第12話【別視点】あの日、本当の記憶
そうして記憶を覗く私の視点はシンヤを追いかける。
――チリーン。
だけど、その音と老婆の声は確かに今の私の耳に届く。
「――ふふふふ、これだ。これがあれば……いや、こいつらだけじゃない。周辺の魔族すべてを手中に治められるようになるはずだ。まさかここを大きくしていつか……なんて後手を踏むことも、ほかの魔族と対立する心配もなく手に入ってしまうなんて思ってもいなかったですね。それに……あの上位魔族までも手に入りそうだとは。よぼよぼで、くそまずいばばあでしたが食って正解でした」
そういう、こと……。
村長はこの時点で既に……魔族へと代わっていたのね。
村人を私たちを騙していただけじゃなくて、魔素によって私の中にあった力を膨れさせ、暴走させたのも……全部全部こいつが原因。
だけど……不思議と怒りは村長に向かわない。
向かう先はほかの村人たちと、やはり勇者という肩書に対してだけ。
だってあんな人たちとお母さん……私の天秤はあまりにも後者に傾いてしまうから。
それに、村長を憎もうとすると鈴の音が鳴ったような気がするから。
これが鈴の効果、洗脳。
わかっているのに抵抗ができない。
それどころか、あんなに愛していたシンヤの顔がどうしようもなく悪い奴に映り始める。
これから起こることが怖くて怖くて……あれが旦那と思うことがなぜか難しい。
「――ルビーッ!!」
記憶の中の私に駆け寄るシンヤ。
距離はある……でもさっきまでの光景は見えていた。
それだけこの時の私は全てにおいて異常な能力を誇っていて……完全に飲まれてしまっていた。
「――あ……う、アッ!」
声を掛けられた私はうなり声を上げながら手を伸ばす。
素早く、その首を狙って。
「コロス……。コロスコロスコロスコロスコロス……。お母さん、コロシタ。お前から……コロス」
「うっ……。ル、ビー……」
あの時の……。
お母さんが死んでいくその一部始終を見て、聞いて、それでも私は怒りで震えていた。
納得なんてすぐに出きるはずもなかった。
――そうだったわ。私はあの時からずっと……何もかもを忘れて感情のままに殺してまおうと決めていたはず「」。
あの時の気持ちと今の自分が重なって気持ちが、怒りが余計に高ぶっていくのを感じる。
自分の意識が遠退いていく、白い靄が視界に……。
私は……私はただの魔族。人殺しの化物――。
『――おかーちゃっ!!』
唐突に頭の中で響いた声。
私をそう呼ぶのはこの世でたった一人。
意識が……完全に堕ちてしまうことを拒み出した。
「――あな、た……。お母さんを、殺した、のね……」
「ごめん。俺は……ルビーの旦那失格だ。この子にも会わす顔がない」
「……。怒っていない、と言えば嘘になるわ。でも、そんなに泣かれちゃったら拭ってあげるしかないじゃない」
それから間もなく視界が晴れ、新たに映像が浮かんだ。
怒りは残っている。その感情は嘘じゃなかった。
でも、だけど……私がそうだと信じていた記憶とは違う光景がその場にあった。
シンヤの涙を拭う私。
その手は驚くほど穏やかに、ゆったりと頬を滑っている。
「それで? 私も殺すの?」
「……」
「そうよね。もう抑え込めそうにないのはあなたにだって分かるはずだもの。……でもさせない。あなたにそんなこと、絶対にさせない。ふふ……というか、あなたにそんな力はないわよね。最初からずっと思ってたの。なんでこんなによわっちい男の人が勇者なんだろうって」
記憶の中の私は微かに震えていたシンヤの手に触れ笑った。
「……。はぁバレバレか。だけどこの剣は本物さ。それに俺が勇者の血を受け継いだってのも本当。ただ……それはほんの少しだけ。本来この役目は俺のもんじゃなかった。だから聖剣が持つ本来の力を俺は引き出せない。サタナエルよりも遥かに強力な魔力を、ルビーを切り裂くのなんざ到底不可能ってわけ」
「うん。だから私は私自身の手であの世に落ちるわ。この子と一緒にね」
記憶の中の私はそう言うと自分の首を両手で掴んだ。
そしてだんだんと力を込め、その爪を食い込ませていく。
「……。はっ! 確かに俺は半人前! いーやそれ以下の人間だ! だけどな、それでも勇者なんだよ。サタナエルを救えない上に奥さんと子供まで見殺しになんて……できるわけがねえ」
シンヤに勢いが戻り、その手は記憶の中の私のお腹に。
「――俺の全部をお前にやる。きっとお前は俺と違って優秀だから、お母さんを助けられるよな? ……聖剣よ。その資格を捧げた血を、俺の子供に継承してくれ。それでもって、いつか……その時になったら、もう一度……」
シンヤの身体から光が溢れ出す。
魔族の放つ魔力とは違う、燦然とするそれは私を私のお腹にいる子を彩っていく。
