第15話 数年越しのご褒美
「いや……。まだだ……。まだ……。化け物の……。その女の力……は解放済み。だからその鈴よりも強力な力で御そうとする存在がいればこの場はまたひっくり返る。本当は感づかれることも避けたかったのですが、仕方ありません。女の力は惜しいですが、魔族は長命。逃げ延びさえすればいずれ私の時代がやってくる……。そうだ、そういえば他の地区にも似たような――」
『――契約違反者。罰執行。……黙命の詩』
村長の口から延々と負け惜しみの言葉が紡がれていくかと思いきや、それは突然途絶えた。
代わりに聞こえてきたのは艶やかで冷たい女の声。
頭の中で鳴っているわけではなくて、ここら辺一帯に流れているようだ。
「こちらから連絡を入れずして、だと……。まさか、これまでの様子を全て見ていたというのですか? その上でなぜお前たちは……」
――司るは聖。小鳥の囀り、虫の羽音、なびく草木、駆ける獣の声。それを害するは魔の喧騒。鼓動の音。萎め萎め萎め。自然の景観、発展による高度な人工物……美はこれらなしには育たない。萎め萎め萎め。素晴らしき繁栄の軌跡に映る黒点よ。
その声は村長の疑問に答えることなく、ゆったりとしたメロディの曲を歌い始めた。
歌詞は今考えたものなのだろうが、透き通る美声のお陰ですっと染み入ってくる。
内容からして声の主は戦いに反対なのかな?
……ちょっと話しかけてみるか。
「あの――」
「ぐあああああああああああああああああああ!!」
声を掛けようとした瞬間、村長は絶叫。
狂ったように身体を地面にこすりつけ、その場から逃げようと、その詩から逃れようと暴れ始めたのだ。
――萎め。
その言葉通り村長の手足が萎み、骨と皮だけになったかと思ったら、今度はだんだんと身体が痩せ細っていき……ついには大量の血を吐き出して喚き声さえ聞こえなくなった。
「死んだ……のか? こんな簡単に……」
『可愛い可愛い子供たちの1人だったから。それで幼い日に、契約に違反すればこうなるって、でもそれでいいって。忘れちゃってたのかな……。少しだけ躊躇った。だから……最後にやりたいこと全部やらせてあげた。優しい。私とっても』
マトマと同じ、いやそれよりも若そうな話し方だが感情が見えにくい。
躊躇ったって……それ本当なのかよ。
「ただ、泳がしただけ……じゃなくてか?」
『んー。内緒。全部内緒。』
「教えないってことは敵ってことでいいのか?」
『そうだけど、違う。私はいけない子を見つけて、罰を与えただけ。知らないし、知られてないなら、魔王様は何も言わない』
黙認してくれると……。
魔王とか言ってるし、この子の正体はなんとなく掴めているけど……見逃すっていうならそれに乗っかるべきだ。
だってこの子、俺よりも遥かに強い。
というのもこうして話しているだけで冷や汗が止まらなくて……鑑定眼の様子もおかしいから。
――???
視界に映っているのはこの文字だけ。
しかも相手のいる場所じゃないところに複数。
こんな不気味な状態にさせられるなら、まだその大きいであろうレベル差をはっきり表示してもらったほうが嬉しいまである。
「ありがとうな。でもいいのか? 俺はお仲間さんをこれでもかってくらい殺しているんだぞ?」
『ん? 弱いのが殺されるのは当たり前。そのことにいいもなにもない。むしろ人間の可能性……魔族も混ざって村を何とかしようと思っていろりろしてるところを見せてもらって面白かった。それ、すごく綺麗だった』
声の主の顔は見えないけど、その声色から惚けた表情をしているんだろうと簡単に察することができる。
さっきの歌からも読み取れるように、どうやらこの魔族の子は美を優先する存在らしい。
そしてそのためなら人間さえも擁護する、と。
「それはどうも」
『でもあんまりやりすぎちゃダメ。ここは私の領域。大事な大事な私のお庭。清潔にしてくれないなら、土に返ってもらう。肥料としてきれいな花を咲かせてもらう。ここはもっともっと美しくするべき』
低い声。
殺気だけで心臓を握られたと錯覚してしまうほどの冷たさだ。
「わ、わかった。じゃあたまに様子を見に来てくれよ。何をしてよくて何をしてはいけないのか、志尊阿野は俺たちにはわからないからさ」
