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第25話 一閃

「――あ、あの……あなたは?」

「……」

「もしかして聞こえていない、とか? もしもーし、私の作ったサンドイッチおいしいですか? あ、全部は食べちゃダメですよ!」



 

 敵意は感じない。

 明痩せこけてしまっているこの女性はむしろ俺たちを見て、というより人に会えてうれしそうな様子だった。


 服装は入り口にいた人たちよりも軽装でどこかの民族衣装なのか、独特な雰囲気。


 ただその折角の服も汚れがひどい。

 かなり腹を空かせていたことからもすでに数日この場所で活動をしていると予測できるか。




「――ん、ぐ……。ふはぁ……。ごちそうさまでした。見事な腕前であった! これほど美味な『挟み物』は初めてであった! うむうむ、お主よい彼女を持ったな!!」

「挟み物……って彼女じゃ――」

「ちちちちちちちちちちちちちちち違います!! わ、わわわわわわ私とレンヤ様はそういう関係では!! それに私は人妻で……。まぁ、その……夫にはもっと遊べと言われてはいますけど……」




 サンドイッチを食い終わってようやく質問を返してくれると思いきや、恐ろしい言葉を吐いたよ、この女性。


 ルビーさんなんて顔真っ赤でもう人の話を聞くような態勢じゃ……って最近はこんな感じで赤くなってることばっかだからあんまり問題はないか。




「ん? ということは不倫……。不倫になるではないか!! 不潔! あまりにも不潔!! そんなものを許可する夫も同罪!! なんと乱れた関係か!! むむむ……なるほど、その豊満な乳房は男を篭絡するための魔道具であったか!! であれば元凶は取り除くべきである!!」

「え? ちょ、何を……ひゃんっ!」




 女性はルビーさんの胸を掴むとその手に光を灯した。


 これは……俺の研いだ剣、聖剣にもあった魔を浄化する力? 光は弱めだけどかなり似ている。




「あんた一体何者……ってそろそろ離してやってくれ!」

「む、何をするっ!」




 ルビーさんの息が荒くなり、顔をゆがめていることに俺は焦りを感じて女性の手を掴もうとした。


 しかし、女性の反射神経は予想以上で簡単に交わされてしまった。

 その上、勢い余った俺の手はルビーさんの胸に……。




「あんっ!」

「す、すみません! これは、わざとじゃなくて――」

「エッチ……」



 軽い罵倒を受けてしまう。

 いやいやいや触ったのは申し訳なかったと思いますけど、全部見てたじゃないですかルビーさん!




「その反応……どうやら二人は初心であったか。それに魔道具特有の魔力の流れも感じなかった上、浄化もしていなかった。……交際否定の言葉、素直に受け止めるべきであったな。すまん。早とちりをしてしまったようだ。いやはや、どうも不潔なものに対してはこう、黙っておれん性分なものでな。許せ」




 これだけ引っ掻き回してくれて、しかもサンドイッチをただで食ったのにこの上から目線……この人ちょっと苦手な死タイプの人かもしれない。




「あ、あのいいんです! 誤解は誰にでもありますから! それに……レンヤ様のかわいいところも見れましたから」

「こんな時までからかわないでくださいよルビーさん! はぁ……。それで質問を……いえ、その前にこちらから自己紹介をすべきでしたか。俺はレンヤ、こっちの女性はルビーさん。今日はベロニア村からこの洞窟まで『ストーンバイト』の毒を採取しに来てまして……入り口のあれを見て、この異常を治めようと奥まで足を踏み入れている、といったところです」




 この手のタイプの人間を相手にする場合、礼儀やマナーを重んじるべき、そのことを思い出し、俺はできるだけ丁寧な口調で自己紹介を済ませた。


 不潔でなく清潔感を演出することで、まともな人間という認識を持ってもらうことが必要……もっとも、あんなやり取りのあとじゃ無駄かもしれないけど。




「おお! 村の人間の中にもこのような口調で話せる者がおったのだな! おっと、すまんすまん。私はどうも人との縁に恵まれていないようでな、これまで関わってきた村人はなんというかどうも悪態が目立っていたのだ。私のことを偉そうだとか、態度だけは一丁前だとか……そんなことを面と向かって言うなど、な」

