第6話 マトマがお届け
「――すごーいっ! まだ植えたばっかりなのに! もう実がなってる!」
「だからって実質が悪いわけじゃない……!」
それから村の汚染された土地を耕してから丸2日……。
朝はマトマや農家の人たちと畑に赴くようにしていたのだが、1日目では既に弦が広範囲に伸び、2日目には花を見ることもないまま大きなトマトが辺り1面に実っている様子を見ることができている。
その光景に俺が目を丸くしていると、マトマたちは早速それを収穫して味見。
滴る果汁からしてもみすみずしく、王都で売っていたそれよりも旨そうに見える。
他に植えていた根菜も既に収穫が可能なほど育っているように見えるが、何よりもこのトマトは目を引くな。
俺の剣……スコップだけの効果という感じには見えないくらい。
「――綺麗でしょう? この村のトマトは夫が品種改良を繰り返して作ったものなの。血よりも赤く旨い、そんな逸品を目指したものなんだって」
いつの間にか俺の後ろに立っていたのはマトマのお母さん。
マトマとは異なる青色の瞳だが、親子揃って綺麗な黒髪をしている。
「あの……。もう起きていいんですか?」
「ええ。この通りもう元気満々よ。あの水のせいで情けないところを見せたけど、本当はマトマにもまだまだ負けないくらい若いつもりなの。……よいしょっ!」
そんなマトマのお母さんは俺に声を掛けたかと思えば躊躇なく畑の中に入っていった。
そして人差し指を口に当てたまま辺りを見渡して、次の瞬間立派に成長した人参の葉を思いっきり引っこ抜いた。
――ドンッ。
「いたたぁ……。あらやだぁ、お尻が汚れちゃったわ。それに上着も……。やっぱり動くならもっと薄着にならないとかしらね。レンヤ様、これちょっと持っててくれるかしら?」
その勢いで尻餅をついて、その豊満な胸が揺れて……。
しかも上着を脱ぐもんだからがっつりと谷間が……それにそれを包む白いフリルまでちらりと見えてしまっている。
子供がいるとは思えないくらい若く見えるし、天真爛漫。
こんな格好なのに気にしてないのはマトマの母親って感じだけど……こんなの誰だってドギマギするって!
「――ふむ、これだけの畑と収穫量があれば隣村との交易を再開できるやもしれんな」
って、ついついマトマのお母さんに見とれていると、様子を窺いにきていた村長が話しかけてきた。
どうやらここの人たちは俺の不意を突くのが上手いらしい。
「そ、そうですね。このトマトであればどの村も欲しがるでしょうし、それが広まれば国から交易に誰かが派遣されてくるかもしれません」
「うむ。大きな村となればその様子を国に報告するものが定住しているらしいからの、村同士での交易もレンヤ様の目的を思えば馬鹿にはならんて。というわけで、早速収穫じゃ!! 皆の者、今日は忙しくなるぞ!!」
「「おおおおおおおおお!!」」
そうして村長の号令によって大規模な収穫が開始され、俺たちは泥まみれになりながら嬉々として仕事に没頭。
思った以上に疲れてしまった身体をいやすため、その夜は湯を沸かし風呂に入ることにしたのだが……。
――ちゃぽ。
「あれ? なんかまだ水が黒いような?」
井戸から水を汲み上げるとまだ浄化が済んでいないのか、それはやや黒色が混じっているように見えた。
「念には念を……だな」
俺は村の皆が心配しないように俺はその辺にあった剣や木片などを簡単に研いで、念のため水を再度浄化。
しっかりと水が透き通る様子を観察することにしたのだが……。
「――あら? 随分遅いと思って来てみたら……何かあったの?」
毎度の如くマトマお母さんはいつの間にか俺の背後に。
なんでか全然気配を感じないんだよな。
「マ、マトマのお母さん! あの、い、いえなんでもないですよ! この通り水も綺麗です!」
「……そう。じゃあ早くマトマのところに行ってあげてくれるかしら? あの子ったらレンヤ様のためとかいって一生懸命ご飯作って待っているのよ」
「そ、そうですか! それは楽しみですね! じゃあ俺はこれで!」
何をしていたかバレないように俺はそそくさとその場を去ろうとする。
すると……。
「……。あなた……。この村を、あの子を、あなた以外の人が笑顔にしているわ。あなたの聖剣もこんな簡単に……。ちっ。やっぱり……気に食わないわ」
あの時の声とマトマの母親の声が重なり、再び足元で影が揺れた。
聞こえてはいけない、見てはいけないものによって悪寒が走った。
だが、村に対する敵意がないと判断した俺は退散。
不安な気持ちを抱きながらも、夜が更けていくのを待った。
この時既に取り返しのつかない事態に発展しているとも知らずに……。
◇
「――あのー、すみませーん! 誰かいますか?」
「? 誰もいないのかな? どうしよ、おばーちゃに期待してて、って言っちゃったのに……」
