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44話 加速する拳

――べちゃっ!!



 シュエンさんに殴られた亜人は、思いの他小さく可愛らしい身体で思い切り壁にぶつかった、というかぶつけられた。


 可愛らしい見た目から、飛び出る生々しい衝突音を聞くと本当に中から出ちゃいけないものが出ちゃうんじゃないかと不安になる。



 これが国側の仕掛けであることは分かっているけど、その首謀者がはっきりしていないこともあるから、できれば生け捕りにしたいところなんだけど……。


 


「ちょっと無理そうか?」

「「「ばっ!!」」」




 シュエンさんは亜人を殴り、高めの位置から落下を始めた。

 だがその視線はまだまだ亜人から逸れていかず、むしろ眉間に皺が寄って余計に恐い顔へ。


 そんなシュエンさんが次にとった行動は再びの咆哮。


 弾ける短い音ではあるが、その力強さはそのまま。

 空気が震えて痺れすらも感じる。


 けど今回はそれにもう1つ、強烈な破裂音が重なって衝撃波が生まれたのだ。



 それも発した場所の前ではなく、シュエンさんの背後で。



 シュエンさんのスキルは波長どころか、音の伝わり方や振動する場所さえも変えてしまうらしい。



 そんなの普通ならなにに使えるんだよって、外れスキル扱いされるだろうけど、ここまで自在に他の役割を持たせられるのであればそれは外れどころか当たりスキル。



「でもまさか、衝撃波に乗って高速移動まで出来るなんて……その規格外、か?」




 衝撃波を用いて、その波に乗って亜人の元へと急接近。


 壁にぶつかり、ずるずると地面に向かう亜人目掛けて今度は強烈な膝蹴りを打ち込んだ。




「――く、は……」

「ようよう、まだ意識があんのか? 飛んじまった方が楽だってのによ」

「しゅ、瞬間装備――」




 シュエンさんが右拳左拳をその胴体に打ち込むものの、未だ抵抗の意思をみせる亜人。


 硬度がなく、柔らかい身体がうまいこと衝撃を逃がしているから思った以上に耐久が可能なんだと思うけど……その分殴られる回数が増えるのは可哀想にも感じちゃうな。


 一応スキルで盛り返そうとはしているみたいだけど、これはもうどうにもならない。



「ぅっ……こ、これなら、どう……だっ!」

「あ?」



 亜人はその手……触手をなんとかシュエンさんの背後に潜り込ませた。


 そしてそのままその口を覆いにかかる。



 ――かち。



 だがそれが余計にシュエンさんを焚き付けてしまった。


 シュエンさんはそれに噛みついた、のではなく上下の歯を思い切りぶつけたのだ。


 それによって生まれた音、衝撃波は咆哮よりも甲高く、全ての触手を切り裂く波となる。



 血は飛ばない。

 だけど当たりには亜人の破片が舞い、決着の時を盛り上げていく。



「あり得、ない。亜人の俺が……人間なんかに、勇者でもない人間相手に……」

「……残念、俺は人間であり人間じゃねえ。これでしか相手を分からせられねえ半端者なのよ」




 ――あ゛っ!!




 殴り、殴られ、そんな二人が壁を伝ってようやく地面にその足の裏を着けた。


 落下の勢いはシュエンさんの攻撃と亜人のぬめった身体のおかげで殺されたのか2人とも無事。


 勝負は既についた、そう判断した俺は亜人の生け捕りのために2人のもとへ駆け寄ろうとした。



 しかしシュエンさんは手を抜くことをせず、咆哮。



 なぜか悔しそうでも辛そうでもなくただただ天を仰ぐ亜人の腹目掛けて、衝撃波を利用することで加速させたその右拳を突き出した。



「……っ!!」



 ――ぴちゃっ。


 

 亜人の体液が飛び散り、ついに沈黙。

 あれだけ耐えてきたタコ型の亜人でも、これは受けきれなかったか。

 

 

