変わる普通
その後、ミーアは帰っていった。本格的に仕事が始まるのは明日から、ということらしいが、フェイリアは心に何かが引っかかりを感じていた。
「恋人を蘇らせるっていうのに、お金のことを気にしていましたね……」
その気持ちを口にしてみると、デスクで端末を操作していたリナが顔を上げる。
「何か言った?」
「だから、その……恋人を蘇らせるためなら、お金に糸目をつけないものなんじゃないか、って思っただけです。もちろん、事情ってものがあるんでしょうけど」
フェイリアの発言にリナは目を丸くした。そんなに妙なことを言っただろうか。不安になるフェイリアだったが、リナはどこか温もりのある笑顔を見せた。
「貴方の常識プログラムは十年前のものをインストールされたのかしらね。生成者はかなりせっかちな人だったのかも」
「どういう意味ですか?」
拗ねたように唇を尖らせるフェイリア。彼女の言う意味を理解したわけではないが、馬鹿にされているような気がしたからだ。リナは「ごめんごめん」と謝ってから説明してくれる。
「ミーアがケチってわけじゃないのよ。十年前、各地でユグドラシルが発掘されてから、生成や復元は人々にとって、手軽で身近なものになったの」
ユグドラシル。何度もその名をリナから聞いたが、発掘ということは、遺跡のようなものなのだろうか。気になったが、フェイリアは黙って耳を傾けた。
「それまでは、ヒトもモノも復元や生成は、復元師に高額な料金を支払うのが当たり前だったんだけど、ユグドラシルが現れてからは、それが馬鹿らしいと思う人も増えたってわけ。特に彼女くらいの若い人たちは、復元にお金をかけるなんて考えられないでしょうね。だから、私みたいな復元師にとっては、ユグドラシルは商売敵みたいなものなんだけど、便利であることは確かで、新しい常識を作ったとも言えるかもしれないわね」
「でも、ユグドラシルで生成した個体は、表層的なものでしかないのでしょう?」
リナが大きく溜め息を吐く。だが、それはフェイリアの指摘に呆れたわけではないらしい。
「そう。だけど、気にしていない人も多い。いえ、十年という月日の中で、気にしない人がほとんどになってしまった。表層的な復元を表層的とすら思わない。復元師の仕事と比較する気もなく、ユグドラシルに出されたものを手にして、何も疑いもせず喜んでしまうのよ。セントラル側まで、ユグドラシルの復元を評価することも増えたし、どうなっていくのやら……」
なぜリナがユグドラシルに対して、厳しい言葉や苦々しい表情を見せる理由が分かった気がした。この傾向が加速してしまえば、復元師という職業がなくなってしまう、ということだ。フェイリアは辺りを見回してから、もう一つの気付きを無邪気な気持ちで口にする。
「だから、レーゼンス工房も儲かってない……?」
「うるさいわね……」
リナに睨み付けられ、口を閉ざすフェイリア。だが、彼女も強く否定もできないらしい。
「でも、実際に比べてみれば分かるはずよ。ユグドラシルより、復元師が作ったものこそ、人の心に響くものなんだって」
自分の仕事にプライドと言うものがあるのだろう。何も知らないフェイリアが、それ以上言うことはなかった。しかし、リナが仄暗い笑みを浮かべる。
「ねぇ、フェイリアくん」
「はい、なんでしょう!?」
名前を呼んでくれた。なんだか嬉しくて、つい身を乗り出して彼女の言葉を待つ。
「暇でしょ? ここに積んである資料、一年以内のものと、それ以前のものに分けといてもらえる?」
「……はい!」
役に立てる。そう思って、資料を目の当たりにしたのだが、その量は思ったよりも多い。しかも、いくつか資料を見てみると、日付が同じ場所に記されているというわけでもなく、判断に時間がかかってしまいそうだ。それでも、不満を言うわけにはいかない。
「……任せてください!」
「お願いねー」
黙々と資料の整理を続けるフェイリアだったが、しばらくしてから、凝りをほぐすため体を伸ばすと、既に外が暗いことに気付いた。リナの方も作業に一段落ついたのか、大きく息を吐いた。
「今日はこんなところね。ちょっと早いけど終わりにしましょう。ハルカ、戸締りを!」
「承知しました、先生」
「あ、待って」
鍵を確認し始めたハルカを止めるリナ。
「留守を守ってくれる人ができたから、戸締りは任せましょう」
「なるほど」
ハルカの視線がフェイリアに向けられた。
「ぼ、僕ですか??」
「だって、貴方が寝泊まりする場所なんてないでしょ?」
リナの指摘はもっともだった。
「警備を兼ねて、ここを貸してあげるんだから感謝しなさいよ」
「そう、ですね……」
「分かったのなら良し。じゃあ、ハルカ! このあと、買い物行くから付き合って!」
「もちろんです、先生」
こうして、リナとハルカがいなくなり、フェイリアは工房に残される。
「なんか寂しいな……」
記憶がない、という不安に加え、誰もいない工房に一人となれば、あれこれと考えてしまっても仕方がない。実際、一時間、二時間と経過すると、どんどん心細くなっていった。
「フェイリアくん、いるー?」
「は、はい!」
しかし、三時間も経過すると、リナとハルカが戻ってきた。しかも、ハルカの方は大量の荷物を抱えているようだが……。
「ほら、差し入れよ。それから、着替えと枕を買ってきてあげたわよ」
「えっ!?」
ハルカが抱える荷物は、どうやらフェイリアのためのものだったらしい。感激のあまり、声がでないフェイリアだが、リナの方は決して恩を着せるような態度は見せなかった。
「買い与えるわけじゃないわよ。料金分は働いてもらうからね」
「もちろんです! ぼろ雑巾になるまで働きます!」
「いい返事じゃない。それじゃあ、私たちは帰るけど、しっかり工房の警備もお願いね」
今度こそ、二人は帰ってしまったが、マットレスまで用意してくれたらしく、床の上で寝ることもない。一人が不安であることは間違いないが、フェイリアは孤独を感じることはなかった。




