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嫌なことがない人なんていない、と思う。
「サラ……何か相談したいことってない?」
身近にいるからこそ、なんたか心配になった。私と彼女は、似ているようで全く違う。どうせ、同じ人生を歩んでいないのだから、別人とも言えると気付いた。
神殿にお祈りに行ってから、彼女の様子が明らかに変だ。
サラはポツリと呟いた。
「……もし、大切な人が殺されたら……人を殺したいと……やり返したいと思う?」
彼女のいつもの能天気な様子が消え、ドロドロとした黒い感情が流れ出したみたいに雰囲気が暗くなる。
「……思うかもね」
実際に、そんな現象が起きないとわからない。私は、大切な人を奪われたことなんてない。
「……そっか」
サラは、何かが吹っ切れたように頷いた。
その瞳は、悲しそうに伏せられている。
彼女は、誰かを殺されたのだろうか?
私の思考は、迷宮をさ迷うかのように謎ばかりが飛び交った。
令嬢は婚約者に殺された。
婚約者は行方不明。
令嬢は彼を愛していた。
彼の様子はどんどん変になっていった。失踪していた。
令嬢の霊は、大切な彼からの贈り物に興味を示さない。
令嬢とサラには、少なからず繋がりがある。
令嬢の日記はサラが持っていた。
サラは、大切な人を殺された(?)
全てが繋がっていると思えてしまう。
「なんだか、信用できないのもわかるよ。だって、私達は同じ人間じゃないし、サラの辛さも理解できないけど……私は、アンタなんだから。よく考えてみて、サラが他人に酷いことをしたことなんてあった? 他の人に、暴力を振るったことも、ひどい言葉を吐いたこともないでしょう?だから、私はサラを信用できるよ。私は、私の恥になることは何もしてない。だから、サラも私を信用して」
本質は同じだと言うなら、少なくとも故意的に人を傷付けるような行動をサラはしていない。自分が良かれと思ってしたことが、悪い結果になることはあるだろうけど、悪意は全くないと思う。だって、私がそうなんだから。
「なんでも、相談してよ。私は、口は固い方だよ」
そう言って、自身の胸を叩いた。
――――――――――
まずは、令嬢の霊がいる場所へ行く。
こういうこと、本当はしたくないんだけど……。
「……アンジェさん」
声をかけると、ここから出せ、と言うように扉が悲鳴を上げる。
「何があったんですか? 少しでもいいので、教えて下さい」
私は、しゃがみこみ耳をすませる。
『……や……て……お父さ……』
途切れ途切れで聞こえにくい。
私は、扉にすがるように耳を寄せた。
『奴隷を……やめ…………お父様……』
奴隷? やめて? お父様?
よくわからない。何かを訴えているのだろうか?
『やめてください……お父様!』
段々と声がはっきりしてきた。よし、あと少し。
…………………………ん?
声が、はっきり?
私の背筋に悪寒が走る。
バンッ! っと、大きな音が鳴り、まるで怒りをぶつけるように段々と扉の揺れが激しくなる、
自我がない。意志が伝えられず、この場所に縛られてる。そんな霊を地縛霊と呼ぶ。
震える足で後ずさる。危ない。ここは危険だ。
まだ、彼女が囚われているうちに逃げるべきだ。
彼女を刺激しないように、なるべく静かに扉から離れた。
『殺さないで下さい! 奴隷をっ、彼を、彼女をっ、殺さないで!』
『やめっ、いやっ! やめて、やめっ……イヤァーーーーーー!! 彼だけは、お父様っ!』
『いやっ! やめてぇーー!!!!』
より大きな音が鳴りひびき、すべての音が止まる。
私は、それを不信に思いその場に留まった。
意識が、あの部屋に集中する。
大丈夫、彼女はあそこから出られない。
私は、自分の手を強く握る。力が入りすぎて、腕がカタカタと鳴るのを感じながら、その場に立っていた。
「どうしたの?」
振り向くとサラがいた。
私は、自分の口元に人差し指をあてる。
令嬢を刺激しそうで怖かった。
――――――その時
『レオナルド! レオナルド!』
幽霊がまた、騒ぎ始めた。
サラを見ると、顔色が悪く、目は部屋に釘付けだ。
私は、彼女の腕を掴んだ。
サラをここに置いていけない。なにより令嬢がサラの声に反応したのだから、恐怖もかなりのものだろう。
行くよと、声に出す代わりに、サラの腕をグイグイと引っ張った。少しでも、部屋から離れなければ、という気持ちがあった。
『レオナルドー! レオナルド!! レオナルド!!!!』
扉は今にも壊れそうなぐらい軋み、音が連続して続いている。
一刻も早くココから……いや、屋敷から離れるべきだ。私たちじゃ手に負えない。
玄関ホールまで来たときだった。
何かをぶつけるような音がした後、暴れ狂うような高い音が段々と範囲を広げていった。
頭の片隅で、ああ、出たな、と悟る。
見つかる前に遠くに、少しでも離れようと、様子のおかしいサラを引きずり屋敷を飛び出す。
そのまま、池をさけて森に入り込んだ。
それでも、なんだか落ち着かない。
恐怖を減らすために、サラの手をぎゅっと強く握る。
「サラ……、悪いけど私の世界に……」
私は、後ろを振り返り、先程から何も言わないサラの顔を見る。
どこか、生気なく今にも倒れそうだ。私は、サラを揺さぶる。
「しっかりして!」
怖かった。一人、知らない場所に置いていかれたように感じる。
どこか、遠くに行きたかった。一刻も早く。
だけど、私は気づいてしまった。
森の木々の隙間から、サラの屋敷が見える。見たくもないのに、ガラスが透けて部屋の中までハッキリ見えた。
――――――――――黒い何かを纏わせた女が怨めしそうにコチラを睨んでいた。




