第28話 誰かさんって?
――ズ、ザザザザザザザザザザザザザザザザ!!
「そんで、この辺で……止まっ――」
ある程度目標の箇所を抉るように研ぐことができたと思った俺は、これ以上奥に進んで壁にぶつかってしまわないように頭を右の脇の下に潜らせるようにして前転。
ストーンパイソンに思いっきりぶつかりながらもなんとか勢いを殺した。
ぶつけたところが痛み、研紙をあの勢いで擦り付けたもんだから手は摩擦で真っ赤。
研紙もギリギリ形を保っているって程度だ。
これで新品はもう最後だったんだけど……仕方ないか。
「それで、出来上がりはどう――」
研いた箇所を確認すべく、早々に立ち上がって走り出す。
だがそれを邪魔するようにストーンパイソンは暴れ、俺はその場で突っ伏してしまう。
走って向かうのはもう不可能だと判断して匍匐前進でなんとか進み、進み進み……。
俺は明らかに窪んだストーンパイソンの後頭部を撫でた。
「へぇ、いい感じに仕上がったなお前」
研いだのはたった一瞬。
それでも、今までのように研師は素材を最大限に活かせる形で作品を仕上げてくれた。
想像通り、いや……このスキルは俺の想像を反映してくれる手助けをしてくれた。
――すっ……。
滑らかな手触り、その身体をはっきりと形どる曲線美はこれから破壊してしまうには勿体ない出来上がり……。
この場所で岩を使って……いや、おそらくはさっき死んでいったもう1匹の石化スキルを用いて、強固凶悪で巨大な蛇の鎧を纏うことになった、もう1匹のストーンパイソンがそこに浮かび上がっていた。
◇
研師【覚醒】LV2
□対象物:ストーンパイソン本体の大石殻(後頭部埋め)
□効果時間:スキル対象者が死亡するまで。(現距離において)
□効果:緊急表層脱出脱皮、機動力上昇、弱魅了、防御力上昇(研段階を元とする)
□研段階:1
□情報開示段階(効果を発揮できる項目の開示):2
□確認可能ランク:SSS+(最大ランクではない)
◇
完全にモンスターの一部ではあるものの、俺が研いだこと、また条件でも整ったのか、武器や道具のようにそのステータスが俺の視界に浮かび上がった。
通常であれば敵を強化しただけになってしまうが、1番の目標である最も魔力の発生が多いと感じられる箇所、つまりは弱点を晒すことができたこと、さらにはそれを俺のナイフよりも低い研段階で固定したことにより強化であるはずのそれは最大限の弱体化になった、というわけだ。
「じゃあな。恨むならお前たちを操った奴を恨んでくれよ!」
――ギ、ギギ……。パリッ、ザシュッ……。
硬さを感じつつも、振り下ろしたナイフは表層を破り……ストーンパイソンの柔らかい部分を刺した。
血が吹き出し、身に纏ったそれは赤く染まる。
ただこれがなかなかしぶとくて、うねうねと身体を動かそうとしているのが見てとれた。
俺はそれがあまりにも気持ち悪くて、一瞬顔をひきつらせてしまった。
だから、その隙をつくようにしてストーンパイソンは最後の足掻きを決行。
――ガラッ。
「足場が!?」
ストーンパイソン、その本体は岩で出来た身体、というか鎧を崩壊させ始めたのだ。
いきなり足元が崩れたことで、俺もその崩壊の波に飲まれる。
あっという間に攻撃できる範囲から追い出されてしまったのだ。
「あと1歩だったのに……」
『ちっ。殺し損ねたか。ったく、その運の良さだけはそっくりなのかよ。気に喰わねえな』
悔しさがつい口をついて出ると、俺なんかよりも悔しそうな声がどこからともなく聞こえてきた。
そっくり、それは誰と誰のことを指しているのか……。
いや、片方はおそらく――
「――レンヤ様!!」
「ルビーさん!」
崩壊するそれと同じく、地面へと一直線だった俺の目の前で大きな翼と大きな胸が波をうって現れた。
どうやら初めの1発で既にストーンパイソンの攻撃は力を失くしてしまっていたらしく、すぐさま俺を助けに来てくれたらしい。
