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第5話 ちっ。

「――それで『レンヤ様』……。旅立ちはいつぐらいになられるのですかな?」



 初めて魔族を討伐してから丸一日。


 俺が飲みすぎた酒のせいで痛い頭を押さえていると、村長が俺の部屋の扉を叩いた。


 そして案の定その口からは俺の今後を伺うような質問が。



 追放から魔族との戦闘。

 ちょっとは何も考えなくていい時間が欲しい、なんて思ってしまうけど……そうだよな、この人たちからすれば俺が旅立つこと、滞在すること、どういった予定を立てるかは何よりも気になるよな。



 はてさてどうしたもんか……。



「うーん……」

「恥ずかしながらも、言わせてもらうとじゃな……。この村はまだ窮地を脱したとはいえん状態。もう少しとどまってもらうことはできんじゃろうか?」



 悩み、唸っていると村長から申し訳なさそうにお願いをされてしまった。


 確かに井戸の水が清められたからといっても魔族が村に入り込んでいたという事実で村の人たちは常に恐怖を感じてしまっている状態。


 俺がここに残っていたほうが安心なのだろう。

 とはいえ、ここを出ていかない限り俺の評価を上げるのは難しいだろうし……それに昨日からマトマの奴が――



 ――ガチャ!


「おばーちゃ! レンヤ様は私と旅に出るの! そんでそんで魔王も倒して、東側の王様からたっっっぷりお金もらうの! ねっ、レンヤ様!」

「はぁ、あんまり今後の予定についてなんて喋るんじゃなかった……」

「なんで? もうマトマはレンヤ様の仲間でお嫁さん候補なのに!」



 昨日魔族を討伐した姿があんまりにも強くて美しかったから……そう、俺はこうやって嬉しそうに部屋に訪れるこいつに、宴の最中マトマにこう言ってしまったのだ。


 『ずっと俺と一緒にいてくれるか』って。


 一応プロポーズではないって説明はしたんだけど、盛り上がったマトマはもうやる気満々。

 うっきうきで旅の支度をするって帰ってしまったというわけだ。


 あんなことがあってさみしさもあった。

 だからって、パーティーメンバーの誘いはもっと慎重にすべきだったし、『東側に行く』なんて村の人たちからしてみれば見放すと同義に聞こえるような発言はマトマの前でも言うべきじゃなかった。


 いや、別に本当に見放すつもりはないんだが――



「残念じゃが東側には行けんよ。そういえば、マトマはそのことを知らんかったの」



 村長の俺に対する失望の顔を想像して戦々恐々としていると、思っていたものとは反対の反応が返ってきた。



「どういうことおばーちゃ」

「うむ……。東側へ安全に渡るためには関所を通らにゃならんのじゃが、そこは何十年も前から王によって塞がれておってな……。勇者様のように西側へやってこれたものはすべて高度な闇魔法によって命を落とすことなく移動してこれたもののみなのじゃ」



 闇魔法……。東側ではあまり耳にすることがない属性の魔法だが、やはり魔族の多い西側だとそれを知るものも多いってわけか。


 というか、命を落とすって……『ゲート』ってそんなやばい魔法だったのかよ。

 スウェンの奴、あわよくば俺を殺すつもりだったのか?


 ……。ぞっとするようなことを考えるのは一旦やめだ。

 それよりも……。



「関所を止めている王って?」



 俺が知る限りこっちに王都はないはず。だから応もいないと思っていたが……。

 そんな権力を持った人間が、そんな勢力図が成り立っていたことに驚きなんだが。



「東側に王都があるようにこちらにも王都があり、王もいる。それはいくつかの村がある国々をまとめる存在でな、この村も正式には『王都直下ベル国西地区ベロニア村』という名称なんじゃよ」

「な、長いっすね」

「だから皆ベロニア村と略しているわけじゃ。と、ここまで話して気づいたと思うが――」

「王に関所を開けてもらうにはこの村の長からの進言では到底足りない、と」

「そういうことじゃ」



 聞いている感じ東側と同じかそれ以上都と村には差がある。


 であれば村長程度の権力では王への謁見すらままならない。


 せめて国を治める領主くらいでないと……。



「であれば直接王都に赴くか、ここを治める国、その領主に会う必要がありますね。となれば申し訳ないですが余計にここに滞在するわけにはいかな――」

「それも難しいですじゃ」


 村長は厳しい顔つきで俺の言葉を遮った。


「なぜですか?」

「向こうの当り前がどんなものかは知らぬがの、西側では普通の人間は極端に立場が弱いのじゃ。おそらく王都には入ることすらままならんし、万が一領主様に事情を説明できたとしても勇者であることは信じてもらえんよ」

