良い想い出だけでは
そこは美しい自然が広がっていた。等間隔に並ぶ樹木や手入れされているだろう花々。目覚めてから、荒涼とした景色ばかり目にしていたフェイリアにしてみると、心が癒されるようである。
「ここは……なんですか??」
隣にいるハルカに聞いてみると、彼女は淡々とした口調で説明した。
「公園ですね」
「公園?」
「憩いや遊び、休憩などのため、周辺地域の人々に公開された場です。ここは、旧時代の大型商業施設内に中庭として整備されたものが復元されています。当時は休む場としてだけでなく、イベントスペースとしても利用されていたのかと」
「物知りなんですね、ハルカさんは」
感心するフェイリアに、ハルカは得意げな笑みをわずかに浮かべた。
「スーパーメイドなので」
「スーパーメイド、ですか」
これは冗談なのだろうか。リアクションに困っていると、二人の前に立つリナと依頼人のミーアに動きがあった。
「それで、ここはどんな想い出がある場所なの?」
リナの質問にミーアは懐かしむように、温かい微笑みを口元に浮かべた。
「ジョナサンに、どこか連れて行ってほしいってお願いすると、いつもここでした。今日は静かですけど、日によってはバザーが開催されていたり、屋台が出ていたりして、とても賑わっているんです」
「良いところよね。花が綺麗で空気も良いから、私も気晴らしに来るわ」
ミーアは頷く。
「ええ、ジョナサンも同じように言っていました。気持ちが安らぐって。シートを広げて、二人でのんびりして……楽しかったな」
「羨ましい。きっと、穏やかで優しい人だったんでしょうね」
リナのコメントにくすぐったそうに笑うミーア。だが、その表情がわずかに曇る。
「そうかも、しれません……。でも、のんびり過ぎるところがあったかもしれません」
「不満があったの?」
「不満って程ではないのですが」
そう言いつつも、ミーアの目に過去の苛立ちが浮かんだように見える。
「出かけるとき、いつもこの場所ばかりで……私、言ったんです。たまには他の場所に連れて行ってくれって」
「貴方が行きたいところには連れて行ってくれなかったの?」
「そうじゃないんです。私が行きたいって言ったところには、一緒にきてくれる。でも、私は彼に選んでほしかった。私のために、行き場所を考えて欲しかったんです」
「それは本人に話したの?」
ミーアは頷くが、その目は過去のジョナサンを前にして、睨み付けるように鋭かった。
「分かったって口では言うんです。でも、次の休みがくると、結局はこの公園。うんざりして、私はずっと無口になってしまって……」
「貴方の気持ち、分かるかも」
リナの同意が嬉しかったのか、ミーアの口調はさらに強いものとなる。
「でも、何を怒っているんだって聞いてくるだけで。私が行き場所を考えてほしいってお願いしたこと、すっかり忘れていたんですよ。私のこと、なんだと思っているのか……!!」
荒波のように揺れる感情に気付き、ミーアは口を閉ざしつつ、リナの表情を窺った。しかし、リナは優しく微笑みを返して言う。
「長く付き合っていたら、そういうボタンのかけ違いって、あるものよね」
貴方の苛立ちなど気にしていない。そんな態度に、ミーアは安心したようだった。しかし、少し離れたところで見ているフェイリアは眉を寄せ、ハルカに耳打ちする。
「先生、デリケートな部分に踏み込んじゃったみたいですけど、大丈夫ですかね?」
ミーアにとっては嫌な想い出を刺激してしまったのではないか。それが、フェイリアの懸念だったわけだが、ハルカは首を横に振る。
「いいえ、さすがは先生です。上手く引き出しているのかと」
「引き出す?」
「リアルな復元個体をクリエイトするためには、良い想い出だけでは、不十分です。先生は依頼人の悪い想い出も引き出して、より再現性の高い復元個体をクリエイトするおつもりなのです」
「なるほど……!!」
フェイリアは人と人の関係性にある、善の部分しか意識していなかった。自分が生成個体としてクリエイトされたのではなく、記憶を失う前の人生があったとしたら、悪いやつに騙されていたのではないだろうか。
それからも、リナはミーアを連れて様々な場所を巡った。出会いの場所、よく行った飲食店、喧嘩した場所など。しかし、フェイリアから見ると、ミーアの話はほとんど同じようなもので、復元個体をクリエイトするために参考になるのだろうか、という疑問があった。
ミーアの表情に疲労が見えたため、解散することになったが、工房に帰る途中、フェイリアはずっと抱いていた疑問を口にする。
「今日の仕事について、ハルカさんから色々教えてもらいましたが、途中から似たような話ばかりではなかったでしょうか? あれでは参考になるとは思えませんでしたけど……」
しかし、リナは一蹴するように鼻で笑う。
「素人にはそう見えるかもしれないわ。でも、復元師の私にしてみれば、ひとつひとつが貴重な情報だったの」
「そういうものなんですか」
「ええ、神は細部に宿る。取るに足らないような情報をリアルを再現するためには、必要なものなのよ」
得意げなリナだが、対するフェイリアは動きを止める。歩きながら会話していたため、リナもハルカも足を止め、フェイリアの表情を窺わなければならなかった。
「どうしたの?」
勢いよくフェイリアが顔を上げる。
「……先生、凄いです!」
「きゅ、急に何よ」
混乱するリナだが、フェイリアは興奮気味に詰め寄ってくる。
「感動しましたよ、僕は! もっと復元師について教えてください!!」
「ちょっと、落ち着いて……!!」
フェイリアは復元師という仕事に期待を膨らませた。きっと、復元個体のクリエイトによって、希望が生まれる。自分の記憶がなかったことも忘れるほど、そんな期待に溢れていたのだ。
しかし、フェイリアはすぐに復元師という仕事の厳しさを知ることになる。




