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聖戦⑤・魔女は軍師を撃破する

「早馬の報告ではヴァルツェル辺境伯軍が魔王軍の一派を足止め出来ているようですねえ」

「ならこっちは目の前の敵に専念出来るって事か」

「ええ。では皆々様にこのわたくし、ジークリットの神秘の一端をお見せいたしましょう」

「それは楽しみだな」


 ヴァルプルギスが邪竜の軍勢を足止めしている間に神聖帝国軍は大半の兵力を東側へと集結させた。思わぬ苦戦に他の将軍が率いる魔王軍の軍勢は進軍の速度を落として足並みを揃えた。そんな事情もあって神聖帝国軍の展開が間に合った形となった。


 ジークリットとマクシミリアンが城壁上から見下ろす先に広がっているのは大地一面を埋め尽す程の数を成す魔王軍だった。雑兵一匹に至るまで訓練された正規軍兵士を凌ぐ猛威とならん絶望は今正に人間達の儚い灯火を吹き消そうとしていた。


「風よ舞い荒べ!」


 真っ先に力ある言葉を発したのはジークリットだった。言葉は世界の事象へと影響を及ぼし、やがて突風という形で魔王軍へと襲い掛かった。向かい風が吹き荒れる中でも魔王軍は一向に進軍の速度を緩めはしなかったが、当然その程度はジークリットの想定通りだった。

 神聖帝国軍の兵士達が弓を射かけ、石を投げる。未だはるか遠くにいる魔王軍の群れへは本来決して届かぬ距離。しかしジークリットの生み出す風がそれらを運び、凄まじい速度となって襲い掛かっていった。


「あちら様の方がはるかに数が多いですからねえ。少々削り取らせていただきます」

「魔法は補助に留めて飛び道具で攻撃、か。中々勉強になるぜ」

「魔法と道具は使い様です。ただ威力の大きい魔法に縋るなど愚の骨頂!」

「それは是非宮廷魔導師達に言ってくれ」


 さりとて魔王軍の圧倒的数の前では降りしきる弓や石でも抑えきれず、絶望の波は徐々に国境を防衛する城壁へと迫りつつあった。魔物達の放つ弓や投石等もジークリットの烈風が押し返していくが、やがて段々と城壁上にも届くようになっていく。


「なら俺もそろそろ本気を出すとするか」

「ほう、マクシミリアン様の本気ですか。拝見させていただきます」

「召喚! 降臨せよ黒き巨人!」

「……!?」


 マクシミリアンが声を張り上げて地面に手を突くと、大地が揺れた。そして次には魔王軍に埋め尽くされつつあった前方の大地が隆起し、やがて巨大な人型を成していくではないか。土の色は巨人を形成していくにつれて漆黒に染まっていく。


 マクシミリアンによって作り出された巨人は、その頭部がそびえ立つ城壁の上にいたジークリット達よりも高い。そんな黒き巨人はマクシミリアンが前方へ手を突き出したのに呼応して前進を開始する。文字通り足元の魔王軍を蹴散らしながら。


「小細工なんかいらねえ。質量と体積で敵を圧倒すりゃあいいんだからな」

「なんとまあ大味ですこと。しかし無数の軍勢が相手であれば圧倒的な暴力となるわけですか」


 巨人が踏みつける度に魔王軍の群れに血だまりの穴が生じる有様は正に地獄絵図。城壁上に展開していた弓兵や投擲兵はこれほどの魔導師が味方である事を神に感謝した。逆に魔王軍の方は巨大な蹂躙者によって阿鼻叫喚。城壁への攻め手が緩んでしまう。

 ジークリットは悪巧みを思いついたような黒い笑顔をさせてマクシミリアンに耳打ちした。マクシミリアンは言われるがままに巨人を転倒させる。たったそれだけでも多くの魔物がその巨体の下敷きとなり、血と肉の華を咲かせた。


「後は黒き巨人を寝転がせてください。それだけで多くの戦力を削り取れましょう」

「……どうやらそれは無理らしい」

「はぁ? どうしてでございますか?」

「時間切れだ」


 黒き巨人が転がり出したその時だった。段々と色褪せていった巨人は身体を見る見るうちに崩していき、やがて土くれとなって崩壊した。土砂崩れの形となって生き埋めとなった魔物も大勢いたが、まだ迫りくる魔王軍の勢いは衰えていないようだった。


