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第11話【別視点】俺は駄目な勇者

 ――しゅうぅ……。



 シンヤと村の人たちとの邂逅。

 その記憶が思い出されると、場面は空気の漏れるような音と共に黒く塗り潰された。


 そして数秒の間を開け、再び視界には当時の村の様子が映りだされていく。


 これも村長の持っていたあの鈴の効果なんだろうけど……これだけ個人に干渉できるなんていったいどれだけの魔道具だって言うのかしら?


 あんなもの、辺境に住む魔族に与えらえていい者とは到底思えないけど――。



「――ふぁ。……にしても恐ろしいくらいになんも起きませんなあ。いやまぁそれに越したことはないんだけどよ。ここに居座ってんのもそろそろなのかね?」

「それは困りまするじゃ、勇者様。ベロニア村はまだまだ復興途中。今勇者様にいなくなられては皆の士気が下がってしまうて。……それにその魔族共を迎え入れてピリピリしているのは知っておるじゃろ?」

「それは知ってっけどよ……。村長さんよ、流石に()()もここにいるわけだからそろそろ慣れやがれって一喝してくんねえか?」



 そんなことを考えていると、村の畑のあたりにいたシンヤと一人の女性へと視点が合った。


 その側に私とお母さんもいるけど……村にいるのに、いない。見るからに孤立している様子も映されている。



「それは難しいのう。ここにいる者たちんのほとんどは魔族による襲撃で家族を失い、また怪我を負った者たちなのじゃから」

「はぁ……。そうかそうかい。でーも、あんなに可愛い女性がいても魔族だからってあの態度は……あー勿体な。奥手なままじゃ短い人生謳歌できねえって伝えといてくれよ。ついでに俺を見習えってな」



 ため息を溢すとシンヤは村長に素見せびらかすよう、私に視線を向けて笑顔で手を振った。


 すると記憶の中の私は頬を真っ赤に染めて膨らんだお腹をさすった。



 ――そう、だったわ。私に名前を授けてくれたシンヤに、常に私たちのことを気にかけてくれるその姿に……私は惹かれ、恋焦がれていったの。



 村の人たちはいつまでたっても私たちを見下すものだからシンヤが付き添ってくれていないと出歩くのもままならない、そんな環境ではあったけど……私もお母さんも幸せだった。




「――それじゃあ、今日の仕事も終わったことだしそろそろ帰るわ」

「ふむ。勇者様に農作業をさせてしまっていること、本当に申し訳ない。で、申し訳ないついでに結界のことなんじゃが……」

「あ、ああ! あれね! その、聖剣も万能じゃなくてな! まだ時間がかかっちまうみたいだからもうちょっとまってくれ」

「そうか……。先日もこの周辺で魔族を見たという情報があったからのう。早めに展開してくれると助かるぞ。っと、急かしてしまってすまんの。ほれ、お詫びにこれを持っておいき。農家連中がお前さんに、と一番いい茶葉を用意してくれたのじゃ」

