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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
皐月の頃

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01 討伐依頼の手紙


 蝋燭の明かりに照らされて、白いうなじが覗いている。普段より桃色に色づいたそこはしっとりと汗ばみ、甘やかな色香を放つ。何気なく、うなじを眺めながら腰を進めれば、結合部からは水っぽい音が聞こえ、少女は息を押し殺す。

 たった一言すら漏れぬように、決して真宵に聞かれぬように。

 何度、夜をともにしても少女は微塵も心を開かない。顔も見せず、声すらも聴かせない。そのいたいけな姿に真宵は知れず、眉間に皺を寄せた。

 ふと小さな悪戯心が顔を出す。最奥を突いて、無理やり泣かそうと細い腰を掴んだ時、


 ——とんっ。


 妖狐の耳でしか捉えられないほどの微かな足音が聞こえた。

 真宵が窓の外へと視線を投げると透き硝子がらすの向こう側、ゆらりと揺れるしなやかな尾が見えた。その尾の先は二つに分かれている。


(新しい依頼か)


 間が悪い、と思いつつ行為を中断した真宵は床に投げ捨てられた着物へ腕を伸ばした。着流し姿になると、外へ向かう前に少女に視線を投げた。伽を終えたことを悟ったのか身体を手拭いで拭いている。ただ静かに、文句も、泣き言もいわず淡々と。真宵に一瞥も向けずに。

 いつものことだ、と自分に言い聞かせて真宵は廊下にでた。真っ直ぐ進み、玄関から外へでるとふくふくと太った三毛猫が座っていた。


「朝早くに申し訳ございません。またたび郵便でございます」


 二又の尾をゆるく振りながら三毛猫が人語を発した。

〝またたび郵便〟とは、猫又たちが始めた妖魔専用の配達業者の名前だ。今は国からの通達も任されるようになり、昔と比べて人員も増えて、猫又以外の種族も勤めているらしい。国からの討伐依頼は極秘扱いのため、交換手を介して電話で伝えることはできない。そのため、彼らがこうして運んでくれた。


「妖狐族の長さまにお手紙が届いています」


 三毛猫はくるりと身体の体勢を変えて、真宵に背中を向けた。

 意図を察した真宵は三毛猫が背負っている鞄から一通の封筒を取り出した。表には大きく真宵の名前が書いてあり、左上にはこの国の国章が刻まれている。


「ご苦労。確かに受け取った」

「またのご利用、お待ちしております」


 三毛猫は小さな頭を下げるときびすを返して、森の中を走っていく。

 その毛並みが見えなくなってから真宵は封を切って、中から手紙を取り出した。流れるように連なる文字を読んでいくうちに、眉間の皺は深くなる。


「そんな恐ろしい顔をして、どうかしたのかい?」


 真横から声がかけられた。視線だけを動かして確認すれば、女体に変化したままの樒が不思議そうに真宵を見つめている。手にはたくさんの山菜や野菜が積まれた籠があるので食材を採りに行った帰りのようだ。


「その姿はやめろ」

「鈴音ちゃんに会った時、いつもの姿よりこっちのほうが安心してもらえるからね」


 あと桔梗に説明するの面倒だし、と呟きながら樒は籠を地面に置くと手紙を覗き込む。


「今度はどんな討伐依頼なんだい? ……これはまた面倒だね」


 読んで一番にでた感想に、真宵も同意した。


「さすがに君一人じゃきつくないかい?」

「お前もいる」

「私を頭数にいれないでくれ。これを討伐するのに、どれほどの時間がかかると思っている? 鈴音ちゃんはまだこの環境に慣れ切ってはいないんだ。いつ体調を崩してもいいようにできる限り近くにいてあげたい」

「桔梗に面倒を見させろ。あれは、そのために連れてきた」

「駄目だ。あれはできる限り近づけさせたくない。里から何匹か連れてこればいいだろう。第一、私と君の二人がかりでもこれは相当厳しいぞ」


 ふむ、と真宵は顎に手を添える。真宵の炎と樒の幻術が合わされば、時間がかかっても討伐は可能だと踏んでいた。最短で終わらすには、樒の言うとおり、増員を呼ぶべきだろう。


「ならば、お前が手配しろ。討伐には参加しなくてもいい」

妖魔ひと使いが荒いな。まあ、少しぐらい留守にするなら問題ないよ。朝食作ってから里へ向かうのでいいかい?」


 朝食? と真宵は首を傾げた。


「桔梗に用意させろ」

「君ね、知らないのか。あれが鈴音ちゃん用に用意したご飯、塩っぱかったり、焦げていたりして食べれたものじゃないよ。嫌がらせばかりして、あの子が病気になるようにしているんだ」

「あれの食事は普通だが」

「そりゃあ、君のご飯はしっかり作るさ。大好きな真宵さまのご飯なんだもの」


 樒は白んだ目を向ける。鈴音に興味がないと薄々気がついていたが、まさか嫌がらせにも気がついていないとは。


「とりあえず、幻弥げんやはなぶさ手毬てまりあたりは参加するだろう。大好きな真宵さまがお呼びだもの。あとは適当に見繕ってくるね」

「〝さま〟付けはやめろ。お前に呼ばれると鳥肌がひどい」

「それはすまない。じゃあ、私は朝食を作るから失礼するよ」


 籠を持ちあげると樒は玄関をくぐり、土間へと向かっていった。


「狸退治か」


 残された真宵は手紙を睨みつける。くすんだ色の便箋には妖狸ようりと思わしき妖魔が帝都近くに出没している。彼らの出現時期と重なる頃から近場では人間が襲われる事件が多発。中には死者もいると記されていた。

 妖狸は人間を化かす生き物だ。妖狐のように個ではなく、輪を重んじるため、集団となれば、この上なく厄介といえる。数十年前から妖狸の長は勢力を増やすことに躍起になっており、四国から始まり、今や中国地方と九州地方までも支配下に置いていると聞く。その話が本当ならば、その数はゆうに一万は越えるだろう。


「面倒だ」


 苛立ちをぶつけるように、真宵は便箋を握りつぶした。


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