閑話 この感情の名前
何度身体を重ねても、熱を別ける瞬間だけは心臓がぎゅっと握りしめられたような感覚に襲われる。どうしてかは自分でも分からない。ただ、なんとなく切ないような苦しいような気持ちになる。
「っ、……あっ」
細い腰から手を離して、胎内から熱を引き抜けば、少女——鈴音は小さく息を吐いた。冷えた空気に撫でられたことで寒さを感じたのか、はたまた真宵に恐怖を感じたのか、身体を強張らせながら起き上がり、近くに落ちていた着物に手を伸ばした。
いつものように軽く身体を拭ってから着込むのだと予測するが、今夜はどうやら様子がおかしい。胸元を着物で隠したまま、何かを考えている。
(どうした、と問うべきか)
いいや、とすぐさま首を左右に振る。人間とは妖魔を恐れるもの。必要以上にこちらから接するのは、彼女も望んではいないのだろう。
そう考えて真宵は着物の袖に腕を通した。一刻も早く、この座敷から出ていくために。
「……あ、あの」
襟を整えていると、恐る恐るといった様子で鈴音が話しかけてきた。
鈴音が自ら話しかけてくるなど、初めてだ。思わず、真宵は動きを止めると趣味の悪いお面を見据えた。
そっと差し出された手紙に、真宵は眉を寄せる。
「なんだ、これは」
薄緑色の封筒は、勅令書とは違う。内容と意図が読めず、真宵は腕を組んだ。
「その、三条家の潔子さまという方から、親睦会を開かないかとお手紙をいただきました」
「親睦会だと?」
「はい。えっと、……妖魔の長さまと婚姻を結んだ華族のみで集まりましょう、と。それで、六月一日に帝都で開かれるそうです」
伺うように鈴音は面をあげた。
「旦那さまは、どうなさいますか」
どうするか、と聞かれて真宵は悩んだ。人間側の要求にはできる限り、応えるつもりだが、今回の用件は文字通り、親睦を深めるためのもの。
(これは妖狐も参加しなければいけないのか?)
他種族の長も身勝手な奴らばかりと聞いている。人間が主催した親睦会とやらに大人しくは参加しないだろう。そんな中、鈴音一人が婚約者同伴で訪れたら浮いてしまうかもしれない。
人間同士の集まりに水を差すほど、真宵は無粋ではない。そう考えた結果、「忙しい」と口にした。
「重要度の高い案件以外、報告は不要だ。今後、協定に関してなにか催事があればお前一人で参加しろ」
どうせ、参加するのは人間側のみなのだから。
「承知いたしました」
強張った声で鈴音は畳に額を擦りつけた。
まるで婢女のような行動である。諌めようにも彼女は華族の娘。妖魔なんぞに生意気な口は聞かれたくないに違いない。
(早く子供ができてしまえばいいのだが)
懐妊の気配は一向にない。一刻も早く、薄い腹に子が宿ることを祈りながら真宵はこの場を後にした。




