第18話【エリ視点】それは……何?
「ねえエリさん、勇者様の様子はどうですか? お顔を見かけなくなりましたけど……」
「うーんそうねえ、ルミアくらいしか部屋に入れてくれないって感じね。あの人はわからないけど私自身で言っちゃえば慈善活動だけで旅をしているわけではないから、稼げない期間がこんなに長くなると本当に困るわ。まったく……このまま宿のグレードを下げたり、なんて嫌なんだけどね」
「そうですか……。でもエリさん、なんだか……」
「ん? ああ。ちょっと太ったってのはあるかも。暇だといっぱい食べちゃうから」
「いえ、見た目は相変わらずお美しいんですけど……。いいえ、私の気のせいですかね。それよりも最近またこの辺りのモンスターがあれているみたいで……良ければエリさんだけでも討伐依頼を受けていただけると……」
「そうねえ……。払いがいい依頼があれば……。ねえ、魔族の討伐依頼とかないのかしら?」
「魔族……。そう、ですねえ……。」
ギルドの受付嬢ちゃんに愚痴を溢しながらそれとなく意欲があるということを伝え、魔族の動きを探ろうとする。
私が冒険者になってから今まで、魔族を見かけたことはない。
だから魔王、魔族が驚異的な存在というのは当たり前に周知されているけど……奴らは不自然なくらい行動を起こさない。
ギルドも魔族って言葉を出すしても今みたいにうーんと首を傾げるだけ。
こうして勇者一行として旅を続けているのに、なんだかその実感がない。
「すみません。今のところは依頼は届いていないですし、情報も」
「そう……」
「ま、まぁ平和なのはいいことですから!」
「そうやって何もしない間にもあいつらは力を蓄えているものなのよ。だから……」
「ううん。なんでもないの。申し訳ないけど今日はちょっと調子が悪そうだからお暇させてもらうわ」
「そうですか……。じゃあまたお待ちしていますね」
微妙な顔をする受付嬢ちゃんを見ながら私はギルドを後にする。
「……だから撒き餌は必要。もっともっと強くて……私のために働いてくれる存在が――」
「――きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
ここまでしてギルドに魔族の情報が入ってこない。
でも流石に何にもないっていうのは考えにくいから、一番可能性が高そうな魔法具を取り扱う店に向かおうとしていた時……唐突に女性の悲鳴が聞こえてきた。
そう、何の前触れもなく。
これがあいつらのパターン、虚をつくあいつらの。
「やっと……きた。ふふ、勇者の脅威を薄く感じるようになったのがようやく伝わったのかしら。いい匂いを漂わせてやったかいがあった。でも……あまりにも早計ね。強くなるって、勇者としてじゃないといけないわけじゃないのよ。それに彼には聖剣がある」
私は笑いを何とか殺しながら悲鳴の聞こえた所まで走る。
そして危険を知らせるために振動を起こす魔道具を使ってルミアに連絡、スウェンは身体に根付かせた魔力を少しいじってやる。
私がちょっとづつ馴染ませていった、努力の結晶。
そのままだったら勇者としての素質を無駄にするはずだったスウェンを開花させてあげた、私の……私の中にあった魔族の力。
「――いや、やめて! な、なんなのよあなた!」
「はぁ。この姿を見て何なのかもわからんようになるたあ、魔族も落ちぶれちまったもんだ。これだからたまには人間を襲えって言ってたんだけどな。まったく、あいつらは奥手すぎんだよ。こんだけ強くなったんなら雑魚人間はさっさと殺る。んであっちにいる奴と戦うための経験値にすべきじゃねえのかよ。ってわけでまずは女からいただこうじゃねえか」
街の一番大きな通りで堂々と女性を抱き寄せて、その首筋に牙をあてがう。
角、尻尾、翼……こいつに関しては等級がまだ低いのか装いはあまりよくないけど、その特徴は間違いなく魔族。
念願の魔族、私が一番殺したいと思っていた魔族。
敵であり……最高の金策対象。
母親を殺したあいつ……。あれを殺しただけじゃ気が済まなかった。
恨みも……。金も!