「立場、ですか……」



 そういえば聞いたことがある。

 西側は魔素が濃いことで魔族とは別の亜人が住んでいると。


 きっとその種族は普通の人間よりも優秀で、地位も高いものになっているのだろう。



「しかもその子を連れだすというのならなおさらじゃ。あ奴らは混血に特に厳しいからの」



 そういって村長はマトマを見た。


 なるほど、この真っ赤な目は亜人との混血が原因だったのか……。



「その、えっと……レンヤ様ごめんなさい。あたしのせいで……」



 マトマはらしくもなくうつむいた。


 こんな幼い子にこの顔をさせてしまうなんて……。



 あーもう、情けない! こんなので何が勇者越えだよ! それに、見捨てて外に? そんなの勇者とはかけ離れすぎた行動じゃねえか!



「大丈夫。俺がマトマをとびきりいい女だって知らしめてやる。もちろんこの村もな」

「おお! それではこの村に居ついてくれると! それはそれはそれだけでこの村は周辺と良好なやり取りができるやもしれな――」

「まずはここを王都よりも栄えた場所にします! そうすればこっちの要求を受け入れるしかなくなりますよね?」



 嬉しそうに今後の展望を語り始める村長。


 でも俺はそんな村長の考えを遥かに超える発言をした。


 突拍子もない発言。

 でもこの村に来た時の状況、それに新しく磨いた剣の性能を思えば不可能なことじゃないはずだ。



「水源の奪取、それと……村長! この村の作物、それと周辺の村々の様子ってどんな感じですか?」

「あ、ああ、この辺は土の魔素による汚染が進んでおってな、畑は死んだ土地となり年々小規模になって……。最近ではベル国よりきれいな土を仕入れている村さえあると聞く」

「なるほど。じゃあそのきれいな土が当たり前になればこの村は周辺でも抜きんでた存在になると……」

「もとよりこの村には独自の作物もあるからそうなるかもしれんが……ってどこに行くのじゃ、レンヤ様!」



 ――ガチャ!



 村長から情報を聞き出すと、俺はマトマの手を引いて外に出た。



「汚染された土地ってのはどの辺にあるのか……。分かるな、マトマ」

「うん! そこを右にまっすぐ!」

「よし! じゃ、ちょっと飛ばすぞ!」



 マトマの小さな体を背に乗せて俺は畑があった場所へと駆けた。


 そしてそこにたどり着くと早々にその辺に置いてあったスコップを拾い上げた。



「土真っ黒。硬いよ! かっちかち!!」

「ああ。だが、このスコップを使えば……」



 ――シュッ!



 マトマを背から下して携帯砥石で一研ぎ。

 


 ――『鉄のスコップ(F)→鉄のスコップ(S)』



 骨や剣と同じようにあっという間に強化されたことを確認すると、俺はマトマにそれを手渡した。



「それでこの辺を軽く耕してみてくれ」

「わかった!!」



 するとスコップを手にしたマトマはカチカチだった土を簡単に掘り起こし始め、その目を赤く輝かせた。


 しかもその一掬い、掘り起こしはスコップの接した面だけでなくその周辺にも大きく効果を広げあっという間に黒い土が茶色に……。



「――はぁはぁはぁ……。レンヤ様、いきなり出ていかないでくださ、れ……」

「おばーちゃ! これ全部あたしがやったの! えらい? えらい?」



 それから少し経ちやってきた村長の視線には、きれいに耕された広大な土地の畑が広がっていた。


 さらに一度それで耕した土には魔素の効果が及ばないのか、井戸とは別に引っ張て来ていた水をも透明にしている。



 なんか、すでに何かの植物が芽吹いてるし……。

 これには村長も言葉が出なくなっちゃってるな。



「水だけ、ではないのか……。これは、もしや本当に国が動くかもしれん……」

「スコップさえも聖剣越えの一品に変えられるのが俺です。さ、ここから村の株をガンガン上げてこうじゃないですか!」

「うん! あたしの好きな『あれ』もこれでいっぱいだよ!」



 奇跡と呼べる出来事の連続。

 食料問題の解決だけじゃなくて、これだけで国のほうから俺たちに近寄って来るかもな……。



「――ちっ、気に食わないわね……」



 これに歓喜の声を上がるマトマや村人たちだったが……なぜか俺の耳には小さな舌打ちが聞こえ、人とは違う形の影が俺の脚元で揺れたのだった。

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