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夢占い

同ペンネームで別サイトにも載せている一次創作の小説になります。

異世界ものファンタジー路線の物語ですが、しばらく主人公は現実世界で行動しています。まだ本番には遠いですが、引き続きよろしくお願いします。


 登るのが楽なら、降りるのも同じこと。緩やかな下りの山道をテンポ良くとんとん歩けば、行きよりも5分ほど早く山の入り口に着いた。

 それでも僕にとって、軽めのハイキングには変わりない。久々に山登りなんてしたから、ちょっと疲れちゃった。日が高くなり始めているせいか、木陰を歩いてきたのに何となく汗ばんでいる。

 自転車を止めた木の下で少し涼んでから、ポッケにしまった鍵を取り出す。完全に寄り道になっていたけど、本来の目的は図書館だ。焦ることはないが、読みたい本が待っていると思うとやはり気持ちは早る。すぐに出発しようと、自転車の鍵を差し込んだ……までは良かったのだけど。

「……あれ、鍵が外れない」

 呟きながら鍵を捻るも、途中でつっかえてそれ以上回らない。自転車の手入れなんて満足にしてないせいで、前から鍵は回りづらかったけど、こんな時につっかえるなんて。ああもう、焦ったいな。

「ワンワン、ワン!」

「よう、渚!」

 そうして自転車相手にガチャガチャ格闘していると、後ろから犬の鳴き声と人の声が聞こえた。びっくりして振り向くと、そこにはよく知るオレンジ髪の男子が立っていた。

「あ、テル!おはよ!」

「よっす、おはよ」

 手を振ると、彼もひょいと片手を上げる。

「ワウワウ!」

 そんな僕らにアピールするように、足元から再び元気な吠え声。飼い主の傍でお行儀良くおすわりしているのは、シベリアンハスキーに似た中型犬だ。

「おっ、メラもおはよう!今日も元気だね!」

 しゃがんで頭を撫でてやると、メラは気持ち良さそうに目を細めた。


 彼は日上 照彦(ひがみ てるひこ)……あだ名はテル。僕とは同い年、同じ中学、同じクラスの幼馴染みで、一番の親友だ。

 普段は剣道部で練習に明け暮れているはずだけど、こんな朝早くに学校の外で会うということは。


「部活、今日は休み?珍しいね」

「そ。この前ちっさいけど試合があったから、そのオフ日でさ。でも部活無いと朝から暇だし、普段は母さんにこいつの世話任せ気味だから、たまにはオレが散歩すっか〜ってな」

 手に持ったリードや犬の散歩道具をこちらに見せて、テルが困ったように笑う。練習漬けな毎日ゆえに、それが無いと手持ち無沙汰になりがちの彼らしい理由だ。

「ワウワウ!ガウッ、バウッ!」

 ふと、急にメラがテルに向かって吠えた。さっきの声より、ちょっと機嫌が悪そうだ。

「うわっ、何だよ!何で吠えんの!?」

「あはは!テルがメラのこと"こいつ"なんて呼ぶから怒ってるんじゃない?メラは女の子なんだから丁寧に呼んであげないと」

 ねー?と話しかけると、メラは「そうだそうだ」と肯定するように胸を張り、ふんっと鼻を鳴らす。

「ちぇっ……ごめんって、メラ」

 唇を尖らせつつも、メラの目を見てきちんと謝るテル。宥める代わりにほっぺを挟んで撫でると、メラは「分かればいいのよ」とでも言いたげに満足そうな顔をした。


 テルの愛犬であるメラは、見た目こそシベリアンハスキーに似ているけれど、実際は雑種らしい。証拠に、体格は柴犬くらいの大きさであり、毛の模様も独特な赤毛だった。テルとは姉弟のような雰囲気の仲の良さ、とでも言おうか。


