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42話 リーンの印

「非力な者よ、善なる力を呼べ。さすれば魔の者の心底は善に照らされ、痛み嘆き叫び傀儡と化す。――聖贋印」



 リーン街長が自身で展開した魔法陣の中で数度異なる形で手を組むと、白装束の人たちが小刻みに震えながらぼとぼとと地面に落ちてきた。


 そしてこの状況をまったく飲み込めていないのか、ヴェルガ街長も俺たちと同じ様にそれをただ呆然と眺めている。



 まだ頭がぽーっとする感覚が少し残っている。

 だけど流石にこの状況は俺が質問してあげないといけないよな。



「リ、リーン街長……これは一体?」

「そう……。勇者様ほどの方であればこいつらの魔法も半分ほどまでしか効果がないのですね。なるほど、であればこそあの壁の色も藍色までに留まったと」

「こ、こいつら?」



 人間が敵意を剥き出しにする相手……考えられるのは魔族、或いは――



「魔族に近しい存在……。亜人種。その知性や品格は種族によって大きく異なるため一括りにするのはどうかと思いますが……。こいつらは間違いなく邪の者たち。人と魔族どちらに近いといえば魔族になるでしょうね」

「……。それがなぜこんなところに?」

「それは――」




「――そんな馬鹿な! あり得ないあり得ないあり得ない! あいつらはわざわざ国が私たちの街のため……私のため、と派遣されてきた者共。それが亜人種? 私の街程度それくらいの人材で十分、と……国は判断したのか!?」




 亜人種を派遣されたという事実に顔を真っ赤にするヴェルガ街長。


 その怒りから出た言葉は差別的で、俺が思っていた以上にその溝が深いことに気付かされる。




「数年……いや数十年ほど前から国はどこか変わったのです。交易のために私たちの街にやって来る人はどこか上の空で……。それでも、何かあったとは思いつつも特に問題は感じなかったため私たちはそのまま関係を維持し続け……けれど魔族による水や土地の汚染が始まると、奴らはその騒動に乗じてこう言ってきました。『ここを我が国土とするならば助けてやろう。だが、もしこれを断るようであれば貴様らを奴隷として捕獲する』、と」

「……」




 リーン街長の話に凍りつく街長や村長たち。


 しかし、その国からやって来たツムギさんだけは表情を変えはしなかった。



「そんな高圧的な態度をいきなりとられた私たちは当然反対。すると、奴らは仲間を、人に化けた亜人種を率いて襲いかかってきたのです。きっと汚染によって民草も弱っていると踏んでいたのでしょう。ですが、私たちの街では古来より印魔法が一般に学ばれていたため、相手が思う以上に汚染による影響を強く受けてはいませんでした。そのためその場をなんとか退け、他の街に声を掛けさせてもらい、一時私が弱った複数の街の守護も担ったというわけです」

「そ、そうだったんですね。それでそのあと国は……。亜人種は?」

「汚染騒ぎが収まったこと、強大な魔力を感知したことで一時引いたように思えました。ですがあれだけの隙が生まれたこともあってか、街や村に亜人種が自然と入り込むようになり、交易している街や村の人たちにも会話をしていてもどこか上の空の人たちが爆発的に増えてしまいました」

