聖戦⑥・魔王は棟梁の側近を退ける
「各々の将の軍勢で分けてくるとはな。全軍が一丸となって向かってくれば良いものを……。執政めは一体何を考えておるのだ?」
「ん? アデル、何か言ったか?」
神聖帝国において各貴族は私兵を抱えている。普段は治安維持や屋敷、砦、関所等の要所の警護を任務としているが、領地内での反乱や外敵の到来があれば自己判断によって鎮圧する義務を負っているからである。特に国境を担う辺境伯は正規軍に匹敵する規模の軍を常備させる程に。
それとは別に神聖帝国直属の正規軍も存在する。これは直轄領や帝都近郊を任されるほか、国家間の戦争となった際に各貴族の私兵を纏める役割も担う。特に帝都と皇族を守護する選りすぐりの軍勢は禁軍と呼ばれていた。
皇太子ルードヴィヒはその禁軍を率いて東側の国境へと到着していた。帝都にほど近い貴族の私兵なども寄せ集め、その規模は隣国への侵攻も可能な規模へと拡大している。さすがにルードヴィヒもこれ程の軍勢を目にした事は無く、指揮は配下の幕僚たちに一任する形を取った。
既にヴァルツェル辺境伯を主力とする国境防衛軍と帝国第二軍は会敵したとの情報が入ってきている。そして国境にほど近い小山に陣を取った禁軍は魔王軍を正面から迎え撃つ形となった。魔王軍も陣取りする大軍を無視して素通りする程愚かではなかった。
「確かに魔王軍はただ一つの軍勢であっても人類の脅威と化す。だが無敵と言う程でもないぞ。有史以来何度か人類に完敗を喫し、挙句魔王を討ち果たされておるのだからな」
「だから俺達も今諦めずに立ち向かおうとしてるんじゃねえか」
「魔王軍の動きが気に入らぬと言っておるのだ。複数の軍を分散させて各個侵略に勤しむなど馬鹿げているではないか」
「あー奇襲する訳でもねえんだし確かに謎だな」
アーデルハイドから言わせれば謎でも何でもない。魔王が率いらない限り各将軍の立場は横並び。誰も彼も我が強く我こそはと猪突猛進する者ばかりだ。大方競争だなどと馬鹿な案を司令辺りが言い出したのだろう、とため息が漏れてしまう。
(結集していたら予言の書とは違った展開になったかもしれませんね)
(自分勝手な将軍共が参謀の助言など聞かぬ訳がなかろう)
(せめて帝国正規軍を突破してから分散すれば良かったでしょうに)
(勝機より満足を求める者達だからな)
さすがの魔王軍も即席の要塞となった小山は攻めあぐねている様子だった。これは帝国軍が見事な戦運びをしているからであり魔王軍が不甲斐ないのではない。さすがは過去幾度となく魔王軍と衝突した国家だとアーデルハイドは素直に褒めた。
そんな彼女達は要塞の中枢に位置取り戦局を見守っていた。さすがに帝国の要である皇太子や公爵令嬢を最前線に出す程禁軍も馬鹿ではない。ただ玉座で余裕さを見せつけつつ部下を労えばいいのだ、とアーデルハイドは解釈する。
「順調だな。しかし守ってばかりではとても魔王軍を撃退出来ぬぞ」
「守ってばかりでいいんだとさ。西側から援軍がくれば数の上ではこっちが上。それまでは粘っていろだとよ」
「何だ。とどのつまりは時間稼ぎか。つまらぬな」
「堅実って言えよ。物語に出てくる勇者サマとやらもいねえんだしな」
そなたがこの戦いで覚醒し勇者となるのだがな、とは言わずにおいた。
昼夜問わない魔王軍の絶え間ない攻撃も帝国軍は二交代制で凌ぐ。途中飛行する魔物が襲ってきても魔導兵や弓兵による集中砲火で退ける。敵側の攻勢が緩むと要塞から打って出て反撃に転じる。一進一退の攻防が続けられた。