「お、気が利くじゃねえか。それじゃあルビーたちと一緒に――」

「くれぐれも一人で楽しんだ……礼を言うときはそう伝えるのじゃぞ」

「……。はいはい」




 一通りの仕事をこなしたシンヤは村長から袋に入れられたお茶の葉を受け取ると、簿妙な顔のまま私たちと合流。

 そのまま借りている黒い屋根が印象的な家へと向かっていった。



 確か、この時私たちの住んでいた家は魔族の襲撃によって空き家となってしまった一つだったとか……。


 今思い返してみると、こんないわくつきのところに住むなんて選択は間違っていたかもしれないわね。




「――ただいま! いやー今日も疲れた! ルビーもサタナエルも付き合ってくれてありがとな」

「ありがとうだなんて……。お礼を言わなければいけないのは私たちのほうです。特にルビーは……ね?」

「……うん。シンヤ様の、あなたのお陰。それにお母さんの。あいつの元から逃げて、戦うことをやめて……こんなに満たされるだなんて思ってなかったわ」



 お母さんは私のお腹を撫で、私もポンポンと自分のお腹を軽くさすった。


 村人たちからどれだけ冷たい視線を向けられてもそんなのは関係なかった。

 この時の私はただただ幸せで……自分が魔族だということさえも忘れてしまいそうになっていた。


 それに……私以上にお母さんはこの子に期待を寄せていた。



「ふふ。勇者様と魔族の子供。二人の愛を受けたこの子が憎みあう種族を繋いでくれるはずです。そうすればこの世界は寄り幸福で満たされるでしょう」

「……。そう、だな。それじゃあ俺はお茶を淹れてくるわ。あ、ちなみにいつも通り拒否権はねーよ。うまいもんはみんなで分かち合うのが最高の味付けになるからな」

「それでは私はこの子にもこれを聞かせてあげまずね」




 ――チリーン。




 台所に移動するシンヤを見送ったかと思えば、お母さんは懐から一つの鈴を取り出して鳴らした。


 そう、この鈴はお母さんのもの。

 私が子供の頃から聞かされていた鈴の音はいつもお母さんが鳴らしていたのよ。


 だから、決して村長が持っていていいものじゃないはずなのに……なんで村長がこれを。



 駄目、思い出せない。

 ……いいわ。その真相もすべてこの映像にあるはずだから。




「うん。いい音色」

「うふふ……。あなたは昔からこれが好きでしたね。だからきっとこの子も好きになります。……この音も、人間も」

「お母さん?」



 どこか愁いを帯びたお母さんの表情を見て私は疑問符を浮かべた。


 でもそれにお母さんは応えようとしないし、私も深く追求しようとはしない。


 今思えば私が人間にあまり抵抗を感じていなかったのって……これがきっかけだったのかしら?



 ――コト。



「――茶菓子も準備万端。はてさてお味はいかがなものかね」 

「もう、あなたってば。まずは感謝の合掌でしょ。本当に食いしん坊なんだから」

「あはは! 悪い悪い! こんなにいい香りの茶は初めてでついついな。じゃ、改めまして……いただきます」



 そうこうしているうちにシンヤがいつもの黒コップを3つとお菓子を盆にのせてやってきた。


 勇者にしてはどこか気の抜けた男性で、休みの時はどこまでもだらけてしまう人だけど……食べ物のこととなると人が変わったみたいにテキパキとしだすのよね。



「うん! ちょっと変わった味だけどうまいぞ」

「本当? じゃあ私もいただきます」

「それでは私もいただきま――」



 ぱあっと明るい表情を見せたシンヤに続いて私もコップに口をつけた。


 コップの色が黒いからかお茶は濁って見えるけど、シンヤがおいしいって言うなら問題ないって……何も注意を払うことなく私はそれを飲み込んだんだ。



 でも……。




「――待って!! これを飲んでは駄目!!」




 お母さんの穏やかな声色が荒らしいものへと変わって、その場の空気は一変した。


 


 ――バシャ。



 私の手からコップが落ち、お茶は床を濡らした。


 見ればそれはコップに入っていた時よりもはるかに黒い。




「え? なんで? おい! 大丈夫かルビー! おいルビー!!」

「あ、なた……」




 苦しそうに、お腹の子を守るように私はその場にうずくまった。


 ……。そうだ。人間が、人間が……。




「まさか魔素を盛るだなんて思いませんでした。村人に、人間にそんな技術があったとは……。思えばこの黒色……ものに混ざり込むと見た目でしか判断できないんですね」

「くそ! あいつら……。サタナエル! ルビーは、ルビーは大丈夫なのか!?」

「……。戦闘から離れて、魔力はゆっくりとですがなじみ始めていました。だからこの程度の量であれば抑え込めたはずですが……。きっと村長たちは少しずつ、ルビーの身体を……。これではもう……」