「成程。さすがに短時間しか維持可能ではありませんでしたか」

「それでも結構な打撃は与えられただろうから、俺は満足だぜ」

「えぇ~? 自己満足じゃないですかぁ。もっと効率よく魔法を使っていれば宜しかったと具申いたしますが」

「……! おいジークリット、アレを」


 そんな再び迫りくる魔王軍の先頭に立つ者こそ魔王軍の一派を率いる軍師の将軍。怒りに支配された軍師はその姿を変貌させていき、やがて正体であるあらゆる獣の要素を入り混じらせたキマイラを人間達に晒した。

 キマイラが向かう先はただ一点、ジークリットとマクシミリアンの方。総勢の何割もの被害をもたらした魔導師達を脅威と判断して自ら仕留めにかかったのだ。降り注ぐ弓や石の雨にも全く怯まずに突き進んでいく。


「おや、さすがは魔王軍を司る将軍の一角。一筋縄ではいきませんか」

「……どうする? あんな奴に攻めてこられたら俺達の手には負えねえぞ」

「お任せあれ。このわたくしが秘術をお見せいたしましょう」


 ジークリットは天へと手をかざした。途端に段々と辺り一帯が昼間だというのに薄暗くなっていく。日光を遮る曇りどころではなく日が沈んだ夜のように。上空を見上げたマクシミリアンの目には信じられない光景が飛び込んできた。


 太陽が欠けていた。やがて闇は太陽を覆いつくし、暗黒が世界を支配する。


「に……日食……?」

「大地を照らす太陽の光を一点に集中させて対象を焼き尽くします。日光よ降り注げ!」


 そんな闇に一筋の光明が輝いた。それが降り注ぐ先は迫りくるキマイラの一点のみ。眩いほど降り注ぐ光線は凄まじい熱量を伴ってキマイラを焼き尽くしていく。キマイラが灼熱で絶叫を上げてもなおジークリットへの距離を詰めていく。

 そして跳躍。もはや炭と化しつつありながらも渾身の力を込めて牙を剥き、ジークリットへと襲い掛かった。ジークリットは日光の投射角度を変えてキマイラを逃すまいとするが、それでも迫りくる脅威は止まろうとしなかった。


「おい、俺の女に近寄るんじゃねえ」


 ジークリットはまさかの決死の特攻に思わず目を瞑ったが、そんな死をもたらす絶望を跳ね除けたのはマクシミリアンだった。彼は投石器を魔法で操作、岩石をキマイラへと直撃させたのだ。さしものキマイラも空中で回避する術も無く、勢いを殺された反動で大地へと落ちていった。

 ジークリットが怯んだ事で魔法の効果が切れて世界には再び太陽の恩恵が授けられる。マクシミリアンが城壁上から下を見下ろすと、空堀へと落ちた黒焦げのキマイラからは煙が上がっていた。マクシミリアンの指示により魔導兵が火球を放ち、更に燃やし尽くしていく。


「ジークリット、大丈夫か?」

「え、ええ……。大丈夫でございます」

「ったく、いくら凄え魔法が使えるからって油断しすぎだ」

「め、面目次第もございません」

「どうやらジークリットには俺が必要みたいだな。お前の足りない分は俺が補う」

「……っ! マクシミリアン様……」


 司令塔を失った魔王軍へと追い打ちをかけるよう、城壁の門が開かれて兵士達が突撃していく。既に烏合の衆と化した魔物の群れは連携して戦う人間達を押しきれずに徐々にその数を減らしていく。無論、城壁上からの遠距離攻撃は止まないままだ。


 ジークリットはマクシミリアンへと深々とお辞儀をした。


「不束者ですがよろしくお願いいたします」

「ああ、頼むぜジークリット」


 ジークリットは感服する。ただの恋愛相手でしかなかったマクシミリアンが魔法の面でも一目置く存在へと成長を遂げた事を。予言の書でも記されていた内容ではあったか間近で見て考えを改めた。恋愛という遊戯でも運命の変革などでは語れない想いを抱き始めていた。


 そう、ジークリットは今初めてマクシミリアンに本当の恋をした。

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