目覚め
目を覚ました。視界には汚れた天井。カビの臭いが降ってくるようだった。
「えっと、ここは……?」
体を起こすと、パイプベッドの軋む音が響いた。薄いマットの上で眠っていたらしい。
「どうして、こんなところに?」
辺りを見回してみるが、やはり知らない場所だった。しかも、最後にこの部屋に掃除の手が入ったのは、かなり昔のように思われる。所々に埃が積もっているし、四方の壁は落書きだらけだからだ。廃墟なのだろうか。いや、その前に……。
「僕は誰だ?」
記憶がなかった。自分は何者だ。
なぜ、ここで寝ていたのか。
そんな疑問の前に、名前すら分からない。
「困ったな……」
自分の体を確かめてみると、布一枚を被るような簡易的な服を着ていた。裸でないことは助かったが、たぶん外を出歩いたら目立ってしまうだろう。そういった常識に関する記憶はあるようだった。
「ん? なんか書いてあるぞ?」
服の腰辺りに、タグが縫いつけられていた。フェイリアと書かれている。
「フェイリア……。僕の名前か?」
きっとそうだ。彼は、 フェイリアの意味も知らず、そう名乗ることに決めた。
「取り敢えず、部屋を出てみるか」
恐怖心がないわけではない。が、ここで待っていても、誰かが迎えにきてくれるとは思わなかった。ベッドの傍には、厚めのスリッパが置かれている。もちろん。これが履物だという認識があったので、ありがたく足を入れることにした。
「おっ、よかった。閉じ込められていたわけじゃないのか」
部屋の扉を開けると、眩しかった。部屋には、光が殆ど差し込んでいなかったため、分からなかったが、外は昼間らしい。
「すみませーん!」
取り敢えず、人を呼んでみるが誰かが駆け付けてくれる様子もない。彼、フェイリアは仕方なく、瓦礫だらけの廊下を歩き、この状況を説明してくれる人を探すが、見つけた扉を開くたびに、朽ち果てた部屋が広がるばかりである。
ふと窓の外を見てみると、一階ではなかった。四階か五階だろうか。だが、地上には人の姿があった。
「助けてもらえるかも!」
フェイリアは階段を降りて、外につながる出口を見つける。しかし、先程見かけた人の姿は既になかった。
「誰かー!」
試しに叫んでみるが、反応はない。改めて辺りを見てみると、フェイリアが眠っていた建物と似たような、朽ち果てたビルが並ぶだけだった。それでも諦めず歩くと、廃墟群を抜け、人の気配が感じられる。大通りに人が行き交っていたのだ。
「よかった……! うわっ!?」
路地を飛び出し、人の往来に向かって走り出そうとするフェイリアだったが、横から何か固いものに弾かれ、転倒してしまった。
「いったぁ……」
「すまない。大丈夫か?」
その声に顔を上げると、長身の男が立っていた。よく引き締まった体は姿勢が良く、美しい金髪が特徴的だ。そして、剣らしいものを腰に下げているところを見ると、鍛えられた肉体が想像できる。
これでは、ぶつかった瞬間に吹き飛ばされるのも無理がない。フェイリアは立ち上がりながら答えた。
「はい。大丈夫です」
「よかった。急いでいるようだが、気を付けた方がいい」
男はフェイリアに注意を促すと、そのまま立ち去ろうとしたが、恐らく親切な人間を逃すわけにはいかない。
「すみません、助けてください! 僕、記憶がなくて……」
「記憶?」
男は立ち止まってくれた。そして、フェイリアは気付いたらビルの一室で眠っていたこと。何も覚えていないことを説明した。男は言う。
「復元個体だろうか。いや、生成個体かもしれない」
「復元個体??」
フェイリアに残されている常識的な記憶の中に、その言葉はない。だが、男は当然のように言った。
「この近くに腕利きの復元師がいる。何か分かるかもしれないから、彼女のもとを訪ねるといい」
「復元師、ですか……?」
混乱するままのフェイリアに、男は力強く頷いた。
「そう、復元師の魔女だ」