「人間に嬉々として利用されることを選んだ種族、か。それにしちゃ随分堂々と、晴れた顔をしやがる。……。まるで何かを達成した、やり遂げたって顔だ」 



 勝負に勝ったはずのシュエンさんは亜人の顔を覗き込むと、より真剣な顔つきで俺にそう語りかけてきた。


 どうやら俺が近づいてきていることに気付きながらも、攻撃を止めるという選択をしなかった、ということらしい。




「街に派遣され、今回の連合で俺たち街や村の人間を手中に納めようとした。国が絡んでいたとばれたことで、それぞれの長がいるこの場で力による支配を選んだが……。こうなることも想定出来ていたのならば、亜人一人を潜り込ませるのはおかしい……。そもそも今回の測定に本気であったなら……」

「わざわざこんなとこに出向くのもおかしいぜ。結局こうなるのなら、初めっから戦を仕掛けりゃいいじゃねえか。それなのにこいつらは回りくどいことしやがった……。それはつまり――」



「――そういった大規模なことを起こすことができない。起こすと、それがバレて不都合が出てくる……といったところでしょうか?」


 

 俺の問いを聞くとシュエンさんはそっと振り向いて俺と視線を合わせた。



 こくんと静かに頷くシュエンさん、その顔はこれまでのどの場面よりも長らしさに満ち溢れていた。




「おそらくな。こいつが目を覚ましたらそれも聞いてみようぜ……。そんで白装束のそれといい、こいつらをどこで誰にどういったルートで借りたのか……まずは繋がってた奴らに、亜人種を招き入れた奴らに聞くとしようじゃねえか。洗脳されてたつっても、そんくらいのことは覚えてるよなぁ、ヴェルガ街長とそっちでわなわな震えてる村長さんたちよぉ……」




 シュエンさんは指をパキパキと鳴らしながら後退りしようとしている人たちを睨んだ。


 それには流石の街や村の長たちも、逃げることはできないと悟ったようで弱々しくその場に腰を落とした。




「なんかもう、俺よりもまとめ役に相応しく見える気がするんですが……」

「ふふ、そうですわね。残念ながら私にはああいった真似はできませんもの」




 いつの間にか俺の隣に立っていたのはリーン街長。


 近すぎて色々当たってますが……。




「あの、えっと……」

「こうしないと見えてしまうでしょ。だからちょっと我慢してもらってもいいかしら? ……。でも、あんな壁を作れてしまうほどの強さを持つレンヤ殿、勇者であるお方になら見られてもいいかもしれませんわね……。一緒になる条件は満たしていそうですし――」



「「一緒?」」



 どういうわけか視界の外、下辺りから生えるようにルビーさんとツムギさんが現れた。


 ツムギさんのいつもの凛とした目とルビーさんの穏やかな目はみる影もなく、じとっと恐い目で……その視線を俺の心にドシドシと突き刺してくる。



「――それにしても残念でしたわ。私これでも自信ありましたのに」



 そんな2人と、なんなら怯える俺さえも半ば無視してリーン街長はさらに話を続ける。

 しかももっと胸を押し付けて。



 ――ばっ。



「そのように破廉恥な格好……。街の長であるならば尚更慎みをもってですね……」

「自信なら私もありますわ! ほら! ツムギさんの分も補えるくらいですから!」

「んな!? ル、ルビー殿!?」



 ついに我慢できなくなったのか、ツムギさんはどこからか持ってきた毛布をリーン街長にかけ、ルビーさんは俺の反対の腕をぎゅっと抱き寄せてきた。



 こんなの他の村と街の長に見られれば俺の尊厳が……。



「あの、リーン街長……自信があったのは分かりましたから」

「そですわよね! やっぱりあの色、紫色は凄いですわよね? となるとシュエン殿のあれが凄かっただけで……。あの、連合のすべての権限をシュエン殿に持たせるのは不安ですからその一部だけ、次点の私に委ねてはいただけませんか?」

「そうですね……。確かにあの性格じゃ難しいことは無理かもしれませんし……。元々俺たちも連合の発案、発足者として会長という立場から色々言うつもりで……って、シュエンさんのあれ?」



 俺が聞くとリーン街長はツムギさんにかけられた毛布でも前を隠しながら、壁にもたれるタコ型の亜人を退かすのだった。

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