「それはつまり、さっきの俺たちみたいな……。幻を見せられるような状態……。催眠ですか?」




 その場にいる一同が顔をはっ、とさせたかと思えば、すぐに強ばらせた。


 いつの間にか洗脳されていた……そんな恐ろしいことはないからな。


 しかもこんなに短時間でここまでとあればなおさら……。


 きっとこの中にも覚があった人たちがいたのだろう。




「ええ。ですが、私はその危険性を周りに知らせませんでした」

「……。それは俺の手紙によって、国から派遣された亜人種が今日ここに集まると判断。……。こうして炙り出そうとしたからですか?」

「……。やはり勇者様。聡明な方でございますね。であればこそ、この場は手伝って頂けませんか? その亜人種を捕らえることを」

「構いませんよ。実は俺たちも国による攻撃……その覚えがありましたから」

「ほう……。この連合……どうやら手紙にしたためられた文章よりも遥かに大きな目的をもった組織にするおつもりのようですね」

「はい。そしてそれはきっと達成されます。リーン街長のような人がいれば必ず」

「ふふふ……嬉しいことを言ってくれますね。ですが、そのためにはまずこの場にいる敵を捕らえなければ」

「はい。でも多分もう大丈夫です」

「え? ――」




 俺が視線を移すと、既にツムギさんが白装束の人たちを縛り上げ、さらにルビーさんは今日集まっている人たちの目の前で腰に提げていた剣を抜いた。


 すると、剣は煌めき慈愛の光が溢れる。



  そして……。



「く、ああああああああああああっ!!」



  一際大きな声で巨大な図体をした鎧の男が雄叫びをあげた。


 1人だけ異質だと思っていたけど……ある意味面白みがなくて残念にも感じてしまうな。



「――ちっ。バレちまったか。折角褒美を独り占めできると思ったんだけどな……。だが……俺の街に派遣されたそいつはあんなしょぼい教会連中とは違うぜ。こっちは理性のなくなった元S級冒険者から生まれた亜人種、その祖らしいからよ」

「あれはキュベ街の……ヴェルガは騙され利用され、こっちは自ら国の話に乗ったというところですわね。……。もう印によって暴く必要もなくなったわけですから、私も戦いに赴くとしましょう。これは、かなり手強そうでもありますし」



 ――ザッ。


 

 リーン街長が一歩前に出た。


 そしてそれに合わせて敵の、全身鎧の亜人種も一歩前に出た、かと思えば……。


 


「――なに!? こいつ、転がって……」


 


 次の瞬間その巨体は前転。


 とてつもない勢いでリーン街長へ突進を仕掛けてきたのだ。


 しかもその鎧の形状はいつの間にか変化し、長い刺が見える。

 これは亜人種としての力か、それとも祖先のスキルが継承したものの効果なのか……。


 ともあれ、あれを避けるのは難しそ――



「まずはこの私を狙って……ですか。――聖贋印:風、起動」



 リーン街長は敵の亜人を見ながら再び高速で印を結んだ。

 魔法陣の展開はなされていないけど、その手の甲には緑色の四角い紋様が浮かび上がり、その身体の周りを風が吹き始める。



 ――とんっ。

 


 長いスカートがめくり上がりそうなほどの強い風、それで押し返そうとでもしているのか……と思っているとリーン街長はスキップをするように軽く地面を蹴った。


 やったことはたったそれだけ。


 だがその身体は橋のその向こう目掛けて一気に下がり、2人の距離を決して詰めさせることがない。


 しかもこの位置なら……。



「お馬鹿な人……。こんな木の橋がそれに耐えられるとでも?」



 ――バキキ……。



 その鎧は俺が思っていた以上の高度があり、俺が雑ながらにも磨いた橋に刺を刺した。


 そしてそれは橋を脆くし、耐久値をごりごりと減らす。


 橋が……落ちる――



 ――バキッ!



 一際大きい音が鳴ると、ついに橋に穴が空いた。


 そうなればもう橋も転がるその身体もバランスが崩れまだまだ熱い水の中……と思われたのだが――



 ――にょん。

 


「そんなに、伸びるのか――」




 その刺は思ったよりも柔軟に、勢いよく、何よりも長く、必死に伸びた。


 それにより鞭のようにしなった刺は橋をさらに壊しながら向こう岸に引っかかる、だけでなく、リーン街長のその身体を弾き飛ばした。



「う、くっ……」



 弾き飛ばされたことで壁に強く叩きつけられてしまったのだろう、その身体はダメージで立ち上がることができない様子。


 転がり続ける敵に攻撃するのは危険だけど、やるしかな――



 「――聖贋印:土。そして……聖贋印:羅刹」



 俺がルビーさんに目配せしようとした時だった、リーン街長の様子が変わり……そんなリーン街長の触れていた箇所が薄い紫色で色づいていた。

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