「は、はは……それはひどい奴らですね」



 あっっっっっっぶな! 見透かされすぎて、乾いた笑いしか出ないってこんなの。



「それであなたはなぜここに? 見たところこんな辺境の、しかもモンスターが湧く洞窟の中を探索するような身分の方には見えませんけど」

「ああ、そうだったなこちらの自己紹介がまだだった。あんなにうまい挟み物をいただいたという立場に関わらず、紹介が遅れたこと申し訳なく思うぞ。……。私はアルバ国知事の……いや、アルバ国よりこの地の探索を任せらえた兵、地方探索兵団一般兵のツムギと申す。もちろん敵意はないから安心して欲しい」




 ツムギ……ツムギさんは地面に膝をついて頭を垂れた。

 これがこの人なり、というかアルバ国の国民による敵意がないという証拠となりえる態勢なのだろう。 



 アルバ国……。

 東側の情勢しか知らない俺からするとその規模や国民性は道のままだけど……こんな村人に対してもへりくだれるところ、さらにレベルを見るに、その質はかなり高いように感じる。

 きっと一瞬出てきた国知事という役職に就く人は優秀であり、慕われているんだろうな。



 というか……。




「国の人が……しかも国で正式に認められた兵がこんなところまで来るなんて考えられませんね」




 俺の考えを代弁するようにルビーさんは真剣な顔つきに戻って呟いた。


 国っていうのは基本街に伝令を出し、街長はそれに従って作物を育てたり、採取を行うのが基本らしく、それを国が買い取ることで主な利益としている、とか。


 つまり直接国の兵がこんなところに出向いた上に、探索するってのはまず考えられないってこと。


 それがあるとすれば……。




「追っていた魔族の住処を発見した、とかですか?」

「……なかなか鋭い。いやはや村には学び舎もないと聞いたが、頭の回転の良し悪しというのはの限りではないのだな」



 やれやれといった様子を見せたツムギさん。

 そしてその口はやや重たそうに再び開く。



「本来これは其方らに言うべきことではないが……協力を要請するにあたって事情を説明するわけにはいかんからな。よし、私たちがなぜここに来たか説明してやろう。……まず、つい数日前この辺りで強い魔力の反応を感知した」



 ツムギさんの言葉にルビーさんの方がピクリと動く。


 そして俺はルビーさんが何か言うのを引き留めるようにその手に触れた。



「? なんだ? まさかこんな真面目な話の最中に発情でもしたのか? そういう背徳感が興奮を高めるというのは文献で読んだ覚えが――」

「違いますから! そ、それより続きをお願いできますか?」

「うむ。勘ぐりすぎであったな。それでその魔力の反応を魔族のものと国知事は判断なさったわけだが……。あれだけの魔力の反応、その近辺では()()()の採掘場が生まれたのではないかということで、私たち探索兵団が派遣されたというわけだ」

「魔石炭……って普通の石炭とは違うのですか?」

「ほほう、やはり石炭について知っている者はいたか。やはり村や街には伝達せず私たちが直接出向き正解であったな」



 ルビーさんの自然な疑問にツムギさんは感心したような、またやや馬鹿にするような声を上げた。


 おそらく、国はあえて村や街にこの情報を伝えていなかった。

 情報統制ってやつが行われていたのだろう。


 そんでその理由は魔石炭という鉱物にある。



「魔石炭より得られるパワーはあまりにも強大。もしそれが村や街に渡れば最悪の場合反旗を翻しかねないほどに。村人や街人が悪であるとは決して思ってはいないが……。国民と違いあくまで協力関係であることを考えると……万が一のことも考え、ということだ」

「なるほど。それは賢明ですね。でも、いいんですかそんなことを俺たちに教えてしまっても」

「問題ない。そもそも個人間で信頼関係を築くには隠し事はできるだけないほうがいい、というのが私の持論だ。それにこれを話してしまえば其方らは協力するしかなくなる」

「それはなぜですか?」

「このことを知るものは国より特別待遇を受け協力者となる……。或いはこの場で死ぬ、この二つの選択肢しかなくなるからだ」




 ツムギさんは腰に下げていた鞘からいつでも剣を抜けるよう態勢を整えた。


 そして、その剣はゆっくりと抜かれていく。



「いや、俺たち断るだなんていってな――」



 俺がそれを言い切るよりも早くツムギさんは剣を抜き、思い切り振りきった。


 そして宙に血が舞い、俺やルビーさんの顔を熱いそれが流れていったのだった。

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