初めての朝
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翌日。
昨夜の夜更け、講義の資料整理をひと段落させたアランは、従者部屋のドアに背中を預け、ドア一枚隔てた向こうにいるデアを想って音もなくため息をついていたことなど微塵も感じさせず、相変わらず麗しい見目である。
そんなアランが今日から、一番初めに出会う人、それはデアである。
背筋を伸ばし、ベッドで眠っているデアに声をかけた。
「デア様、おはようございます。いい朝です」
「んん……朝か」
カーテンを開けながら、アランは朝日に目を細めた。
「朝食のあとは散歩に行きましょう。講義はそれからです」
「わかった」
「御着替えをどうぞ」
手渡されたのはいつもの魔女服……ではなかった。服を撫ぜてみると、ざらっとしたテープ状のものが縫い付けられていた。肩の部分がふかふかしていて袖は短く、裾はひざ下程度だった。
「いつもの魔女服を持ってきてくれ。干してあったはずだ。いや、自分で取るからいい」
自分で服を洗っているデアは、いつも干してある場所に顔を向けた。
「こちらは陛下からの贈り物です。レースのあしらわれた可愛らしいワンピースで色は薄い青色です。デア様によくお似合いかと」
「ソルには悪いが、気持ちだけ受け取っておく」
そう言って干してある服を手に取り、ふと、振り返った。
「まさか着替えを見ているわけではあるまいな」
「いえ、部屋に戻りますが。その前に聞かせてください、贈り物はお気に召しませんでしたか」
「召さないな」
「今後の参考にしたいので、どのようなところがお気に召さなかったのか教えていただけますか」
「袖と裾が短い。前が開きすぎている。手入れが大変そうだ。簡素で丈夫で動きやすく、手入れが楽な服が一番だ」
この服のようにな。と魔女服を広げて見せるのだった。
*
朝の散歩中、アランの右腕に掴まっているデアは黙っている。
アランは草花を見かけると、名前や色などを説明する。鳥のさえずりがあると、名前や生態などを説明した。デアは凛と前を見て、ただ黙って聞いていた。
散歩の目的地は近衛騎士団の兵舎だった。散歩という体であるが、その実、近衛騎士団副団長としての仕事を滞らせないように顔を出すため、それからデアを一人きりにしないための苦肉の策である。
『アラン副団長おはようございます!お連れ様がご一緒なのですね』兵士たちは判を押したように言った。
「こちらのお方は陛下の大事な客人で、名は、」
デア様だ、と言いかけたその時。元気な声が割って入った。
「デア様! おはようございます」
デアはこの元気な声に覚えがあった。部屋の警備をしてくれていたイートンである。
「イートンか。おはよう。一日ぶりだな」
アランの石化を目撃した唯一の近衛騎士団の兵士なのである。
「アラン副団長おはようございます」
半泣きになったその顔に、御無事でよかったと書いてあった。あの一件はかん口令が敷かれているのでアランは微笑で返した。
イートンの大きな声が聞こえたのだろう、二人の兵士がデアの元へ駆け寄ってきた。
「おはようございますデア様。お会いできるなんて光栄です」
「おはようございます、ご機嫌いかがですか」
デアはこの二人も覚えがある。やはり部屋の警備をしてくれていたジョンとバークである。
「ジョン、バーク、おはよう。お前たちに会えて機嫌が悪いはずがない」
えへへ、と鼻の下を伸ばす三人は、
「こんな男ばかりのむさ苦しいところによくお越しくださいました」
「さぁ、日に焼けてしまいますから兵舎に行きましょう」
「お茶飲んでいってください」
この提案にデアも「お邪魔させてもらおう」と、素直について行ってしまった。
その光景をアランは睨みつけていたが、ふと思った。知らない相手には魔女口調で冷たい対応をするデアが、番兵と親しくしていたのかと。
そんなことを考える背中に炎が燃え上がるかの如く、いつの間にか鬼の形相で三人の背中を睨みつけていたアランに、兵士が恐る恐る声をかけた。
「あ、あの、副団長……?」
「なんだ」
キッと振り向いたアランだったが、兵士たちが引きつった顔で後ずさりしてたのをみて、ハッと我に返った。
「……兵舎で報告を聞かせてくれ」
後であの三人をぎっちぎちに詰めよう。心に誓ったアランだった。
兵舎で報告を聞くアランは、少し離れたところに座っているデアたちにも耳を傾けていた。
「デア様、その髪飾り素敵ですね。可愛らしさ倍増です」
「ほんとよくお似合いです。朝から眼福です」
「フードをかぶってる姿も凛々しくていいけど、今日の御髪はいつもと雰囲気が違って可愛らしいです」
「そうか? 私には見えないからわからないが、どんな髪飾りだ」
「ハーフアップにしてあって、結ったところに赤いリボンが結んであります」
「ほぅ……これを見て、総じていい気分になったのだな?」
「そりゃもう!」
三人が口を揃えて言うと、デアの表情がふと和らいだ。
「ピアノ講師が結ってくれたのだ。面倒だと思ったが、皆の気持ちが明るくなるなら、悪くないな」
ピアノ講師? と三人は口を揃えて不思議な顔をしたが、イートンは何かに気づいたのか、身をかがめて言った。
「ピアノ講師ってもしかしてアラン副長ですか?」
「いかにも」
「なるほどぉ」
石化した一件を一部始終見ていたイートンは合点がいった様子で、ニッと口角を引き延ばした。
ジョンとバークに目配せをすると三人は小さく頷き、破顔した。
「ピアノ講師さんはセンスの塊ですねぇ! あこがれちゃうな」
「ピアノ講師さんはデア様のことよく見ていらっしゃるんだなぁ。素敵な方なんでしょうね」
「ピアノ講師さんは百年に一人の逸材ですね。尊敬しかないです」
三人が話すのをアランの耳が拾う。そして思う、詰めるのは緩めにしてやろうと。
「報告は以上です」
最後の一人の報告が終わり、メモを取っていたアランは顔を上げた。あちらではまだイートンたちが盛り上がっているが、聞き耳を立てるのをやめた。自分が褒めちぎられているのをわざわざ聞く必要はないと判断したからだ。
「急なことで周知が済んでいなかったが、デア様のお部屋の警備は昨日より取り止めとなった。警備を行っていたイートン、バーク、ジョンの三名には昨日中にその旨を伝えてある。代わりに俺がデア様付となった。常駐は難しくなるが、何かあったらその都度知らせてくれ。対応する」
トントンと書類を揃えて、アランは再び口を開いた。
「デア様は目が不自由でいらっしゃる。一人でいるのを見かけた折には、まず声をかけて困っていることがないか確認してくれ。それから、右の手足には絶対触れるな」