「上手いな。魔王軍を相手にする際の心得が確立されているのだな」
「どんな時代に襲ってきてもいいようにだとさ。けどよ、やっぱ平時だと軍備は金食い虫になるんだよなぁ」
「それは仕方があるまい。いざと言う時に錆びついておっては何の役にも立たぬ」
「予言でもあれば機会を見計らって臨機応変に拡大と縮小が出来るんだけどよ」
予言があるからこそ余はここにおるのだがな、とも心の中で思う程度にした。
「ん? どうして別働隊を組織して要塞から放ったのだ?」
「どうやら敵さんが軍を分けて本土を強襲しようって腹みたいだからな。こっちから奇襲をかけて壊滅させる」
「何と。魔王軍の動く兆候すら見極められるのか。思っていた以上だな」
「先人達の嘆きの積み重ねさ。こうして有利に進められるのも祖に感謝しないとな」
恋仲の発展に重点が置かれた予言の書は戦争について細部が記されていない。分かっているのはヒロインが促した攻略対象者の覚醒がきっかけで危機を乗り越えるというもの。それは魔王、魔女、魔竜それぞれの予言の書で共通している。
(しかし思いのほか善戦しておるな。我が軍勢はそう容易く打ち破れるものかとの自負があったのだがな)
(みなさん救世の勇者なんて要らないって様子で気迫に満ちていますね)
兵士達は自分達が国や人々を救うんだ、との決意を漲らせていた。個々の意識の高さにアーデルハイドは感心してしまう。もしかしたらこのまま波乱も無く押し切れるのでは、と思ってしまう程に。
「申し上げます。南方にて第二軍が交戦を開始、敵将を討ち果たしたとの事です」
そうして傍観者に徹していたアーデルハイド達のいる本陣へ伝令兵三名が駆けつけてきた。彼女達の口からもたらされた吉報に幕僚達はひとまずの勝利に安堵を浮かべ、何名かが「やりましたな」とルードヴィヒへと賛辞を述べた。
「やったなアーデルハイド。マクシミリアン達が勝ったみたいだぜ」
「気を抜くでない。執政からすれば司令や軍師など囮に過ぎぬ。ここで彼奴らを食い止めねばそなたの領土は瞬く間に蹂躙されるぞ」
喜びを分かち合おうとしたルードヴィヒへと冷たく言い放ったアーデルハイドは視線を伝令兵へと釘付けにしていた。伝令兵三名は深々と頭を垂れ、その顔は窺い知れない。
「そうは言ってもレオンハルトだって魔王軍の将を打ち破ったって聞くぜ。今も互角に戦えてるしよ、案外びびりすぎてただけで魔王軍も大した事は……」
「そうか。なら頑張るが良い」
一体何がそんなに気になるんだ、とかすかな疑問を浮かべたルードヴィヒは喜びの笑顔を浮かべたままで伝令兵に視線を向けた。
――そうして向けた注意がルードヴィヒの生死を分けた。
突然伝令兵三名は剣を抜き放つと次々と無手の幕僚達の首を刎ね、胸を貫いていった。咄嗟に剣を抜こうとした将軍はその腕ごと胴体を両断された。給仕をしていたメイドが悲鳴を上げようとしたが声が出る前に喉へと剣を突き立てられた。
ルードヴィヒだけが伝令兵に注意を向けた為に反応が間に合い、剣と剣を交える事が出来た。
「てめえ、うちの兵士じゃねえな……!?」
「今更気づいたところでもう遅い」
三人が手にしていた得物は神聖帝国軍標準装備である鋼鉄の剣ではなかった。一人は歪に捻じれ狂う赤紫の剣。一人は血走った瞳が生える深紅の剣。そして最後の一人は禍々しい闇を纏う漆黒の剣。いずれも決して人では造り出せない魔剣であった。