「ところで渚、何か自転車いじくってたみたいだけど、どした?」

「ああ、えっと、何か急に鍵が外れなくなって……」

「マジ?ちょっと貸してみ」

 そう言うと、テルは僕にメラのリードを託し、自転車のロック部分に手を伸ばす。数分ほどカチャカチャ軽い音がした後、カシャン!と小気味良い音が鳴った。

「ほい、外れたぞ」

「すごーい!ありがとう!」

「へいへいどうも。多分ロックが錆びてるっぽいから、一回見てもらった方がいいぞ」

「うーん、そうしようかなあ……」

 最後に自転車を点検したのは去年の今頃だったはず。僕は休みの日によく自転車を使うし、買った店でそろそろ油を差してもらった方が良さそうだ。

「次の休みに見てもらうことにするよ」

「今日行けばいいじゃん」

「これから図書館行くからさ、今日はそっちを優先させたいかな」

「図書館……って、もしかしてテスト勉強?」

「うん。取り置き予約してた本の受け取りもあるけど」

「まだ定期テストまで二週間あるじゃん……気ぃ早くねえ?」

「え、もう二週間切ってるよ?そろそろ勉強始める頃じゃない?」

「いやいやいや……」

 テルが引き攣った笑顔で手をぱたぱた振る。僕の他にも、二週間前あたりから勉強する生徒は少なくない。とはいえ、元々テルは勉強があまり好きではないので、この反応も仕方ないだろう。

「うーん……でも、図書館行くってんならオレも付いてっていい?オレも用事あるからさ」

「え、そうなの?」

 表情を改めたテルからの提案に、僕は思わずきょとんとした。お世辞にも読書好きとは言えない彼が図書館に用事だなんて、にわかに結びつかなかったのだ。

「何だよ、悪ぃか」

「いやいや。でも珍しいなと思って。言っとくけど図書館にある漫画は、テルのいつも読んでる少年漫画みたいなやつじゃないよ?」

「知ってるっての。マジで調べたいことがあるんだって」

 軽い調子で言い返すテルの表情は、しかし心なしかいつもより真剣だった。テルの調べたいことに想像は付かなかったけれど、何か真面目な理由があるのだろう。

「いいよ、一緒に行こう」

「サンキュ。でもひとまずメラを帰さねえとだから、先行っててくれ」

「分かった。のんびり行ってるね」

 僕の返事を聞くや否や、テルはメラに短く声をかけて道を引き返していった。その背中を見送ってから、僕も自転車に跨るとゆっくり走り出した。

 裏山前の上り坂を登り終え、下りに変わった道をのろのろペースで漕いでいると、後ろでチリンチリンと自転車のベルが鳴った。テルも自分の自転車に乗って速くも追い付いてきたのだ。急いで来たのか、大きめのウェストポーチが腰ではなく前かごに放り込まれていた。

「はっやいなあ!」

「だろ?剣道部の足腰なめんな」

「いいなあ、その運動神経分けてよー」

「やーだね!100メートル走で13秒切ってから言えっての!」

「20秒切るのもやっとの貧弱にそれ言う!?鬼ーっ!」

「はっはっはー!鬼で結構ー!」

 テルは高らかに笑いながら、悠々と僕を追い越した。僕も負けじとペダルを踏み込むが、剣道部の次期エースと名高い彼の脚力には敵いっこない。

 それでも僕らは付かず離れずを保ちながら、狭い田舎道を前後に連なり軽快に走っていく。些細な冗談を投げ合って二人で笑っていると、日が高くなるほどに増していく暑さも、ペダルを漕ぐほどに滲みだす汗も全然気にならなかった。




 最終的に図書館へ着いた時には、既に9時半を過ぎていた。自宅を出てから一時間も回り道していたなんて。まあ、休みの日くらい行き当たりばったりでもいいだろう。

 狭い駐輪場には、既に大小さまざまな自転車が停まっている。僕らは空いたスペースに詰めて駐輪すると、入口の自動ドアをくぐった。

 ここは、僕の住む町で一番の蔵書数を誇る、田舎町にしては大きい図書館だ。見渡すほどに広い一階には、比較的大人向けの書籍や中高生向けの小説、調べものに役立つ専門書など様々にジャンル分けされた本が目白押し。ちなみに階段を上がった二階には、打って変わってちびっ子向けの絵本や紙芝居がたくさん置かれている。