神秘的で美しい光景。
でも煌めきが強くなればなるほどシンヤの髪は白く染まって散り、顔や手……首までもが干からび、急激に歳をとったような風貌へと変わっていく。
「……。それ……。いや……。いやあぁぁああああああああ!! あなた、あなた!!」
――チリーン。
シンヤを引き留めようとすると、遠くから鈴の音が聞こえてきた。
それによりまた身体は動かなくなる。
ただ……先ほどのように私の身体が魔族のそれへと変わっていくことはない。
それどころか、私の身体はもとに戻っていき……赤かった眼が人間のそれと変わらないものに。
「は、はは……。ありがとな。それとごめん。お父ちゃん、お前に会ってやることもできなかったのに……こんな無茶ばっかりさせちまってよ。でも……やっぱり俺たちの子だな、まさかこんなにこの血を扱っちまうなんてよ。お前は……俺たちの誇りだよ。……。二人とも愛している。ルビー、最後だから行っちゃうけどな、俺は俺は……実はあの時お前が、お前だったから俺は――」
――どすっ。
優しく微笑んだシンヤ。
せめてその苦しみが少しでも和らげば……そう思って腕を回そうとした時だった。
シンヤの身体から一本の剣が突き出た。
完全に貫通している。
間違いなく心臓を貫いている。
「折角このまま操ってやろうと思っていたのに……。余計なことをしてくれましたね。でも……不幸中の幸い。そのお腹の子供を用いて内側から直接力を制御、というよりも封印した、その状態であれば多少感情の起伏があったとしてもそう簡単に力は解放されない。つまり……ノーリスクで勇者を殺せるようになったということ。それどころか……」
「――あなた、あなたあぁあっぁぁああぁあぁぁああ!!」
「今のあなた……名前は確かルビー……でしたか? ……洗脳するのは実に容易そうです」
――チリーン。チリーン。チリーン。
絶叫は鈴の音と共にゆっくり消えた。
ただそれに抵抗するかのようにお腹の子だけは光を保ち続けていた。
◇
「――ふふふ……。少し驚きましたが、遅かったようですね。あなたのお母さんは今し方完璧な化け物となりました。どうやらあなたのせいで弱体化はしているようですが……。それでも十分なレベルですよ、これは」
「ブエル……様。こ、これを……」
「ん。ありがとうございます。でもまさかあなたほどの魔族が手こずるとは思いませんでしたね」
――戻った。
それは唐突で、一瞬の内に。
怒りと、悲しみ……そんなものが無縁の奥で混ざり合って気持ち悪い。
けど、なんでか冷静に思考することができるわ。
殺したい。
奴を……今ブエルと呼ばれた、村人に、私に……にその記憶を植え付けたそいつだけを。
「それが、この娘と勇者が思いのほか強くて、というか強くなったようでして……ですね。今だってこうして拘束しているのがやっとなんです。なんだか変に光っていますし……早く、早く助けていただけませんか?」
「そうですね。であれば親子同士の殺し合いによって――」
―バサ。
ブエルがにやりと口角を上げた瞬間、私は大きく翼を広げた。
そして突然の羽音に驚き、動けないでいるその身体目掛けて私は羽ばたいた。
――バキ。
骨が折れる音、内臓が破裂する音、感触……。
自分でも驚いてしまうくらいの速度で宙を飛んだ私の身体は確かにブエルの身体を捉えた。
高揚感が全身を襲い。ついつい年甲斐もなくうれしくなってしまう。
「殺、せたかしら? やっと、やっと……殺せたのかしら!!」
「おかーちゃ……元気、なった?」
「ええ! あなたのお陰よ! いいえ……あなたとシンヤ、それにお母さんのお陰で私はやっと、やっと……存分にこいつらを――」
――チリーン。チリ―、ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛!!!
いままよりも汚く強い鈴の音? あいつの手……鈴は、一つだけじゃない?
「まさか洗脳を自力で解き、さらにはその力までもコントロールしてしまうとは……これが愛というやつなんですかね? おお、なんとも美しいのでしょう! ですが……残念です。フルーレに持ってきてもらったこれらの鈴を同時に用いることでもう一度、いいえ今度こそ掌握して見せましょう。って、ん? 数がひっとつ足りないような?」
――にょん。
「――ん? それってもしかしてこれのことか? あー。もしかするとゲートの場所をそのあたりでも最も強い魔力物体、に指定しちゃったからかな?」
しまったという思いと共に冷や汗が滝のように流れた、かと思えば私たちの前に黒い穴と人間が現れて……やけに呑気な口調で特別な金属でできたそれを拾い上げたのだった。