 ――チリーン。チリーン。チリーン。




 額に汗を浮かべながらお母さんは鈴を鳴らした。


 でも私の容態は一向に良くならない。多分、その鈴で誤魔化すことができないところまで来てしまった。


 そうして私は、今の姿……ううん、それ以上に変わった。




「――う、ああああああああああああああ!!!」

「ルビー!?」

「シンヤ様! 急いでここから離れてください! こうなってしまえばルビーは、私の娘はそれをすべて発散するまで殺そうと続けます! くっ、こんなことになるならば鍛錬を怠るべきではありませんでした――」




 ――ズオッ……。




 お母さんとシンヤが逃げるよりも先に私の身体からは黒い波動が漏れた。


 そしてそれは二人を吹き飛ばすだけでなく、家の至るところまでも吹っ飛ばして簡単に倒壊へと追いやったのだ。




「追撃はありませんか。流石にすぐには動き出せないといったところでしょうか。ただ、こうなったらもうやるしかありませんね。シンヤ様、あの子がすべてを発散させられるまで一緒に戦ってくれますか?」

「……」

「シンヤ様?」




 吹き飛んでいった二人は受け身を取ったかと思えばすぐさま体勢を整えた。


 そして次の行動について、お母さんが提案をしたのだけど……シンヤ様はそれに応えようとしない。




「――うわ! なんだあれ!?」

「魔族が……。魔族が本性を現したぞ!」

「だから嫌だったのよ! 魔族を受け入れようなんて!!」




 そうこうしている間に辺りは村人で溢れていた。


 しかもその視線は鋭くお母さんを見つめて……。




「――あの女魔族だ……あいつを殺せ! 被害が広がる前に殺すんだ! 勇者はすでに懐柔されている! 俺が俺たちが魔族を、魔族をおおおおおおおおおおお!!」

「くっ。皆さんのお相手をしている暇なんてないのですが……。仕方ありませんね。この方たちにはしばらく眠ってもらいます」



 混乱する村人たちはお母さん目掛けて攻撃を仕掛けようと走り出した。

 その目にはうっすらと赤色が見えていて……普通じゃない。



 どこまでも人間というのは愚かな――




「――すまん。本当に、ごめんな」




 ――ぽた、た……。




 謝罪の言葉、それが言い終わる頃。


 お母さんの身体には大きな切り傷が出え来ていて、血が流れ落ちていた。




「な、んで? シンヤ、様」

「こっち側の人間は濃い魔素によって魔族化しやすい。で、これだけ感情が高ぶったままであれば確実。だから……だからこうして治めてやらないといけなかった。俺の村と同じ轍を踏ませないためにも」

「そう……。そう、よね。あなたは勇者、だもの」



「――ごめん。……ごめ゛ん゛」



「その、涙……。最後を、あなたに、そんな風に看取ってもらえたなら……ここに来て、よかったです」




 お母さんは息を乱しながらシンヤの頬を撫でると、涙を拭った。


 流石に村人もこれに介入する気は起きなかったのか、茫然と立ち尽くしてしまっているよう。




「それに……。私を倒したことで……。シンヤ様は強くなられた。これであればルビーを、お腹の赤ちゃんを……村ごと救えるでしょう。ふふ……黙っていたのは、その考えがあったから、なのですね?」

「……。ああ、でも……俺はギリギリまでその選択ができなかった。本当に、駄目な勇者だよ」

「いいえ、とても立派です。その温もりを、我が子に与えれたのだと思うと……私は、私は――」




 ――チリーン。



 鈴の音と一緒にお母さんは地面に倒れた。


 するとその場は静まり返り、シンヤの鼻をすする音が響いた。



「――今すぐにでも犯人捜しをしたいところだが……。村長、サタナエルの骸を頼んだ。それくらいはしてくれる、よな?」

「……ああ。約束しよう」



 お母さんが命を落として数十秒後、シンヤは腰に下げていた剣に手を当てながら村長に語り掛けた。


 そして一歩また一歩と私たちのいる場所に神妙な面持ちで近づき、呟いた。



「サタナエル……。やっぱり俺は駄目な勇者だよ。目算が甘かった。だから……そっちに行ったら思いっきり叱ってくれ」

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