翌日。
俺とマトマは早速隣村に足を運んでいた。
隣村はベロニア村だけでなく、結界からも10キロ以上離れたところにあった。
過去に交易をしていた時と同じように10人ほどの規模で向かおうという案もあったのだが、水源を占拠されてから周辺では頻繁に魔族が現れるようになったという情報もあったため、一先ず交渉は俺とマトマという魔族と互角以上に戦える超少人数で行おうという話になった。
村長いわく交渉が成立したならば隣村から魔除けの鈴のついた馬車と商人が来てくれるだろう、とのことだ。
なんでもベロニア村よりも大きな村には魔除けの鈴が一つか二つ国より送られているとか……。
どれも不確実で、おそらくだとか多分だとか話に保険が掛けられていたけど……あの村長が話すとなんか説得力があるんだよな。
というか、その鈴がなくても結界の外に出て交易していたベロニア村って……。
それに、魔族が村に潜伏していたことに対してあまり驚いた様子もなくて……。
村長に至ってははそれを知っていたような感じもあったような……。
「マトマのお母さんのことといい、この村の状況といい……なにか嫌な予感がする」
村の門は開いたまま。
だから俺とマトマは遠慮なく村の中に踏みいったのだが……建ち並ぶ家々には大きな穴が開き、焼けた跡がそこかしこに残っていた。
それにベロニア村よりも地面は魔素によって汚染されていて木々は枯れている。
ここに来る道中でもこんなにひどく汚染されていた場所はなかったぞ。
「全焼……やはり魔族の仕業か――」
「駄目だ。ここの水も食料もすでに汚染されていて……くそっ! ここが1番の望みだったってのに!!」
廃墟かと見間違うような村を見回しながら歩いていると、ようやく人を発見。
その数はたったの3人。
しかもやけに苛立った様子で近寄りにくい空気を漂わせている。
とはいえこの惨状の説明をしてくれる人は他にいなさそうだし……仕方ない、声を掛けてみるか。
「あのぉ、この村ってどうなっちゃったんですかね?」
「ん? ああ、お前たちも他に助けを求めてる感じか? 残念だが、この村ももう駄目だ。魔素による汚染がひどすぎて水どころか倉庫の食料さえ黒くなって……村人たちも早々にここを捨てちまったらしい」
俺が声を掛けると男の人たちの一人が説明をしてくれはしたものの、いっそう頭を抱え込みはじめてしまった。
どうやら俺たちとは来た理由は違うようだが、同じく村の代表者として送り出された人たちらしい。
「そうですか……。それじゃあ交易もなにもないですね」
「トマト……こんなに美味しくできたのにね」
「トマト……え、あんたたちのところってまだ田畑が生きてんのか――」
マトマの一言に目が輝いた男たち。
だが言葉はなぜか詰まり、マトマの顔を見ながら額に汗を浮かばせ始めた。
「その子……。まさかあんたたちはベロニア村の人か?」
「えっと……そうですけどそれがどうかしましたか?」
正確には東側の人間なんだけど……これ以上は話がややこしくなりそうだからこれでいいか。
それにもうそこの村人みたいなもんだし。
「いや……。水源に魔族が現れ始めて、交易が途絶えだした頃。たまたまやつらに遭遇してよ……聞いちまったんだ。『あそこは危険だから近寄らない方がいい』ってな」
「ああ。それは多分勇者の結界があるらしいから――」
「続けてあいつらは言ってたぜ。『これであそこには化物が生まれるから』、ってな――」
――すっ。
男が不吉な発したその時。
3人の男たちの首に一本の赤い線が浮かんだ。
そして、それが血が溢れたものだと気づいたときには3人の頭は地面に転がっていた。
「……え?」
「マトマ! 後ろに跳べ!」
すぐさま危険を感じとった俺はマトマに注意を呼び掛けると、男たちの奥に視線を向けながら後方へ跳んだ。
するとそんな俺たちの行動に感心でもしてくれたのか、すぐに攻撃することなくそいつらは姿を現した。
「恐怖するよりも先に行動できるとは、あなたはやはりただの人間ではないようだ。『あの方』が仰った通り、これは計画の障害になりえますね」
ぐるぐると巻かれた2本の禍々しい角。
最早隠すつもりもない殺気と魔力。
ここまで気配どころかその姿まで完全に隠し、見事強襲を成功させた実力と淑やかさ。
――空気が重い。息が苦しい。
先日戦った魔族と比べて完全に上位の存在……。
こんなのが出ばってくるってことは……。
「その計画、化物ってのは国を食い尽くすくらい余裕……って感じか。やっぱり水の汚染はただの嫌がらせ、ってことになんないかな?」
「ふふ、面白いことを言いますね。此度の『勇者候補』は。ですが残念。もう後戻りはできないのですよ。何年も何年も掛けてようやく……。『あの方』がその枷を外そうとベロニア村に居着き、頑張ってくれたのですからね」