 でも、今日の目当ては棚に収まった本ではない。僕は本棚には目もくれず、真っ直ぐ受付に向かった。そこにはカウンターを挟んで何人かの司書がおり、貸出受付をしたり返却本のチェックをしたりと忙しなくしている。その中の一人、てきぱきと返却本をまとめて本棚に戻す準備を整えていた男性に、僕は抑えた声で話しかけた。

「叡彰(えいしょう)おじさん、おはよう」

 こそこそ声でも気付いてくれたらしい。男性は僕を振り向くと、ふんわりと穏やかに微笑んだ。

「渚くん、おはようさん。おや、今日は照彦くんも一緒かい」

「はよーっす、おっちゃん久しぶり。何か忙しそうだな」

「土曜日だからねえ。朝から親子連れや学生が多くて。数日前に新しい本も入荷したから、目当てに来てる人もいるだろうね」

 そこまで話して、叡彰おじさんは合点がいったように僕を見た。

「入荷で思い出した。渚くんの目当ては取り置きの本だね」

「うん。取り置き本が届きましたって電話もらったから来たんだ」

「ちょっと待ってね、取ってくるから」

 叡彰おじさんは作業の手を止めると、受付の奥に引っ込んでいった。数分後、一冊の分厚い本を片手に戻ってくる。

「はい、お待ちどおさん。これであってるか、一応確認してくれるかい」

 本を受け取り、題名を確認する。表紙も、背表紙も、作者名も、一字一句間違いは無い。

「うん、このタイトルだよ。ありがとう!」

「良かった。ずっと借りたがってたもんねえ」

「なになに?またファンタジー小説か?お前も好きだなあ」

 テルが横からずいっと覗き込んで呆れ笑いを浮かべる。

「何だよう、面白いんだからね、この作家のファンタジー作品」

「具体的に言うと?」

「文章がサクサク読みやすいのに没入感があって、架空の話なのに情景がはっきり想像できる描写力があって、個性的なのに魅力的な登場人物を描くのが上手くて、それから……」

「お、おう……思ってた以上に語るじゃんお前……びっくりした」

 いけない。好きな作家や作品のことになるとつい熱く語ってしまう。苦笑いするテルに、誤魔化しの乾いた笑いで返す。

「あはは、こんなに熱烈なファンがいるとは、この作品の作者も幸せ者だねえ。さあ、物語にじっくり浸るためにも、まずは貸出手続きしちゃおうか」

 一方、叡彰おじさんはそんな僕を楽しそうに笑って見ていた。


 宇賀神 叡彰(うがじん えいしょう)さん。

 僕やテルがまだ二階の児童書フロアで絵本を読んでいた頃に知り合った、ベテラン司書のおじさんだ。少し長い黒髪をうなじで緩く束ね、短く整えた顎鬚が印象的な彼は、僕らがやってくると昔から決まって世話を焼いてくれた。

 一緒に本を探してくれたり、高くて届かない場所の本を取ってくれたり、仕事の休憩時間にこっそりお菓子を持たせてくれたり。おじさんがオフの日には、絵本を読み聞かせしてもらったこともある。まるで親戚の子供みたいに可愛がってくれるので、僕やテルにとってはとても近しく親しい相手だ。

 中学生になると、テルは部活が忙しくなったこともあって足が遠のいていたが、僕は変わらずこの図書館の常連なので、おじさんとの交流も未だにそこそこ多い。本の取り寄せの手続きをしてくれたことも今回が初めてではなかったりする。


 受付でおじさんに貸出証明の専用カードを確認してもらい、正式に本を借りることができた。これで今日の目的の七割は達成だ。

「なあ、おっちゃん。ちょっと聞いていい?」

 リュックに本をしまっている隣で、テルが叡彰おじさんに話しかけているのが聞こえた。

「うん?どうかしたかい」

「ここってさ、夢占いとか夢分析とか、そんな感じの本って置いてたりしねえ?」

(……ん?テル、今夢占いって言った?)

