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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
皐月の頃

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閑話 距離感を考えてくれ


「やあ、薪田くん。三日ぶりだね。元気にしていたかい?」

「……」

「連絡もなく訪ねてきたのは謝るよ。実は、君に折り入って頼み事があってね」

「……」

「つい先日、三条家のご令嬢から親睦会の案内が来たんだ。鈴音ちゃんが珍しく行きたがっているから私が付き添って参加しようと思っていたんだ」

「……」

「けれど、討伐依頼が舞い込んで来てね。それがとてつもなく厄介な内容で、私も駆り出されることになったんだ。上手いこと片付けば、親睦会に参加できるのだけれど、協力者がちょっと私たち妖狐族と因縁というのかな? まあ、はっきりいうと仲が良くなくてね。九割九分の確率で問題が起きると思うんだ」

「……」

「と、いうわけで私はしばらく帰ってはこれない。鈴音ちゃんの従者として君が世話を焼き、親睦会にも付き添ってくれ」

「……」


 布団に横になった薪田をまたぎ、見下ろす樒は「名案だろう?」と綺麗な笑顔で言い放った。相変わらず恐ろしくなるほど整った美貌をしている。思わず殴りたくなるのを我慢して薪田は掛け時計がある方向を指差した。


「……なあ、今何時か分かってる?」


 薪田の位置からは詳しい時刻は見えないが窓の外は真っ暗で、日の出が遠いことを教えてくる。残業明けで頭痛がする頭を摩りながら、薪田は樒を布団の上から押しどかすと上半身を起こした。


「三時前。正確には二時四十八分」

「さん?!」


 思ったよりも早い時刻に薪田は瞠目どうもくした。就寝する時に見た時刻は深夜一時を切っていた。つまり二時間も眠れていない。


「妖狐族には時間の概念はないのか。俺、残業続きで最近の睡眠時間四時間あればいいほうなんだぜ……」

「お医者さまって大変だね」

「絶対にそう思ってねー……」

「思っているよ。人間は軟弱だから八時間ぐらい寝なきゃいけないのだろう? その半分程度しか休めないなんて可哀想で仕方ないよ」


 短い付き合いだが樒が嫌味なく、本心から言っていると悟った薪田は頭を抱えた。このまま無視して眠ってしまいたいが、伝えられた内容が気になり、眠れそうにない。


「誰か別の妖狐を連れてきたらどうだ」

「無理かな。真宵の命令ならば嫌々聞くと思うけれど、妖狐って君が思っている以上に矜持きょうじが無駄に高いんだ。いくら命令でも素直に人間の身の回りのお世話をするとは思えない」

「なら、お前の代わりに討伐に派遣しろよ。いつも通り、鈴音ちゃんのお世話はお前がやればいい」

「それも無理なんだ」


 がくりと樒は肩を落とす。


「なにぶん、討伐対象がとてつもなく厄介。それに加えて、共闘予定の種族とも仲が悪いから仲裁役として私は赴いた方がいい」

「妖魔にも色々あるんだな」


 そうなんだよ、と樒は頭を掻く。いつも悠々(ゆうゆう)としている男の珍しい様子に薪田は、憐憫の眼差しを向けた。


「前から思っていたんだが、お前って結構、面倒な立場にいるよな」

「そう思うのなら手伝ってくれ」

「……いや、つきっきりは無理だ」


 これが一月ひとつき先ならば、薪田も予定を組み立て直すことができたのだが親睦会まで二週間を切っている。恩師や同輩を頼っても彼らもまた予定があるため、こころよく代わってはくれないだろう。


「俺にできることといえば、一日か二日置きに鈴音ちゃんの元に訪ねるぐらいだ。診療後になるから夜遅くなるが、それでもいいか?」

「もちろんだとも。薪田くんが顔を見せるだけでもありがたいよ。タクシーはこちらで手配しておくのでいいかい?」

「ああ、親睦会の件は日程を調整してみるが、あまり期待はしないでくれ」

「すまない。本当に君には助けられてばかりだね」


 花がほころぶように樒は笑む。

 用件はこれで終わったのだろう。そっと手を伸ばすと薪田の肩を押して、布団に横たえた。


「お礼といえるかどうかは微妙だが、今夜はいい夢を見させてあげるよ」

「どこまでも上から目線だな」


 木漏れ日のように暖かい手が薪田の目を覆う。妖魔に触れられるなど鳥肌もののはずが、相手が樒だからか恐怖もなにも感じない。言われずとも薪田は両目を閉ざした。


「おやすみ。よい夢を」


 子守唄のような声音が耳朶じだを撫でる。

 同時に襲ってきた眠気に、薪田は意識を手放した。


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