こうして落ちてくるところを抱えられるのはなんだか気恥ずかしいけど本当に助かった。
「大丈……ってレンヤ様その手!?」
「これくらい舐めておけば大丈夫ですよ。それよりルビーさんは大丈夫ですか? ずっとあの攻撃を受け止めていたみたいですけど……」
「これくらいわけないです。私の中にある憤怒の力は主に暴力的な物理攻撃力にあるみたいですから。それよりも、舐めておけば大丈夫、ですか……」
――ペロ。
ヒラリヒラリと俺を落ちてくる岩を簡単にかわしながらルビーさんは俺の手を掴み、一舐め。
真っ赤な顔と目で俺と視線を合わせた。
「痛いの痛いの飛んでけ……。なんて……」
「る、ルビーさん……」
「ふふ、子供扱いしすぎちゃいましたか? でもその顔、可愛いわ」
――ごほん!! ごほ、ごほごほごほほっ!! うむうむぅて……。
そろそろ着陸といったところで俺たちの背後からわざとらしい咳払いが聞こえてきた。
恐る恐るその出どころを確認すると、ツムギさんはじとっとした目で俺たちを見ていた。
「あー……時と場所は選べ。あくまで健全だと言い張るのであればな」
不潔だと罵られると思っていたけど、なんか思ったより甘い。
それが逆に怖い。
「それにしても……。これは壮観だな。あれだけの猛者を簡単に仕留めてしまうとは。流石私たち、だな」
なるほど、自分の活躍に泥がかからないようにできるだけ触れないようにしたってわけね。
私たちってところを強調しているのは気になるけど……間違ってないし、誉めてくれているし、ご満悦な様子だからこっちもあんまり突っ込むのはやめよう。
それに……それを言ったあとだと完全には倒してないって報告しにくいから。
「そうねぇ。でもどっかの誰かさんが可愛らしすぎて止めを刺しきれなかったからかしら、魔力の残滓が漂って流れていくのがはっきりと分かるわ。そう、誰かのどっかさんがね。うふふふ……」
それでも俺が事の次第を言い出しにくそうにしていることを察したのか、ルビーさんは笑みを浮かべながら、そして悪意を含ませながらストーンパイソンが生きていることを伝えた。
「ル、ルビーさん、勘弁してくれって……。ヤバい状況を乗り越えたことを素直に喜んでくれよ……」
「あらあら、こういう時ばっかりその口調になるんだ。ずーるいんだ。でもツムギさんはそんな簡単に許してくれないわ――」
「――どっかの誰かさんとは誰のことだ? はっ! まさか私の仲間が元に戻って……。いや、野生のモンスターという線も。うむうむぅ……。分からんし、こうもう少しのところをしくじるはめになるとモヤモヤがすごいな」
予想外の反応にニヤニヤ顔だったルビーさんもキョトン顔に変身。
大人びた顔立ち、言葉使い、プロポーション、凛とした眉……それなのに天然、なのか?
「その、えっと……もしかしてツムギちゃんはドジっ子なのかしら? そういえば迷子にもなっていたし」
俺が聞きたくても聞けないことをさらっと言い放つルビーさん。
これはこれで天然と言えなくもない気がするが……。
「ば、馬鹿を言うでないわ! この私にそのような称号は似つかわしくない――」
――カタ。ひゅん!
恥ずかしさと怒りで顔を赤くするツムギさん。
テンパりすぎてルビーさんがツムギさんからツムギちゃんに言い換えたことにも気付かなかったツムギさんは当然岩影から飛び出してきたそいつに気付くことなく……。
「ぬっ!? のわあ!?」
――ドスン。パキ……。
驚いて転けて尻餅。
しかも今のパキって音、なんかあの鞘からしたような……。
――チリン。
『――くははは! 女々しい男とドジっ子様々だぜ! 新しい番は用意してあるから早く帰ってこい!!』
そんなことを気にしていると微かに鈴と男の声が響き、俺はすかさず逃げたストーンパイソンの血の痕を確認するのだった。