何の事は無い。彼女達は伝令兵に成りすまして本陣まで忍び込んだ魔王軍の刺客。この目的は当然神聖帝国軍の中枢である幕僚達を殺害し、要である皇太子を亡き者にする事――。
「神聖帝国皇太子ルードヴィヒとお見受けする」
魔剣の刺客は一旦ルードヴィヒと間合いを取った。既に刺客の奇襲で幕僚の半分以上が命を落とし、残った半分近くも何名かが傷を負っている。ルードヴィヒはアーデルハイドを自分の後ろに下がらせ、得物の矛先を相手へと向ける。
「……そうだけどよ、てめえは?」
「我は栄えある魔王軍における棟梁の将軍也」
「将軍だと!?」
「その命、頂戴する」
将軍と名乗った漆黒の魔剣は身体をゆらりと動かすと、凄まじい速度でルードヴィヒへと飛び掛かった。漆黒の魔剣を受け止めたルードヴィヒだったが飛び込んできた勢いまでは殺しきれず、数歩の後退を余儀なくされた。
「者共、出あえ、出あえぇ!」
アーデルハイドは声を張り上げて周囲の者達を呼びつける、
その直後に将軍配下の二名の刺客もまた主へと続いて飛び出すが、文字通りの横槍に割り込まれた。かろうじて踏みとどまった刺客は一旦距離を離して体勢を立て直す。
アーデルハイドの声で異変に気付いた近衛兵達は騒ぎが起こる本陣へと急いで駆けつける。そして物言わぬ躯と化した将軍達、そして皇太子が直接剣を振るう状況に追い込まれている現実をまさかと驚愕したが……、
「そこの者は魔王軍の要たる将軍とその側近である! 将軍は皇太子直々に相手する故、側近二名を決して皇太子達に近寄らせるな!」
アーデルハイドが矢継ぎ早に指令を送る事で冷静さを取り戻す。
近衛兵は得物の矛先を側近へと向けたままで展開、包囲していった。そしてある程度人数が揃ったところでアーデルハイドの合図と共に何名かがほぼ同時に側近へと襲い掛かった。
側近二名は包囲網の脆い部分を重点的に狙う形で突破を試みる。しかしアーデルハイドは巧みに指示を送って容易く包囲網を破らせはしない。穴が開いた箇所にはすぐに追加の兵士が補充されていく。更に包囲する近衛兵達は長槍に切り替えて側近達の間合いに決して入らないようにする。
痺れを切らした側近は起死回生の一手とばかりに司令塔となっているアーデルハイドへと襲い掛かる。魔剣と死闘を繰り広げるルードヴィヒは婚約者から大きく引き剥がされており、救出が間に合わない。
あわや血塗られたような剣に脳天割りされかけたアーデルハイドだったが……、
「――我が主に指一本触れる事は許しません」
二振りの剣を手にしたゾフィーが何処からともなく現れ、痛恨打を防いだ。
ゾフィーがお返しとばかりに反転攻勢に打って出ると側近は体勢を大きく崩く。予期せぬ乱入で与えられた隙を禁軍選りすぐりの近衛兵達が見逃す筈も無い。
側近達の一件華奢なその身体に次々と槍や剣を突き立てていった。
側近はせめて最後の一撃をと剣を振り上げようとするも、次々と致命傷を与えられてそんな力は残されなかった。
側近は二名とも力を失ってその場に倒れ伏した。そして各々が手にしていた魔剣は零れ落ちて地面へと転がっていく。
――その途端、側近二名を構成していた身体が見る見るうちに痩せ衰えていき、骨と皮だけと化したと思った次には灰となって、塵となって消えていった。
「我が主、これは……?」
「彼奴らは魔剣が本体だな。優れた剣士の肉体を乗っ取って自分、つまり魔剣を振るわせているんだ」
そしてその正体はかつて勇者と呼ばれた少女の肉体を宿主とする棟梁の将軍も同じ。
彼女を相手に勇者に覚醒しないままのルードヴィヒは劣勢に追い込まれていた。




