理不尽な契約に注意
「お、お金……ですか?」
もちろん、フェイリアの記憶には金の意味は残されている。その意味を理解しているのだが、薄い布一枚を被って、助けを求めるしかなかった自分が、金を請求されるとは思ってもいなかった。
「ハルカ!」
フェイリアのリアクションを見たリナが再びメイドに指示を出す。
「お茶はいい! 水で!」
「承知しました、先生」
「水道水でいいから」
「もちろんです」
風向きが怪しくなってきた。助けてもらえる、という期待に胸を膨らませて、この薄汚いビルの階段を上っていた時間が懐かしくすら思える。フェイリアは必死に懇願した。
「本当に困っているんです! お金なら後で何とかします。だから……!」
「助けない、とは言ってないでしょう」
リナはフェイリアの言葉を遮りながらも、彼の期待を取り戻すかのように言った。
「お金を何とかするのも当たり前。でも、こんなご時世じゃあ、貴方のような身元が怪しい人間を雇うところなんてないと思うわ。その辺りまで助けてほしいって言うなら、うちで雑用係として雇ってあげてもいいけど……どうする?」
何やら悪い契約を持ちかけてくるような笑みを見せるリナ。これには迷うフェイリアだったが、薄布一枚が全財産である彼に、選択肢はなかった。
「わ、分かりました。何でもやりますので……お願いします!」
「つらいし、危険だし、もちろん給料は最低賃金より最低よ?」
「覚悟は決まっています……」
頬を引きつらせながらフェイリアが答えると、リナは満面の笑みで手を叩いた。
「オッケー! ハルカ、今の音声は録音していたわよね?」
「完璧に録音しました。証拠はバッチリ。ぼろ雑巾みたいになるまで使い倒してやりましょう」
無表情に恐ろしいことを言うメイドを見て、フェイリアは後悔しかけるが、それでも彼に選択肢はない。だが、契約は契約だ。いかに奴隷同然に使われようとも、相談に乗ってもらえるのは確かなのだ。
「それで、僕が何者か……どうやって調べるんですか?」
不満を抑えながら聞くフェイリアに、リナは笑顔で答えた。
「安心して、簡単に調べられるから」
「そうなんですか?」
「貴方、レオンが言う通り、復元個体か生成個体なんだと思う。だから、この私がちょっと解析にかければ、なぜ貴方が生まれてきたのか、すぐに分かっちゃうから」
フェイリアが思っていた以上に、記憶喪失は大変な問題ではないのだろうか。自信満々のリナだが、そもそも大前提らしいものがフェイリアには分かっていなかった。
「あの、復元個体とか生成個体って何ですか??」
「ん? 一般常識の記憶は持っているようで、そこは分からないのね」
「すみません」
「いいえ、謝ることじゃないわ」
リナはデスクから離れると、すぐ近くに置かれていたワゴンを自分に引き寄せ、その上に詰まれたガラクタの中から何かを探しながら説明した。
「きっと、貴方を復元した何者かが失敗したんでしょう。あ、見つけた!」
何を見つけたのだろうか。フェイリアが目を見張ると、リナはワゴンの上に積み重なるガラクタの中から、鋭い先端を持つプラグらしいものを取り出した。
「ちょっと……リナさん、それ何に使うんですか??」
恐る恐る聞くフェイリアに、リナは悪意があるとしか思えない笑みを浮かべながら言う。
「アンタはもう私の弟子なの。これからは先生と呼びなさい。敬意を込めて、レーゼンス先生ってね」
「じゃあ、レーゼンス先生! その尖ったもの……何に使うんですか!?」
「安心して。復元個体や生成個体なら、これを首の後ろにぶっ刺すくらい、当然のことなんだから」
「く、首の後ろに……!!」
思わず、後頭部を手の平で隠しながら後退するフェイリアだが、その進路を何かが遮った。弾力のある柔らかい感触に振り返ろうとすると……。
「先生、対象を確保しました」
メイドのハルカがいつの間にか背後に回り、フェイリアを捕えたのである。それを見たリナは、嬉しそうに笑顔を口元に広げる。
「さすがね、ハルカ。そのまま、取り押さえて」
「承知しました」
「ひ、ひえええぇぇぇ!!」
悲鳴を上げるフェイリアの目の前に、尖ったプラグの先が迫ったかと思うと、リナに髪を掴まれ、ぐいっと下方向に押し込まれた。本当にあのプラグを後頭部に突き刺されてしまうのだ。
「や、やめてーーー!!」
「はーい、暴れない!」
楽しそうなリナの声の後、フェイリアの意識は途切れるのだった。




