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狐が来たりて鈴を鳴らす  作者: 荻原もも
卯月の頃

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01 鶯の歌声


 ——どこかで鶯《うぐいす》が鳴いている。


 帝都《ていと》の中心部に建てられた鳳《おおとり》の屋敷では、本来ならば聞くことがない生き物の声だ。

 その可愛らしい容姿と歌声を気に入った誰かが山から連れ帰ったのは想像に難《かた》くない。狭い鳥籠の中で親が恋しくて鳴いているのか、ただ暇《ひま》を潰すために鳴いているのか、鈴音《すずね》がぼんやり考えていると上座《かみざ》で腕を組む父——鳳家現当主である景義《かげよし》が白い毛が混じりはじめた眉毛を持ち上げて見せた。


「おい、聞いているのか」


 父は鈴音のことを名前で呼ばない。喋ることも禁じられているため、鈴音は顎《あご》を引いて、聞いているという意思表示をする。

 すると、父はあからさまに侮蔑が混じる目で鈴音を睨みつけた。


「なぜ、お前のような……」


 不自然に言葉が途切れたが、その先に続くのは「不出来な娘」か「忌《い》み子」のどちらかだろう。

 生まれつき血のような赤い眼を持つ鈴音を、父は忌み嫌っている。間引きをせず、十六歳になるまで育てたのは愛する妻との間にできたのと、妻からの懇願《こんがん》があったからだ。

 それがなければ、鈴音は生まれた時に殺されていた。

 自分が生かされているのは温情《おんじょう》ではないことは重々承知の上だが、悲しいことには変わりない。鈴音は耐えるように膝の上に乗せた拳を強く握り、唇を噛み締めた。


(お面があって、よかった)


 忌まわしい眼を隠すために着用を強いられたお面は、こういう時に役にたつ。怒りも悲しみも、喜びも。お面の下から出ることはない。


「まあ、よい。お前に期待などしても無意味だ」


 身じろぎせず、じっと父を見つめ続けていると景義は深く息を吐き出し、庭へ視線を送った。つられて、鈴音も庭を見つめる。

 透き硝子の向こうには風に揺られて枝を揺らす桜が見えた。まだ桜が散るには少し早い季節、なぜ父は桜を憎らしげに見つめるのだろうか、と不思議に思う。


「お前も知っているだろうが、先の戦《いくさ》において、我が国は妖魔の力を借りることとなった」


 滔々(とうとう)と父は語り始める。


「妖魔は国民として自分達を迎え入れるのならば、力を貸すことを承諾《しょうだく》し、——その結果、我が国は覇者となった」


 この国——弥洲《やしま》には古来より人ならざる存在《もの》たちがいた。彼らは自然への畏怖から生まれたとも、恨みを持ち死んだ動物が化けてでたとも言われている。時代の流れとともに総称を変える彼らを、今は〝妖魔〟と定義づけている。

 妖魔の中には人間を主食にするものも多く、彼らは食糧を得るために人間を誑《たぶら》かし、食らった。そのため、人間に害を為《な》す彼らを国は脅威と見做《みな》し、迫害した末に歴史の陰《かげ》へと追いやった。


 だが、世界を巻き込んだ大戦によって、彼らの存在は長い時間《とき》を経て、表舞台にでることになる。武力も人数も他国に劣るこの国に、妖魔は今までの償《つぐな》いを含めて、その力を人間に貸すことを提案した。

 最初は猜疑《さいぎ》的だった国だが、勝利のためにとその提案を最終的に受け入れ、その結果、劣勢だったこの弥洲は大戦にて強者となれた。

 喜ばしいことなのに、景義は明らかに渋い顔をしていた。


(お父さまは昔ながらのお方だから、妖魔を受け入れられないのかしら)


 父を含む年配者は、いまだに妖魔を恐れて嫌う者も多い。

 会話の先が掴めない鈴音が不安を感じていると、景義は桜から鈴音に視線を戻した。


「どれほど戦で活躍しようが、奴らは所詮《しょせん》、妖魔。人の言葉を操り、知性があるように見せかけても畜生以下の存在に過ぎぬ。いつ我らに牙を剥くのか、誰もわからない」


 妖魔も人間もお互いに恨みがある。それゆえ心許してはいけない、という懸念《けねん》する声があがっているのも、また事実。


「戦での奴らの戦いっぷりは人間の常識を遥かに越えていた。敵兵を火祭りにし、氷漬けにし、……生きたまま、その腑《はらわた》を食い破り、笑っていた。そんな奴らに人間と同等の権限を渡すことを危惧《きぐ》したお上《かみ》は妖魔の長と人間の婚姻を結ぶことを決めたのだ」


 すっと景義は両目を細めた。


「妖魔は四大華族ならば、と了承した」


 華族は爵位を与えられた一族だ。

 四大華族は、その中でも〝公爵〟の爵位を与えられた四つの名家——三条《さんじょう》、久遠寺《くおんじ》、来栖川《くるすがわ》、そして鳳の四家を指している。


「婚姻とは家と家、一族と一族を結ぶもの。いくら畜生とて、婚姻関係に当たる人間を害そうだなんて思うわけがない。そうだろう?」


 問われて、ややあって頷く。間が空いたことに叱責が飛んでくるかと身構えたが、景義はふっと相好《そうごう》を崩した。


「我が鷹司家からは鈴音、お前が嫁げ。お相手は狐の妖魔、……名はなんといったか。まあ、いい。畜生の名など覚えるに値しない。三日後にここへ迎え」


 目の前に放り投げられた手紙を拾い上げて、鈴音は頷く。


「正式な婚姻式は一年後に執り行う。それまではそこに書かれている屋敷で、狐どのと暮らすように」


 ああ、と思い出したように景義は口を開く。


「この家のことは気にするな。分家の時哉《ときや》を養子にもらうこととなった。あれももう成人を迎えて久しい。必ずや、我が鳳家を更に繁栄させるだろう。お前は国のため、狐どのの嫁として、尽力せよ」


 いいな? と言われて鈴音は畳に額を擦りつけた。

 けれど、これは景義が求める返事ではなかったようで、すぐさま「喋ることもできないのか」と苛立った声が飛んでくる。

 慌てて鈴音は唇を開いた。


「承知、いたしました。お父さまのご期待に添えるよう、国のため、旦那さまのため、誠心誠意尽くすことを誓います」


 久しぶりに父の前で出した声は、緊張からか掠れていた。


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