「金、金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金っ!! その首を、頂戴!! 『ダークランス』!!」
魔族の背後に魔法陣を設置、つかまっている女ごと私は突き刺し殺そうと闇魔法を発動させた。
――ドス。
「ちっ。いてえな。……この魔法を使う人間はいねえんじゃねえのかよ。これだから引きこもりの研究班は……。実際に外に出ねえとわかんねえこともあるから魔族らしく襲いに行こうぜって……。はぁ、まあいいか。それもこれももう過ぎたこと。それに、手柄を立てればそんな体制もひっくり返せるってもんよ。こっちの勇者っぽいの……。いや、ただ弱ってるだけの勇者を殺して……向こうにいる奴を一番い殺してなっ!!」
――パキ。
魔法陣から生み出した黒い槍は魔族の腕を突くことができた。
やっぱり自分たちしか使わないだろうっていう属性の魔法攻撃には耐性がない。
でも地力が高すぎて貫通させることはできなくて、簡単に折られてしまった。
強い。
とはいえ驚くほどじゃない。
「こっちの女は後にして……先にこっちのうざいのから、か。ん? お前のその匂いもしかして……。あははははは!! なんだよなんだよ! 俺よりも先に動いてるやつがいんじゃねえか! そうだよな! あんなえぐい魔力が動いたってことは……あっち側のほうがうまいって状況だもんな! もしかすっとこっちにいる勇者よりも、そっちにいる雑魚一人狩ったほうが魔王様の関心を引けるかもしれねえし!」
「……? それは、どういうことかしら? あっち側?」
「あ? お前あれを感じとれなかったのかよ。その意気込みは嫌いじゃねえが、実力はもっと高めたほうがいいぜ。今じゃ名前をもらったとしたって新進気鋭の無名魔族の勢いに飲まれるぞ。って、俺と同じこと考えてるような奴は同族といえど敵。お前にはここで死んでもらって、糧になってもらうんだがな」
魔族は女性から手を離して私の元へ一歩また一歩と近づいてきた。
こいつは今の私よりも遥かに強い。
でも、慌てるなんてことはしない。するのはこの後を考えて……スウェンの中の魔力をいじることと、ここに魔の力を膨らませる結界を張ること。
「1等級魔族を超えた存在。固定ナンバー7442を授かった俺に食われたこと、誇りに思いな」
魔族はまだまだ距離があるっていうのに右腕を大きく振り下ろそうとする。
だから私は避けるという選択を取らずに、その場に杖を下ろして魔法陣を展開しようとしたんだけど……。
――びゅおっっっ!!
その腕はいきなり大きく、そして伸びた。
こいつ、自分の身体を自由自在に変化させられるスキルを持っているの!?
「まずっ――」
一旦始めた魔法陣の作成は止められない。
複数魔法を発動させることは通常可能だけど、結界の作成は負担も大きくて……他の魔法を即座に発動するのは、今の私じゃ不可能。
致命傷は避けらな……。
――ドンッ!!
「くっ!! 大丈夫ですかエリさん!!」
「ふふ、遅いわよルミア」
走馬灯が流れだすことも覚悟していると、かわいい顔に反して太めの脚と腕をちらつかせるルミアが私の前で攻撃を受け止めてくれた。
レンヤはびっくりするくらい使えなかったけど、この子はどんな時も変わらず実力を発揮してくれて本当に優秀。
よかった、スウェンを手に入れたついでにこの子まで手に入って。
「お前、人間なんかと……。前言撤回だ。意気込みもすべてに嫌悪感を感じるぜ。だってその行為はよぉ、あの魔王様に反旗を翻すってことなんだぜ」
「――人間なんだからそれは当たり前のことじゃないのか? 俺、勇者と一緒にいる奴ならなおさらだ」
魔族の攻撃を防いだルミアから遅れてスウェンが私の横に立った。
顔はいい感じに暗い。
突然調子が悪くなったのは予想外だったけど、私の駒としていいように成長している。それに聖剣は相変わらずその手に――
「え? スウェン? その手に持っているのは……なに?」
「何って、聖剣じゃないか。安心しろあんなやつこれでぶった切ってやるからさ」
そう言いながらスウェンは澄んだ魔力を内在していたはずのそれ……今はただの骨にしか見えないそれで魔族に斬りかかっていった。




