創作はお金にならないからこそ
奥に座る女が立ち上がると、美しい長い黒髪が流れるように揺れた。歳は二十代だろうか。にっこりと微笑みを浮かべると、彼女は隣にいるもう一人の女に言う。
「ハルカ、久しぶりのお客様よ! 一番いいお茶を入れて」
「承知しました、先生」
小さく頭を下げて、部屋の隅にあるポットを手にした赤髪の女はメイド姿だ。となると、先生と呼ばれた目の前の女が復元師なのだろう。彼女は言う。
「私はリナ・レーゼンス。この工房の主です」
「ど、どうも」
女の美しい笑顔に圧倒され、フェイリアは言葉に詰まる。リナ・レーゼンス。復元師という響きから、職人のような風貌の老人をイメージしていたが、まさか若い女だったとは。が、見惚れている場合ではない。事情を説明しなければならなかった。
「実はですね、僕……」
「ちょっと待った!」
説明しようと口を開きかけたフェイリアだが、その眼前に手の平が突き出され、言葉を遮られた。
「その前に少しお聞きしたいことが」
「な、なんでしょう?」
やはり、美しく可憐な笑顔だ。が、どこか有無を言わせない迫力がある。フェイリアは大人しく彼女の言葉を待った。
「わたくしの工房をどのようにお知りになったのでしょうか? 口コミですか? サーチですか? それとも、この前ばら撒いたばかりのチラシ??」
どうやら、今後のために客が訪れた経緯を知りたいらしい。参考にならないと思いながらも、フェイリアは素直に答えた。
「えっと……紹介です!」
「紹介! どなたでしょうか?? そうだ! この前、亡くした奥様の復元を依頼してくださった、ブライアンさんですかね!?」
「確か、レオンさんって名乗っていました」
「……はっ?」
リナの美しい顔が歪む。それに気付かないフェイリアはより正確な情報を伝えようと、先程別れたばかりのレオンのフルネームを思い出そうとした。
「レオン・ヴァルハイトさんと名乗る、優しい方でした!」
これで相談に乗ってくれるだろう。そうフェイリアは期待していたが、リナは大きな溜め息を吐くと、背を向けてから、隅にいるメイドに言った。
「ハルカ、お茶の準備はもういいわ」
「しかし、先生。三ヵ月ぶりのお客様ですよ? 最高のおもてなしで、しっかり心を掴むべきだと思いますが」
「いいの。それより、塩! 塩出して!」
「……承知しました」
ハルカは言われた通り、戸棚から瓶を取り出すと、それをリナに手渡す。何が起こるのだろうか、と状況を見守っていたフェイリアだったが、リナが瓶の蓋を開けたかと思うと、中身を掴んで、こちらに投げつけてきた。
「出ていけ! あの野郎の紹介ってなら、私は何も作ってやらないんだから!!」
「ひえっ!?」
純白の粒子がリナとフェイリアの間に舞う。突然のことだったため、塩が目に入ってしまったのだろう。痛くて堪らないのだが、リナは構わず塩を投げ続ける。
「ま、待って! 僕はレオンさんに偶然出会っただけで……!!」
「うるさい! とっとと出ていけ!!」
「僕は記憶がなくて、どうしたら良いのか分からず!!」
「良いから出ていけ!」
このままでは塩漬けになってしまう。それでも、フェイリアはレオンに聞いた情報を口にするしかなかった。
「でも、レオンさんが腕利きの復元師を紹介するって!!」
必死に出た言葉に、リナの手が止まった。
「私が腕利きって、あいつが言ったの?」
目を瞬かせるリナに気付き、手応えを感じたフェイリアは畳みかけるように言った。
「はい! あと、優秀で困った人がいたら助けずにはいられない面倒見のいい優しい美人だって言ってました!!」
「ふーん……」
補足はフェイリアの願望でしかなかったが、リナの方は何か響くものがあったらしい。彼女は抱えていた瓶に蓋をすると、それをハルカに預けてから、奥のデスクに設置された椅子へ腰を下ろした。
「ハルカ、お茶の準備をお願い」
「承知しました。グレードの方はいかがしますか?」
「普段使いのやつでいいわ」
最初に比べると客として軽視されているような気もする。だが、リナは塩を投げつけたことを詫びることもなく、平然と話を最初に戻した。
「それで? 記憶がどうとかって言っていたけど……何だったかしら?」
塩をかけられながら必死に説明したのに、ほとんど聞こえていなかったらしい。フェイリアは肩を落としたが、相談に乗ってもらえないよりはマシだと思って、説明することにした。
気付いたらビルの一室で眠っていたこと。名前らしきタグ。偶然、レオンに助けてもらったことなど。
そんな話を聞き終えたリナは値踏みするようにフェイリアの爪先から頭頂部まで見ると、目を細めて言うのだった。
「それで、貴方……お金持っているわけ?」