『いいよ。じゃあ契約。この領域を任せてあげる。でも、私の望み通り美しくすること。自然もおっきな建物ものしっかりある……人間、魔族、モンスター互いが交じり合う理想郷に』
「それは……あはは、ちょっと難易度が高そうだな」
『でもそれは魔王様も持ってない。だから欲しい絶対に。だから、変な魔族も勇者もそこのワンちゃんも全部入れてあげた。もちろん、東側から飛ばされてきた弱そうな人間も』
「!?」
俺がここに飛ばされたのは、偶然じゃなかったのか……。
待て待て……だとするとここにゲートを繋げたスウェンのことも知っている、というか常に見張っている可能性があるってことで、情報は筒抜け……もしかするとすぐにでも殺せる体制を作っていたり――。
『大丈夫。この時代の勇者は、勇者だけど勇者じゃない。本当の意味で目覚めてない。だから見てるだけ。どっちに転がるか、その時まで』
「ど、どっちか?」
『うん。で、それが判明すれば……一気に動く。そうすると多分こっちに魔族が集まる。……ううん。もしかするともうその準備をしているかも。……あ、内緒。今のも内緒』
気づくのが遅すぎる声の主に俺は少しだけにやけけてしまった。
でも魔族が集まる、か……。
今以上に魔族やモンスターがうろつかれたんじゃ行動したくてもできなくない場面が増える。
となればまず国に急ぐべき、か。
この鈴を村々に配っているくらいだから魔族除けのスキルや魔道具は豊富なはず。
危機感を煽って、できる限り魔族連中が暴れられないような環境づくりを進めないと。
ついでにこれは他の村や、亜人種と交流できるチャンス。
ここをきっかけに村をでかくして、国と対等、いやそれ以上になったり……は言い過ぎか。
『それじゃあ。ちょっと呼ばれてるから。また連絡する』
「――ま、待ってください!」
声の主が雑に去ろうとすると、ルビーさんがそれを引き留めた。
「私を、母を……シンヤを受け入れてくださりありがとうございました」
『……。別にお礼を言われることしてない。というか私、お前たちの敵も入れた』
「であったとしても! 私はあなた様のお陰でシンヤに出会えました! マトマとも出会えました! つらいことは確かにありましたが、感謝しております!」
ルビーさんはその場で深くお辞儀をした。
まだつらそうな息遣いではあるけど、その言葉は強く透明に聞こえる。
『私も……あんなに綺麗なものは初めて見た。ありがと。……そうだ、ご褒美としていいことを教えてあげる』
「え?」
『勇者が持っていた聖剣……。あれはなぜ消えたの?』
教えてあげるって言いながら質問かよ。
でも、その質問大分興味あるな。
「それはその……わかりません」
「……。私、わかったかも」
首を振るルビーさん。それとは対照的にマトマは何か閃いたように顔を上げた。
『うん。多分それ、あってる。そこにいる人間。勇者に目覚めようとしている人間と関わり、共鳴して……それはもう目覚めてる。あとは聖剣の効果を完全に引き出すだけ。……これでご褒美は以上。またね、えっーと……レン、ヤ?』
うろ覚えかよ、って突っ込みを入れるよりも先に声の主の気配は消えた。
まったく、ヒントばっかりじゃなくて答えを教えて欲しいんだけどな。
「――わうっ!!」
「おにーちゃ!!」
「おうおう、みんな頑張ってくれてありがとうな。よくわからんから先に村のみんなを手当てしようか」
その場でふっと息を吐いて力を抜く。
さすがに疲れたもんだからちょっと休んでから動こうって思ってたのに、やんちゃなマトマはさっそく新しく仲間になった俺の相棒犬を担ぎ上げてこっちにやってきた。
子供ってのは本当に元気だよな。
それでルビーさんは……しばらくマトマと手を繋いでいたからか、大丈夫そ――
「おにーちゃ! 早くこの子! 拭いて!」
「わう!」
「ん? ああそうだな、返り血で折角のきれいな毛が汚れてんのは可哀想――」
――違う!
やんちゃに近寄ってきたと思っていたマトマ。
しかし迫真の一言が、その真っ赤で鬼気迫った瞳が、俺にある予感を湧き上がらせる。
「……。爪……。いや、3等級魔族をも殺せるその不自然なくらい頑丈で切れ味のいい、牙を研いでみるのがよさそうか」




