第35話 コンビネーション
「――えー、静粛に静粛に! おはよう諸君! 私はツムギ! 今日よりこの村で厄介になる者だ! よろしく頼むぞ! くはははははは!! いい! ここの酒は美味い! うまいぞおお!!」
俺たちがベロニア村に着いた頃、すでに防御壁建設予定場所の近くにはかなり幅が広く、深い堀が作られていた。
水を張ったり、土の山を除けたりという作業はまだ始めていなかったとはいえ、あまりにも仕事は早かった。
その時、それをした当人たちが見当たらなかったのはどうやら家に帰って、仕事終わりの一杯を流し込むためだったらしい。
というのも、村唯一の飯屋から大声が上がっていたから。
そんなみんなが盛り上がっているところに俺たちが突然現れれば、ぼろぼろの様子を心配しだして心配を始めてしまうだろう、と思い俺たちは家に直行。
血と埃を洗い流してすぐに寝てしまったのだが……。
「おお! いい飲みっぷりだね姐さん!」
「そうだろそうだろ! もう一杯いただこう! くははは!」
ツムギさんはそれに混ざりたいと思っていたのだろう。
俺たちが起きてくるよりも先に、勝手に、村へ出ていくと自分が新しい村の一員になったことをいろんなところで報告……つまりは村の人たちを焚きつけて半ば無理矢理宴会を開かせていたのだった。
「……。お堅いイメージだったけど恐ろしいくらい馴染んでるよ。俺なんかよりもよっぽど」
「ツムギさんは隊に入って活動されていたはずですから、こういったコミュニケーションにはなれているのだと思いますわ。洞窟で会ったお仲間さんたちとも仲が良さそうでしたし」
「そうですね。でも、それじゃあなんで命を狙われているのか……。人間関係ではないってことですもんね」
「それは分かりませんよ。当人がどれだけいい人であってもその生まれだけで忌み嫌われることもありますから」
そんなツムギさんと村の人たちを見つめながら俺とルビーさんは少しだけ真面目なトーンで余計な詮索をする。
俺たちが国と関わっていくのに、それが障害となるならば排除していく必要があるだろうけど、特に問題がないのであればやはりずけずけと踏みいっていい話ではない。
ああ見えてナイーブってこともあるかもしれないし。
『――いいなぁ。その俺も飲みたいな。特にキンキンに冷えたエールなんか最高だろうなぁ』
「ディン、お前も連れてこられてたのか……」
『ああ、村に入る仲間だって紹介するからってあの女がな』
「仲間、ねぇ…」
『失った記憶情報は戻ってこねえ。だから記憶喪失みたいにもしかして……なんてこともない。俺が誰かの指示であの女を狙ったのは本当だが、その過程を覚えてなければ忠誠心みたいなもんも今はない。そもそもその誰かが分からない上に自分がどこに住んでいて、どんな家族がいたのかも今は分からないわけだから、そんなに警戒されても困る。むしろ今の俺はその誰かに介入される方が気持ち悪くて、俺やお前ら以外にこの魔道具……身体を利用されないようガッチガチにプロテクト掛けてるんだぜ』
村の広間のベンチに乗せられていたディンはやれやれといった様子で息を漏らすと、さらに画面上でも座ってみせた。
こいつのことを心底信用することはできない。
だけど、ツムギさんの命を狙う奴らは一夜過ぎても現れる気配がない。
ルビーさんに確認してもらっても大きな魔力は検知されなかったし……今の言葉はおおよそ嘘ではないのだろう。
常に注意を払いながら、仲が良い体を取り繕うことを前提にしつつも、一先ずディンとは協力して村とその周辺を発展させていけそうだ。
「とりあえずお前のことは信じておくよ」
『とりあえず、か。はぁ……。ま、村の長だもんな。警戒すんのは当たり前か。でだ、こっからが重要な話になるんだけどよ、発電に必要な魔石炭はもちろん、発電させる設備も必要なわけで……。まずはそれを作ってもらってもいいか? 必要なものと設計図は簡単に出力できるし、実は既に内部情報から必要なものが――』
――カンッ。
「ま、その前に一杯だけ飲ませてくれ。昨日の今日で俺も疲れが溜まっててさ。お前もまだ表示していられるだけの時間はあるんだろ? 焦ってないし」
ディンの話が重要なものだということは分かっていた。
でもいつの間にかルビーさんが俺の手元に酒の注がれたコップを用意してくれていたもんだから飲まずにはいられなかったのだ。
それに飲みニケーションも大事だよ?
