母さんの様子に不安を覚えた私は咄嗟に弱った体で前に出た。
どうせこのまま死んでいく身、せめて最後くらいお母さんの役に立てれば……それだけでよかった、のに。
――ぽと。
「――おいおいおい、無抵抗な女性たちにそりゃねえんじゃねえか? まったく……それだからあんたらには女っ気がねえんだよ」
軽い口調。ぼさぼさの黒い髪。
だらしがないと言ってしまえばそれだけでしかない人間の男。
なのに、なのに……。
魔族である私たちを守ろうとして、その脇腹には槍が突き刺さっているその姿が、どうしようもなくかっこよく見えてしまって……この鼓動は熱く速くなっていた。
「……」
「あな、たは? いえ、そうではなくその傷! 早く手当てをしないと!」
見とれている私とは対照的にお母さんはその人間の男を心配して歩み寄ろうとする。
魔族とは思えないそんな言動。
ほかの村人たちはさらに眉間にしわを寄せて警戒をしたけれど、男性は嬉しそうにほほ笑んだ。
「ふ……はは。これじゃあ誰が敵で誰が味方なのかわからないっすな! あははははははははははは!!」
微笑は豪快なそれに変化。
きっと傷が痛んでしょうがないはずなのに……。
「……。ふ、ふふ」
そんな馬鹿な男性が面白くて私も笑いがうつる。
そして体は自然と動き始め、私はいつの間にか男性の傷を覆うように手をかぶせていた。
「あんまり笑うと傷が広がってしまうわ。あ、槍は無理に抜かないで。臓器を余計に傷つけてしまうから……『弱回復魔法』」
体の内で暴走しようとする魔力がこの時はなぜか問題なく扱える気がして……回復魔法を発動。
だんだんと傷は塞がって、魔力を発散させことによって私も身体が楽になった。
そしてそんな医療行為を止めるものはもうその場にはいなかった。
――カラン。
「これはすげえな!! 傷が塞がってやりも自然と抜けやがった! 全然痛くねえぞ!」
「魔族が……人間を治し、た」
抜け落ちた槍の落ちた音が響き渡ると、男性はその場でぴょんぴょんと跳ねて見せた。
それを他の村人たちは茫然と眺め……お母さんですら驚くように口を押えるばかりみたい。
「――魔族を懐柔したのか? これが……これが勇者の力ってわけか」
村人たちが発した勇者という単語。
それを知らない魔族はいない。
だから咄嗟に私もお母さんも身体を強張らせた。
でもそれは次の瞬間、解けて……。
まさかあの日まで穏やかに、あいつのことなんて忘れて暮らせることになるなんて……この時はまったく思っていなかった。
そう、あの日までは。
「――勇、者?」
「おう。俺は魔族と対話を試みる勇ましい者……勇者シンヤとは俺のことよ!! よかったらお嬢さんたちの名前も聞いていいかい?」
私の問に嬉しそうに答えたシンヤ。
次にそれに応えようとお母さんは膝をついて名乗り始める。
「――私はサタナエル……。それでこの子は……そういえばまだ名前を授かっていなかったわね」
「なるほど。お母さんはさっちゃんか! そんでもってこちいのべっぴんさんは……真っ赤な目かわいいからルビーちゃんでどうだい?」
「「え?」」
勝手に名前を変える、つけるなんていう魔族の常識を簡単に破りシンヤは私とお母さんを、そしてこの場に漂っていた重い空気までを一瞬でぶち破ってしまうのだった。