 テルの口から出た意外すぎる単語。思わず会話の聞こえる方を見ると、叡彰おじさんもきょとんとした様子で目をしばたたかせていた。きっと僕と同じことを思ってるのだろう。

「どうだったかなあ……あるとは思うけど」

「大体どこら辺?」

「哲学や心理学のコーナーにあると思うよ。奥まった場所だし、良ければ一緒に探しに行こうか?」

「いやいいよ、おっちゃん忙しそうだし、一人で探してみっから」

「若い子がおじさんに気なんて遣うもんじゃないぞ。それに、ここはとにかく広いからね、目当ての本を一人で探し当てるのは大変だよ」

 叡彰おじさんの言う通り、この図書館、特に一階は蔵書数ゆえか見た目以上に広大だ。奥行きが広いのはもちろんのこと、受付から見える範囲だけでなく左右に奥まったところにも本棚が並んでいるので、初めて利用する人や久々に本を借りに来た人は決まって司書や検索端末のお世話になる。今でこそ慣れて一通りの本は探せる僕でも、一階を使い始めた当初は毎回叡彰おじさんに頼っていたくらいだ。

 おじさんが忙しいなら僕が付いていこうか、とも思ったけど、当のおじさんは案内する気みたいだし、ここはプロに任せておこう。

「マジかよ……じゃあ案内頼むわ」

「よしきた、任せといて」

「すまん渚、ちょっと別行動な」

「気にしないで。いってらっしゃーい」

 受付から出てきた叡彰おじさんにテルが付いていったのを見送ると、僕は閲覧席に向かった。パーティションで区切られた長机のそこは、普段は大学生や高校生で埋まっている。今日も勉強道具やパソコンを広げる年上の学生たちがこぞって机を埋めていたけれど、幸いなことに壁際の席が一つだけ空いていた。僕はいそいそと席に腰かけ、リュックから教科書やらノートやら筆記用具やらを取り出した。今回取り組むのは、僕が最も苦手な数学だ。

 テスト範囲になっているページを開き、練習問題を見ながら必死に公式を思い出す。あれがああなって、これがこうなるから、答えはこうで……って、あれ、そんな感じだったっけ。ああもう、昨日やったばっかりなのに、一問目からもう忘れちゃった。数学担当の先生は「公式さえ覚えれば点が取れるんだから、これほど親切な科目無いだろ」って得意げに言うけど、その公式がどうしてそうなるのか理屈が分からないからこっちは困ってるというのに。

(物語の登場人物の心情を考える方がずっと楽しいのにな……)

 見えないものの奥深くに思いを馳せるのは得意だ。けれど数学はその「想像力」がまるで役に立たない。だからこそ最も苦手意識が強い科目だった。ちなみに同じような理由で化学や物理も苦手だ。

 正直、高い点数を狙っているわけでもないのだけど、それでも完全に捨てるわけにはいかない。進みの遅いシャーペンを何とか動かして、やっと1ページ分の演習を終える頃には、僕のモチベーションはすっかり萎えていた。

 その後、苦手を潰すより得意を伸ばした方がいいよねと結論付けた僕が、数学の教科書を早々にしまって現代文の勉強に切り替えたのは言うまでもない。




 一方、照彦は叡彰についていき、一階奥の心理学コーナーに到着した。読む人が少ない専門分野のためか、該当の棚は隅の方にひっそりと設けられていた。

(どこもかしこも本でいっぱい……何か頭痛くなってくるなあ)

 読書といえばもっぱら漫画が中心の照彦に、本の敷き詰められた棚は情報量が多すぎる。ここに至るまでの時間は大したことないはずなのに、既に若干の疲労を感じていた。

「さて、照彦くんのお目当ては夢占いや夢分析の本だったね。つかぬことを聞くけど、どういう風の吹き回しだい?」

 叡彰が改めて不思議そうな面持ちで尋ねる。夢占いにしろ夢分析にしろ、この手の話題が好きそうな渚ならまだしも、夢の内容などあまり気にしなそうな照彦が興味を示している事実がどうにも結びつかないのだ。

