お茶の味
目を見開き、視線を落としたまま停止するフェイリアの後頭部には、プラグが突き刺さり、そこから伸びるコードはリナの前に置かれた四角い小型端末につながっていた。
「うーん……おかしいわね」
リナは端末のディスプレイを眺めながら、眉を寄せた。
「こいつ、見たこともないプロテクトでログの閲覧がロックされている」
「先生でも分からないのですか?」
ハルカの質問に、リナは頷かなければならない。口惜しいが、まだまだ自分は勉強不足なのだ、と認めるしかなかった。
「可哀想だけど、解析は諦めるしかないわね」
端末を操作して、解析作業を停止させてから、勢いよくプラグを抜く。そして、未だに視線を落としたままのフェイリアの耳元で囁いた。
「再起動せよ」
すると、フェイリアの後頭部に現れた小さな接続口が塞がり、ガラス細工のようだった瞳に意思が宿った。
「あ、あれ……僕は??」
混乱するフェイリアに、リナは軽く質問する。
「痛いところはない? 調子が悪く感じるところは?」
「ありませんけど……」
「それは結構。さて、結論から言うけど、貴方の記憶……確認できなかった」
それを聞いても、フェイリアはただ眉を寄せるだけだった。どうもリアクションに困っているように見える。リナは説明を続けた。
「特別なプロテクトでロックされていたわ。今の私では解除できないようなプロテクトよ。いつか解除できるって可能性がないわけじゃないけど、期待を持たせたくないから、はっきり言う。私には無理」
これにも、フェイリアは言葉の意味が十分に飲み込めないような反応を見せる。少しフォローした方がいいだろう。
「だから、さっきの契約……破棄してもいいわ。ただね、この調子じゃあ、他の復元師に依頼しても難しいと思う。貴方の記憶は諦めた方がいいかもね」
「……あの、その前に」
フェイリアは先に言いたいことがあったらしく、右手を挙げた。どうぞ、と促すと彼は恐る恐ると言った調子で質問するのだった。
「僕って、人間じゃない……ってことですか?」
「そうね」
リナは淡々と言う。
「説明がまだだったわね。貴方はたぶん生成個体。何者かが復元魔法かユグドラシルを使って、作り出した人工的な個体よ。ちなみに復元個体は亡くなった人間を誰かの記憶をもとに再現した人間のこと。どちらも生まれる工程が違うってだけで、作り物かもしれないけど、ほとんど人間と変わらないわ」
フェイリアがあからさまに肩を落とした。人間ではなかったことがショックだったらしい。どうやら、その辺りも記憶がない……いや、生成個体だとしたら情報が与えられていないようだ。
「大丈夫。今は全人類の半分以上が、貴方と同じ生成個体か復元個体だから。純粋な人間じゃなかったくらいで、落ち込むことじゃない。むしろ、人間とは生成個体と復元個体を指す言葉なんだから」
「そう言われましても……」
リナは視線だけでハルカに指示を出すと、彼女は頷いてお茶の準備を再開した。しっかりと普段使いのお茶を選んでいるところは、さすがハルカだと言える。そして、彼女はフェイリアの前にカップを置いた。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます……」
落ち込みながらもお茶を口にするフェイリア。彼は揺れるお茶の表面を眺めながら、呟いた。
「美味しい」
人間ではなかった。それが彼にとって、どれだけショッキングな事実だったのか、リナには分からない。だが、そんな精神状態でも、お茶の味を肯定的に感じられるフェイリアを評価したいと思った。
「ねぇ、さっきの話しなんだけど……」
「先生」
リナがフェイリアに声をかけようとしたところ、ハルカが割って入ってきた。どんなときでも最適なアシストを心掛ける彼女が自分の言葉を遮るとしたら、それなりの何かがあったということだ。彼女の顔を見て、発言を促す。ハルカは工房の入り口を眺めながら言うのだった。
「お客様です」
「本当に??」
リナは思わず立ち上がる。そして、散らかった工房をできるだけ片付けつつ、座ったまま動かないフェイリアに言った。
「アンタ、そこにいられると邪魔だから! 隅に座ってなさい!」
「は、はぁ……」
フェイリアを移動させたのち、リナは工房の主のみが座ることが許された椅子に腰を下ろす。ハルカも定位置に着席。問題ない、と頷き合ったところで、扉の向こうから声が聞こえた。
「すみません」
女の声だった。
「どうぞ」
リナが答えると扉が開く。やはり、自分と歳が変わらない二十代後半と思われる女が不安そうな面持ちで入ってくる。リナは彼女に言った。背筋を伸ばし、復元師らしい態度で。
「ようこそ、レーゼンス復元工房に。復元したいものは、失われた物ですか。それとも、貴方の大切だった人ですか?」
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