12
私は、机の上に日記を置いた。
ダイニングテーブルには、私と彼女の分の紅茶が湯気を立てている。
サラも、私がどこまで知っているのか、大体の予測がついたらしい。目を見張り、コチラを見た。
むしろ、全て知ってるんだぞ、という態度をとって情報を引き出したい、と思いもしたけど失敗する確率が高い。だから、誘導したのだ。日記の内容は知ってると。
まあ、いいや。なるようになーあれ。
「私は、何も知らない」
そう言って、サラは少しクシャクシャの紙を取り出した。ノートの切れ端のようだ。
「レオナルド……今行くからね?」
それだけだった。
いや、紙に染みがついている。ミミズが這うような、変な黄色っぽい跡。
わからない、まだよくわからない。
「少なくとも、令嬢をどうこうしたい訳じゃないんだね?」
サラが真剣な表情でコクりと頷いた。
私は、紙を折り畳み返しながら、回想していた。
日記を読んだのに、嘘の情報を流し、令嬢の婚約者を悪者にしたてあげたのは、何かを隠したかったのかもしれない。
ただ、幽霊は本気で怖がっていたように見えたから、私を喚んだのは心細さから……かも。
可笑しいと思った。
幽霊をどうにかしてほしいクセに、友人を呼ばせないし、私を帰らせない。日記を見たときから、可笑しいな、とは思っていたんだ。
だって、日記を隠すこと事態がおかしいじゃない。この事件に関わってます、と言わんばかりだ。
「日記を隠してた理由は?」
私は、なるべく優しく問いかける。
「……」
彼女は黙秘した。言いたくないのかもしれない。
「……で? 私を呼んだのはなぜ?」
私は、自分の中の疑問を吐き出した。
「……」
黙秘。この質問もアウト。空気が非常に重い。
「じゃあ、どうしたらいい? 何をしてほしい?」
サラは左右にブンブンと勢いよく首を振った。
「何もしてほしくないの?」
私が問いかけると、彼女は首を縦に振る。
「わかった」
ただ居てほしいだけなのかもしれないと、私はこのとき推測した。
――――――――――
選択肢の一つとして、異世界への移住はありかもしれない。
でも、それはあくまで私が自分で望んだ場合だと思う。いくら、生活に疲れはてていたとしてもだ。
「ちょっと、聞きたかったんだけど……」
サラとは、なんとなくぎこちない日々が続いていた。1ヶ月半も、この世界にいる身としては不安がいっぱいだ、あちらで生活出来ないなら、コチラで職を探そうと考え始めてる。居候は将来が不安。
「あの……棒でしきられたところは、治安が悪いんだよね?」
前に、私が迷いこんだ場所だ。私達は、ハクビシンのような獲物を捕らえて持ってきた。肉は頂いて、毛皮は売る。尻尾はマフラーみたいに、冬は首に巻くのが定番らしい。これも、色や大きさによって値段が変わる。
「うん、だから入っちゃダメだよ」
サラは、さりげなく注意してきた。前回のことを思い出したのだろう。
毛皮を売ったり、手作りらしい薬を売ったりして、代わりに食料品を買っていた。私は、ただ見ているだけだ。口は出す。
市場の外れだからか、人影はさほどなかった。
「ドロボウだ! 捕まえてくれ!」
男性が声を上げている。
私達の横を、小さな子供がすり抜けて走っていった。手に赤いものを沢山持って。
「加護なしだ」
ざわざわと、人が噂している。
サラの様子を伺うと、眉間にシワを寄せて、少年が去った方向を見つめている。
「捕まえたぞ」
という声が聞こえたとたん、彼女は走り出した。
「え」
私は、ワンテンポ遅れて、なぜ彼女が走り出したのか、首をかしげながら背中を追う。
私より走るのが早く、一度見失ったけどすぐにみつかった。
「神殿に突き出してやる」
少年はひどく痩せた体を、力なくぶら下げたまま服を捕まれ引きずられていた。
追い付いた私は、息を上げながらサラに呼び掛けようとしてやめた。彼女が険しい顔をしていたからだ。
「風よ」
サラが小さく呟くと、少年の服が千切れて彼は地面に落ちた。
まるでチャンスを狙っていたかのように、少年は息を吹き返し体勢を低くして走り出す。大人の手をスルスルと上手いぐあいにかわして、棒の向こう側へと飛び込んでいった。短い間の出来事だった。
私は、冷や汗を流しながら突っ立っていた。明らかに、さっきの行動はまずいだろう。下手をしたら共犯者だ。
「サラ」
私が呼びかけると、彼女はハッと我にかえったように踵を返し、私の手を掴んだ。
場所がかなり離れてから、サラは手を離した。
誰も魔法が使われたことに、気づいていないようで安心した。まだ、胸はドキドキしてるけど。
「サラ」
あれは何? と、聞く前に謝られた。
「ごめん」
私は、ためた息を吐いた。
事情はわからないけど、巻き込まれたのだから話してほしいと彼女を見つめる。犯罪の片棒を担いだサラと行動を供にしているのだ。少しぐらい聞く権利がほしい。
「で、どうなの? 知り合い?」
突っ込んで聞いた私に、サラは首を左右に振る。
「知り合いじゃないのに……?」
目で訴えると、彼女は首を顔を背けた。
「同じだから」と、答えたのは彼女がまた歩き出してからだった。