「いや……実はさ、最近すっげえ変な夢ばっかり見るから不気味でさ」

 曰く、照彦はある時期を境に、同じ内容の奇妙な夢を繰り返し見るようになったのだという。

 照彦とて空を飛ぶ夢や何かに追われる夢など、よくある類の夢なら気にも留めなかった。それでも、明らかに由来が不明の夢を幾度となく見てしまえば、さすがに何かあるのかと気になってしまうもの。

 しかし、照彦の家にはパソコンなどインターネット環境は無いし、学校のパソコンは教師の許可が不可欠。そこで最後の砦として頼ったのが本だった、というわけだそうな。

「成程ね。ちなみに、照彦くんが見たっていうのはどんな夢?」

「あー……マジで意味わからん夢なんだけどさ、笑うなよ?」

 あっけらかんとした照彦が引っ掛かる内容の夢とは如何なるものか。単純な好奇心で尋ねたつもりだった。しかし、続けて語られた詳細に、叡彰はみるみる目の色を変えた。

「……照彦くん、質問ばかりでごめんよ。その夢は、いつ頃から見始めたんだ?」

 動揺が声や顔に出ないように努めて普段通りの調子で訊く。

「うーん、いつからだっけな……よく覚えてねえけど、少なくともここ一、二週間はほぼ毎日だよ」

「……そう、か」

 顎に手を添えて思考を巡らせる。これは単なる偶然か。いや、それにしては夢として現れる周期が頻繁すぎる。しかし、だとしたらあまりにも早すぎるのではないか……?

「え、何だよおっちゃん。もしかしてすっげえ不吉な夢だったりすんの?」

 さっきまで穏やかな雰囲気だった叡彰が急に難しい顔で黙ってしまい、一抹の不安がよぎる。照彦の声にも焦りと不安が滲んだ。それに気づいた叡彰はハッとして、すぐに頬を緩める。

「ああ、いや、どうだろうね。私も夢占いには詳しくないもんで……それでもだいぶ気になる内容だ。ヒントになりそうな本が無いか、ちょっと探してみようか」

 そう言うと、近くにあった脚立を持ってきて数段登る。照彦はそんな叡彰の様子をやや見上げながら見守った。

 整然と並んだ背表紙を指でなぞるようにして、本を探すような素振りを見せる。しかし実際には、それは全部「探しているフリ」だった。

 

 叡彰には分かっていたのだ。

 照彦の見た夢の内容は、この図書館の如何なる本でも解明できないことを。

 そして、その答えを持っているのは、現(・)時(・)点(・)で(・)は(・)自(・)分(・)だ(・)け(・)で(・)あ(・)る(・)ことを。


 しかし、今はそれを悟られてはいけない。だから、数分ほど背表紙を確認するような振る舞いをした後、脚立を降りて困り顔で笑う。

「ごめんよ、役立ちそうな本はどれも貸し出し中みたいだ」

「えーっ、マジでか」

 まさか隠し事をされているなどとは露知らず。叡彰の報告を受け、照彦は残念そうに肩を落とした。いかにも読み手の少なそうなジャンルだというのに、そんなことがあるのだろうか。

「まあ、借りられてんならしゃあなしだな。ありがとな、おっちゃん」

 しかし、本を読む人の都合や貸し出し頻度の相場など分かるわけもないので、現実は現実として受け入れるしかなかった。照彦はお礼代わりに軽く会釈をした。ラフな喋りに反して剣道部らしく礼儀正しい振る舞いに、叡彰は「気にしないで」と曖昧に笑って返すしかなかった。




 三十分もしないうちにテルと叡彰おじさんが戻ってきた。ちょうど漢字練習がひと段落してペンを置いたところだった。

「おかえり……って、あれ?何も持ってないね、目当ての本無かったの?」

「ああ、貸し出し中だってさ。ざーんねん」

 空の両手を広げて見せたテルは、やれやれと残念そうに笑う。その隣では、叡彰おじさんが困ったような微笑みでテルを見ている。期待に沿えなかったのを申し訳なく思っているのだろう。