『だから俺は飲めないっての!! ったく、こんな具合じゃいつまで経っても俺のして欲しいことが進みそうにねえ! ってなわけで……出力!』
――ジ、ジジ……。コトン。
ディンが画面上でなにやら操作をすると、広場に大きく深い木の桶が出現した。
これが情報の分解と再構成か……そのスキルは聞いてはいたけどこうして見てみるととんでもないな。
「す、凄いですわね。……。そういえば、上位中の上位の魔族の中には収納というスキルを持っていた個体が何人かいるってお母さんから聞いたことがあったけど……それもこういった感じなのかしら?」
『俺と違ってスキルとか、それ専用の魔道具になればもっと対価が少なく利用できるはずだ。だから俺のは劣化版。でも、再構成したものはちゃんとしてるはずだぜ。っと、そろそろ来そうか』
――ワオン!
相棒の鳴き声が聞こえたかと思えば桶の上辺りで白い靄が現れた。
そしてそこから元気よく土で汚れた、聖獣フェンリルであり聖剣でありルビーさんの夫でもある俺の相棒が飛び出してきた。
そういえば帰ってきたときから姿を見ないと思っていたけど……そうやってぴょんぴょん勝手に移動出きるのなら見失うのも当然――
――ズ、ドドドドドドドドド!!
飛び出してきた相棒が俺とルビーさんの元まで駆け寄り、俺がそんな相棒の身体を抱き上げた、その時。
白い靄から大量の土が……雪崩のように落ち始めた。
「きゃっ!」
「大丈夫ですかルビーさん!」
勢いよく流れ落ちる土が跳ね、顔に当たってしまったのだろう、ルビーさんは痛そうに顔を押さえながら体勢を崩してしまう。
だから俺は咄嗟にその身体を支え、受け止めようと腕をルビーさんの背中に回した。
「うふふ……。ありがとうございます」
「わうっ!」
相棒とルビーさんは視線を合わせて嬉しそうに笑った。
もしかしてこの二人……。
「作戦通りって感じですか……。俺が慌てるのを見て楽しむなんて、いい趣味してますよね、2人とも」
「あらあらあら、怒っちゃったの? ごめんなさい、ちょっと驚かせたかっただけなの。許して? ね?」
舌を出してあざとく可愛らしい顔を作るルビーさん。
まったくこの人は……。
「それで用意はどうやって? 相棒の力だけじゃこれ全部を運べないはずですけど」
「これがディンさんとシンヤ……フェンちゃんの合わせ技でですね、あの量を1度全て電波情報に変換、魔道具の中に取り込んでしまう前にフェンちゃんがあの光の穴を使って移動させたの」
『あの量の情報を全て取り込んで、更にはそのまま吐き出すのは俺じゃ不可能だった。だからそこのわんこに協力してもらったわけだ』
――わん!
どこか誇らし気に吠える相棒。
まさかあんた俺よりもディンとの相性の方がいいって言ってないよね?
『さ、それでどうする? 俺たちもなんとなくやりたいことは分かってるけどよ、それを使うってもまず塗りたくる板とかなんかがねぇと……』
「大丈夫です。えっと布、なければ藁でも何でも積めそうなもの、あとは物干し竿でもその辺の木の枝でも構わないので地面にさせたり出来そうなもの、それとコテと……なければヘラ。各々持ち運び出きる大きさの桶とかもあれば便利だと思います。それで今日中には強固な防御壁が……多分、できます」
一応事前に一部テストしたとはいえ……急すぎてちょっと不安になってきたかも。
あー、失敗した言い訳作りで俺もツムギさんくらい飲んどけば良かった。




