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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
文月の頃

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06 連れ去られた婚約者


「潔子、お前はなにを優雅にお茶を楽しんでいるんだ」


 あんみつに舌鼓したづつみをうっていた潔子は、名前を呼ばれて面をあげた。疲弊した様子の蘭丸がお礼と思わしき大量の包みを抱えて立っていた。


「これ、すっごく美味しいわよ。食べてごらんなさいよ。女将さぁーん! あんみつもう一個お願い!!」


 蘭丸の返答を聞く前に店の奥にいる女将に注文を伝えると間をおかず「はいよ!」と返事が戻ってきた。


「お前はひとの意見を聞いてくれ」


 といいつつ、蘭丸は空いた席へ腰掛ける。甘いものが大好きでも見た目と種族から自分では頼めないのは知っている。その証拠に潔子に文句をいいつつも、その視線は潔子の手元にあるあんみつをちらちら見ていた。


「あげないわよ」


 さっと腕で隠すと蘭丸はため息をつき「いらん」と言った。


「おい、鷹司の娘はどうした?」

「帰ったわ。少し前に」

「一人でか? さすがに危険すぎる」


 鈴音を追いかけようと腰をあげた蘭丸の手を掴んで止めた。


「あの、最低最悪な妖狐の長さんが迎えにきたのよ」


 蘭丸は大きく目を見開いた。ぽかんと口を大きく開いた姿はなんとも間抜けである。いつかからかう時に真似するべく、潔子はその表情を観察した。


「ずいぶんと腑抜けて……。本当にあの妖狐の野郎か?」

「黙れ」


 底冷えのする声が潔子たちの間を駆け抜けた。

 二人は揃って声のする方向を振り向く。そこにいたのが真宵だと知ると潔子は射るような眼差しで睨みつけて、蘭丸は意外そうな顔をした。


「忘れ物なら後で届けてあげようと思ったのに。蘭丸が」


 女将が包んでくれた鈴音の手土産を差し出すと真宵は眉をしかめた。手土産を受け取らず、きょろきょろ周囲を見渡すので潔子はむっと唇を尖らせる。


「ほら、受け取りなさいよ。鈴音ちゃんに頼まれて、これを取りにきたんでしょう」

「なにを言っている。あいつはどこだ」

「はあ? あなたがさっき迎えにきたの忘れたの?」

「迎え?」


 怪訝けげんそうに真宵は蘭丸を見た。潔子だと話にならないといいたげな態度に、潔子は立ち上げると土産を投げるため腕を持ち上げる。


「離しなさいよ!」


 意図を察した蘭丸の手によって、その行動が止められたことに更に潔子は腹をたてた。


「待て。なにかがおかしい。おい、お前は今来たんだな」

「ああ、報告書を提出した帰りに、お前たちを見つけたから声をかけた」


 あらかじめ用意していたような台詞せりふだが、真宵の様子は嘘を言っているようには見えない。

 そして、潔子が真宵が迎えにきたという言葉も。


「……まずいことになった」


 喉奥から絞り出すように蘭丸はことの顛末を説明する。動物園での騒動で二人を安全地帯で待たせている間に、真宵——に変化したと思わしき妖魔——が鈴音を連れ去ってしまったと。

 喋り終わると同時に蘭丸の胸ぐらを真宵が掴みあげた。


「なぜ目を離した!?」


 怒りを映す蒼瞳そうがんが蘭丸を射抜く。丸い瞳孔どうこうが縦に伸び、持ち上がった唇から覗く歯が鋭くなり、体表を獣毛が覆っていく。獣の耳と五本の尾がゆらりと揺れた。

 怒りのあまり人型を保つことが困難になったのか、獣人姿となった真宵は呼気を荒げながら蘭丸の首を締め上げた。


「す、すまない」


 いくら嫌いな相手とはいえ、約束を違えたのは自分だ。蘭丸は素直に謝罪を口にした。


「ちょっと、蘭丸を離しなさいよ!!」


 潔子の投げた土産や皿は尾にはばまれ、地面へ落ちた。次は椅子を投げようとするのが見えて、蘭丸は慌てて口を開いた。


「潔子! やめろ! いいから、下がっていろ!!」


 今の真宵は怒りで我を忘れている。鈴音という存在がいない今、彼を制御するのは不可能に近い。潔子に鬼族を呼びに行ってもらうのも無理だ。真宵を制御できるような実力者は討伐のため出払っている。

 どうすれば事態を落ち着かせるか考えていると、真宵が胸ぐらを掴む手を離した。背後を振り返り、()()()を見つけたと思ったら彼が纏う殺気が鋭さを増す。

 騒ぎを聞きつけて、遠巻きにこちらを眺める野次馬の中へ進みよっていき、小柄な少年の腕を掴み上げた。


「お、おい!! 罪のない人間に暴力を振るうのは協定違反だぞ!!」


 慌てて蘭丸が止めようとする前に、不快な音が聞こえた。骨と肉がひしゃげる音。痛みで泣き下げぶ少年の腕はありえない方向に曲がり、骨が飛び出した際にできた傷口からは血がしたたり落ちる。

 野次馬に悲鳴があがった。少年の泣き声がひどく耳を逆撫でる。


()()()()()。お前から、あの子の匂いが」


 真宵が手を開くと少年は地面に尻もちをつく。折れた腕を庇うように支えながら、真宵から距離をとろうとした。その身体は徐々に毛に覆われていき、現れたのは、



「——妖狸ようり?」



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