 何はともあれ、これにてテルはここに用が無くなったし、そのまま帰ってしまうものだと思っていたのだけど。

「渚の勉強終わるまで待ってるよ」

「僕、お昼くらいまで勉強続けるからまだ時間かかるよ?」

「いいよ。適当に漫画とかラノベとか探して読んで時間潰してっから。最近土日に会うこと無かったし、たまにはいいじゃん」

 にやりと笑ったテルにつられて僕も頬が緩む。学校では毎日顔を合わせているけど、小さい頃のように休日に一緒の時間を過ごすのはずいぶん久々だ。テルがいいなら、もちろん僕にも異論なんて無い。

「そうだね。そしたらお昼ごろまた落ち合おう」

「あいよ、勉強頑張れー」

「相変わらず仲良しだねえ。それじゃあ私も仕事に戻るよ。二人ともごゆっくり」

「うん、ありがとうおじさん」

「忙しいとこ、あんがとなー」

 小さく手を振った叡彰おじさんに、僕たちは銘々にお礼を言った。彼が受付奥に引き返していったのを見送ってから、テルは「んじゃ」と短く一言、ライトノベルやコミック作品の置かれた棚を探しに行った。読者数が多いジャンルゆえに目立つポップが飾られているおかげで、テルもすぐ見つけられたようだ。すぐにその姿は棚の隙間に消えていった。

 残された僕は、凝り始めた首を軽く回す。さあ、もうひと頑張りだ。今度は歴史の教科書を開き、人名や出来事や年号の暗記に取り掛かった。


 ————目標にしていた教科を一通りおさらいし終えた頃には、受付の壁掛け時計は十二時半を指していた。

 ふう、と溜め息を吐いて、ぐんと大きく伸びをする。ここまでほとんど休憩無しで集中していたので、すっかり目と手が疲れてしまった。そういえば水分もろくに取ってなかったな。自覚すると、途端に喉の渇きがはっきりしてきて、慌ててリュックからペットボトルの水を引きずり出し、こくこくと一気に飲む。何かに集中するとすぐ休憩や水分補給を忘れてしまうのは、昔からの悪い癖だ。

「よっ、お疲れさん」

 一頻り喉を潤してからキャップを念入りに締めていると、テルがひょいと手を上げて戻ってきた。僕も「うん、ありがとー」と手を振り返す。

「ずいぶん頑張ってたな」

「えへへ、一つやると色々気になっちゃって」

「よくそれだけ集中が続くよなあ、尊敬するわ」

「テルだって集中力すごいじゃん」

「オレのは剣道限定な?勉強になった途端駄目だから」

 テルはこう言っているけど、実は普段の授業もちゃんと集中して聞いていたりする。小さい頃から剣道の道場に通って、中学でも剣道部で鍛えて培ったその集中力は、何も試合の時だけではないのだ。

 ……尤も、ちゃんと授業を聞いていても理解できているかは別問題。授業後、僕に「あれってどういう意味?」みたいに聞いてくることも少なくないけれど。

 そんな雑談もそこそこに、僕らは帰り支度を整えた。受付を見ると、叡彰おじさんがデスクで何か作業をしていたので、帰り際二人で「ばいばい」と挨拶を投げる。叡彰おじさんは作業を一瞬止めると気さくな笑顔で「またおいで」と返事してくれた。


「なあ渚、久々にどっか食いに行かねえ?」

 自転車を押して駐輪場を出る最中、テルが不意に提案してきた。リュックにはもちろん財布は入っている。今月はあまりお小遣いを使わなかったので、確かお札が一枚は残っていたはずだ。

「いいね、行こう行こう!」

「よっしゃ、そしたらいつものところでいいか?」

「オッケー!」

 道路に出ると早速自転車を走らせた。

 いつものところ、というのは、僕らの近所のファストフード店のことだ。値段がお手頃なのにたっぷり食べられるので、僕らみたいな未成年にはありがたい場所だ。昔は休日に二人で何度も通ったものだが、最近はテルと休みの都合が合わなくなっていたので、自然と僕も足が遠のいていた。

 図書館から自転車で行くと5分もかからず着いた。土曜日のお昼時のそこは、かなりの混雑具合だった。店内で過ごす親子連れや地元の子供グループ、テイクアウト待ちの人たち、中には僕らくらいの違う学校の生徒や高校生のグループもいる。

