彼を取り戻すためなら
「ジョナサンを復元したいんです」
依頼人の女はティーカップに視線を落としながら、わずかに瞳を揺らしていた。
「五年も一緒だった。それなのに、ある日別れることになって……。私も前を向いて、自分の人生を歩もうと決意した矢先、彼の死を聞かされてました」
「なるほど。……死因は聞いていますか?」
依頼人……ミーアは首を横に振った。
「事故だったと聞いています。最初は、別れた人なんだから、もう関係ないと自分に言い聞かせました。でも、彼ともう会えないと思ったら、私……!!」
感情が溢れ出てしまったのだろう。ミーアは両手で顔を覆った。失って気付く大切な存在、というやつか。フェイリアは残された記憶にある、人の感情にミーアの話を重ね合わせ、不思議と同情した。
「ぐすんっ」
「なんでアンタが泣くのよ」
零れる涙を拭うフェイリアはリナに冷たい視線を送られるが、ミーアの話はこれで終わりではなかった。
「ユグドラシルで復元も試しました。でも、失敗してしまって……」
さっきも話に出たユグドラシル。それがどういったものか、フェイリアは分からないが、察するにジョナサンの復元個体は既に誕生しているようだ。だとしたら……。
「その復元個体はどうしたの?」
フェイリアの疑問をリナが投げかけるが、ミーアは暗い表情で答える。
「逃げ出して、行方不明のままです。探そうとも思ったんですが……怖くて、何もできませんでした」
無言で向けられるリナの視線に、責められていると思ったのだろうか。ミーアは涙ながらに訴える。
「だって、姿形はジョナサンで、性格も本当に彼そっくりなのに……どこかが違う。それが怖くて……不気味で仕方なかったんです!」
再び手で顔を覆いながら泣き出してしまうミーアを前に、リナは小さく息を吐いて呟いた。
「これだから、人類存続委員会はユグドラシルを規制すべきなのに」
それは、目の前にいるミーアに対する不満ではないらしい、リナは立ち上がると、ミーアの傍らに屈みこみ、涙する彼女の肩に触れた。
「貴方のせいではない。大切な人を取り戻したいって思うのは誰でも一緒。そのために、私たち復元師がいるのだから」
その声は優しく、ミーアを慰めるためのものに違いなかったが、そのあとはどこか厳しい響きが含まれていた。
「でもね、ユグドラシルは誰が使っても、なんだって生成できるけど、あれは表層的なものでしかない。そこに魂の再現性はないの。だから、私のところに来てくれて良かった。必ず貴方の大切なものを復元してみせるから」
「レーゼンスさん……」
リナの優しさに、涙腺を刺激されたのだろう。ミーアはさらに涙を零し始めたが、リナのデスクの後ろに身を潜ませていたフェイリアが立ち上がった。
「あ、あの……!!」
そこに人がいたとは思わなかったのだろう。ミーアは驚きに肩を震わせる。怖がらせてしまったようなら申し訳ないが、フェイリアも黙ってはいられなかった。
「突然、すみません。行方不明の復元個体って……僕のことじゃないですか??」
フェイリアの顔を見て、ミーアの表情が固まる。これには、期待を膨らませるフェイリアだが、彼女は困惑した様子でリナの顔を見た。どうやら不安にさせてしまったらしい。興奮気味のフェイリアに代わって、リナが説明する。
「彼、記憶を失って、目覚めたばかりらしいの。貴方の話を聞いて、自分がジョナサンかもしれないって思ったみたいだけど、見覚えはある?」
その答えに、フェイリアは思わず身を乗り出すが、彼女の答えは期待外れのものだった。
「ごめんなさい。貴方とジョナサンは少しも似ていません」
「……そう、ですよね」
もし、自分がジョナサンだったら。記憶を失ったフェイリアにとって、奇跡的な幸運だっただろう。しかし、そんな都合の良い話はない。フェイリアは肩を落とすしかなかった。
「とにかく!」
空気を変えよう、と思ったのか、リナが明るい声で言った。
「事情は分かったので、契約を進めることにしましょう。ハルカ、見積もりを!」
「承知しました、先生」
リナの指示に、ハルカは数分で見積書を作成し、ミーアの前に提示した。ミーアは頷き、失った恋人のためなら、何だってしてみせる、といった表情で、見積書を確認するのだが……。
「こ、高額ですね」
固まるミーアに、リナが穏やかだが、どこか怖い笑顔を見せる。
「いえいえ、他の復元師に依頼するより、うちはお手軽な値段設定を謡っているつもりよ」
笑顔のリナと見積書の金額を交互にみて葛藤するミーアだが、青ざめた顔で呟く。
「これなら、ユグドラシルを使って自分で復元した方が……」
「貴方、さっきの涙を忘れたわけ??」
リナの薄暗い表情に、目を赤くしたミーアは頬を引きつらせた。
「そ、そうですね。お金の問題ではありません。ジョナサンの復元をお願いします……!!」
「はい、ありがとうございますー! じゃあ、ここにサインをお願いね!」
今度は契約書をハルカが手渡し、ミーアはそこにサインを書こうとペンを握ったが、まだ躊躇っているのか、その手は動かなかった。
「何か気になることでも?」
「もしも、なんですが……キャンセルしたい場合は、どうなるんでしょうか??」
「作業の進捗状態によって変わるけど、キャンセル料を払っていただくわ。調査段階なら三割。復元に取り掛かっているなら六割。完成間近なら依頼料の全額に加えて、処分料も発生するから」
「……分かりました!」
やっと覚悟が決まったのか、ミーアはサインを記す。これから、復元師の仕事が始まる。しかし、それがどういったものなのか。フェイリアは期待を膨らませる自分に気付くのだった。