「うっわ、久々に休みの日に来たけど、混み方えぐいな……」

「混んでるかなとは思ったけど、なかなかだね……」

 予想こそしていたけど、正直ここまで混んでいるとは思わなかった。けれど、店を他に移そうとも、この時間帯はきっとどこも変わらないだろう。何とか席は無いかと探していると、幸いにもテイクアウトを待っていた客が帰ったおかげで、壁際の二人席が空いた。これ幸いと二人で席を確保し、荷物を置くとやっと人心地付いた。

 混雑しているからということで、テルが二人分の注文をしに行ってくれた。程なくして、僕の元には海老カツバーガーのセット、テルの元にはダブルチーズバーガーのセットが運ばれてきた。いただきます、と二人で軽く唱えて各々好きなものから手を付ける。

「んーっ美味しい!」

「久々に食うとマジ美味えよな」

 空腹だったこともあり、塩気のきいたポテトも海老カツバーガーもとびきり美味しく感じる。僕もテルもしばらく食べるのに集中してしまった。

「そういえばテル」

「ん?」

「夢占いの本なんて何に使うつもりだったの?」

 バーガーを半分ほど食べてから、し損なっていた質問を投げかけた。図書館では叡彰おじさんがすぐにテルを案内しに行ったことや試験勉強が気がかりだったこともあって、あまり気に留めていなかったけれど、よく考えると何だか引っ掛かる。

 テルは僕と違って占いの類への興味が薄いし、あまり信用もしていない。その上、夢なんて起きた拍子にけろっと忘れる、とは本人の談だ。そんな彼が急に夢占いの本を探しているなんて言いだしたのだから、違和感の一つも芽生えてしまう。

「ああ、それな。いや、最近すげえ変な夢ばっか見るから、何か意味あんのかなって調べたかっただけなんだ」

 テルはドリンクを一口啜ると話し始めた。何でも、ここ最近同じような内容の夢を頻繁に見るようになったのだという。

 暗闇に立つ自分。顔をフードで隠した背の高い男性。彼から渡される、赤い宝石の付いた杖と炎の形のペンダント。立ち去ろうとする男性を呼び止めると、振り返ったその顔が判明するより前に陽炎のように揺らめいて消えていく。そして、消えゆく直前に彼から発せられる一言……「待っているぞ」。

 ここまで聞いて、僕はごくりと唾を飲んだ。細かい違いはあれど既視感を覚える流れだ。

「……その夢に出てくる男の人、ひょっとして……テルのお父さん、だったりする?」

「え、何で知ってんだ?そうだよ、顔も最後まで分かんねえし、声も確信持てねえけど、たぶん親父だと思う」

 ————やっぱり。奇妙なほど多い類似点に、どこか薄ら寒い不気味さを覚えた。

「つうか渚、さっきの話で親父の名前一回も出してないのに何で分かったんだ?まさかあれか、テレパシー的なやつ?」

「そんなわけないじゃん。僕も……テルと一緒だからさ」

「ってことは、お前も親父さんの夢、しょっちゅう見てるのか?マジで?」

 目を丸くしてテルは身を乗り出すように尋ねてくる。

「うん……二年生になってしばらく経ってから急にね。ほぼ毎日見るようになったのはここ一週間くらいだけど」

「オレはここ一、二週間くらいからだから、渚よりはもうちょい前からだな。でも夢の内容どころか見始めた時期も近いとか……オレらって昔から色んなもんがかぶってっけど、ここまでくるとさすがに怖えわ」

「ほんとだね……何なんだろうね、僕らのこの一致の多さ」

 ぶるりと身震いして肩をさすった親友につられるように、僕も自分の肩を抱いた。


 僕とテルの間には、昔から奇妙な縁(えにし)がいくつも存在する。

 クラスは同じだったり離れたりしつつも、通っていた幼稚園や小学校はずっと一緒。現在通っている中学校も、今のところ二年連続で同じクラス。昔から変わらず住んでいるお互いの家も、歩いて1分もしないほどの近所。そこまでなら、偶然の重なり合いでまだ説明できる。

 しかしそれだけではなく、何と僕らは生まれた病院も同じ、生まれた日付や時刻も同じというのだから驚きだ。まるで双子の兄弟のような一致点の多さだ。加えてそもそもの話、雨宮家と日上家は父同士が昔からの親友同士だそうで、その縁で母同士もとても仲がいい。僕ら二家族は文字通り家族ぐるみの付き合いなのだ。


 細かな価値観や辿った道筋の違いこそあれど、生まれた日から今日まで僕の隣にはほぼ必ずテルがいたし、テルの隣にはほぼ必ず僕がいた。それが僕ら二人の当たり前だった。昔から、この奇妙すぎる共通点は僕らだけの共有物であり、不思議で大事なものだ。それは今でも変わらない。

 けれど、互いに影響し合いようがないはずの夢まで似通っているとなると、流石に怖さの方が勝ってしまう。

(何かの前触れだったりして……なんて、そんなわけないか。でも、何だか気味が悪いなあ)

 双方ともが父から贈り物をされ、最後には「待っているぞ」と告げられる夢。片方が見ただけなら変な夢だと笑い飛ばせただろうけど、二人揃って見ているというから何とも奇妙だ。特に何か危害を加えられたわけでも、不幸なことが起きたわけでもないけれど、目の前にある事実を並べてみると、縁起でもないことを考えてしまいそうになった。

「はあ、やめやめ!考えてもぜーんぜん意味わかんねえし、この話はやーめ!」

 思考の端っこが不安の沼に浸かりかけた時、それを力任せに引き上げたのはテルの吹っ切れたような声だった。我に返って振り向くと、テルはドリンクを一気に飲み干して続けた。

「せっかく久々に二人で会ってるってのに、湿っぽいのは無しにしようぜ。きっとオレも渚もここ最近疲れてるだけだって」

「疲れ、かあ……そうかも」

 その理屈は分からないでもない。テルは六月に入ってから一層部活のスケジュールが過密になったし、僕も二週間前に突入するや否や始めた試験勉強で夜更しが続いているのは事実だ。それに、今月は毎日ずっと気温も湿度も高く、暑い屋外と涼しい屋内を行ったり来たりする機会も多い。六月末の今、疲れが出始めても不自然ではないだろう。

「だろ?オレも渚も毎日色々頑張ってんだし、疲れて変な夢見ちまっただけだよ。きっとそんな大した夢じゃねえよ」

 僕にとってもテルにとっても、父という存在は決して大したことないなんて言えないのだが。今だけはテルの発言に賛成したかった。


 その後はお互い残りの食事を続けながら、先程の気まずい空気を振り払うように雑談に興じた。

 さっき図書館でテルが読んだというライトノベルの話、僕が最近ハマっているゲームの話、この前テルが出た剣道の試合の話、僕が最近読んだ本の感想、などなど。取り留めのない話をしているうちに、さっきまで胸の底を這い回っていた不気味な感覚は段々と小さくなっていった。

 やがて、食事を終えると僕らは長居することなく店を後にした。僕は僕でまだ試験勉強を続けたかったし、テルは明日の部活動のために自宅で準備がしたいのだという。

「んじゃ、また月曜な」

「うん、またね、テル。部活頑張ってね」

「おう。渚も勉強ファイトな。後々頼らせてもらうから」

「こらこら、自分で勉強しなよ」

「自分だけじゃすぐ詰むから言ってんじゃんか!頼むよ雨宮せんせー!」

「他力本願じゃ点数取れないぞー!分かんないとこ以外は自力で頑張んなさい!」

「わはは、分かんないとこは教えてくれんのな、やっさし」

 二人でけらけら笑い合う。やっぱりテルと話している時が一番楽しいや。

 今度こそ二人で「じゃあね」と手を振り合うと、テルは自宅方面へ、僕は再び勉強するため図書館へ向かって自転車を漕ぎ出した。

更新は気まぐれかつ遅筆ですが不定期に続けていくつもりです。

途中まで進め終えているので、あまり間を空けずに続きを載せていく予定です。

興味がある方は引き続きよろしくどうぞ。

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