変異
相変わらず俯瞰に慣れない私は、稽古しつつ市中の警らへ
参加することになった。実道様は、もう伊吹様と出立していて、
本当に私と朔太郎様だけで仕事に向かうことになった。
とは言っても、私の目の前に現れた朔太郎様は
稽古の時とはうって変わり、キリッとした剣士になっている。
どうみても、朔太郎様の方が上官に見えると思うのだけど……。
警らデビューするものは、最初の内だけ平日の午前中に廻ることが多いの。
それは、朝の方がトラブルが少ないからなんだって。
確かに、夕暮れ時朝方までが、みんなが盛り上がったり
悪巧みするにはうってつけだものね。
かと言って、安心はできない。朝でも昼でも鬼火は現れるし、
影だって現れるかもしれないんだもの。
私が今日、見廻する地区はお屋敷街。お屋敷の外は塀で囲まれていることが多く
知らない人が細道で歩いていたら、とても目立つ場所なの。
当然、刀を帯同している方が多いし、お供の方も似たような服装だから、
商人や、職人、町人の格好をしていれば目立つ。
あ、でもね、御用聞きの商人の出入りがあったりするから、
全く見ないわけではないんだよ。
歩くときは私が前、朔太郎様は後をついていくの。
若殿は本当なら、何人もお供の方が後方にいるはずだけど、
千隼様の真似をして、お忍びだからという事にしてある。
それに、剣士見習いだしね。
歩く道順も覚えなくてはいけない。同じ地域で
慣れるまで10通りの道順を試すの。
そうやって、細道まで見逃さないようにするんだって。
こうしてみると、お屋敷街とはいえ、屋敷の敷地は様々。
壁が300坪の敷地を囲っているところもあれば、
くるっと一回り10分でできてしまうお屋敷もある。
それでも充分広い敷地だけどね。
身分によって住むところが定められている訳ではなくて、
生まれつき、その家に住んでいた人。
職を得て、屋敷を買った人、借りている人。
実に様々だったりする。
この豪邸を借りるって……、どうやったら出来るんだろう?
お屋敷街には細道は少ない。どちらかというと
人が行き交えるような通りが多くて、荷車のようなものも通っているの。
勤め先へ向かう人が、お供を連れて歩いている。
そんな光景が午前中のよく目にする風景だ。
そんな中、通りの向こうにふと視線をやった。
……あれっ?……。
かなり離れているので、見間違いかな……?
なんだか、知り合いに似ている人が居た気が……。
目を凝らして、よ~~く見ている。その内、はたと気がついた。
まさかね、そんな訳はない。元の世界にいた知り合いかと思うなんて……。
我ながら苦笑い……。
「雫様、どうかなさいましたか?」
「いや、元の世界の知り合いに似た人がいる気がして……。
すみません、気のせいだと思います……」
そうすると朔太郎様は、ジッと考え込んで思いもよらないことを言い出したの。
「雫様、確かめなくともよろしいのですか?」
「えっ?」
私は、朔太郎様の顔を見た。どう見ても、冗談で話したようには見えない……。
そうだ……、前に同じ失敗をした……。
「朔太郎様、反対側の通りが見えますか?
大通りに出たところです。そこに着流しを着た黒髪の男性
が居ませんか?」
私は、気がついてからクルッと朔太郎様を振り向いたので
見かけたのは背にしている通りになる。
「はい、いらっしゃいます。濃紺の渋い着物をお召しになっている……」
朔太郎様は、さすが視線も動かさずに私の見かけた人物を言い当てた。
「その人です」
「承知しました。では雫様は私の指し示す指先をゆっくり振り返り、
そのままその人物の方まで、歩んでください。
そうすれば、私が何かお示ししたと思うでしょう」
「はい」
朔太郎様は、商人の時と違いビシッと通りを指差した。
私は、指示通りゆっくり振り返り、ゆっくり歩き出す。
その人物は、まるで私を見ているように感じたのは気のせいだろうか?
大通りまで、後5mほどだったろうか、その人物がスッと小走りに通りから姿を消した。
「チッ、やはり雫様を狙っていたか……?
雫様、走ります」
「はい」
私も、隼に手をかけ遠慮なく走り出した。
ザッと大通りに出て、彼が走って行った方に視線をやる。
いたっっっ!!!でも、かなり先に行っている。
「走ります!!」
朔太郎様は頷くと私の後ろを走って付いてきた。
それと同時に、着流しの彼も走り出す。着物をはしょって、俗にいう
韋駄天ばしりだ!!
「しまった、勘づかれたか……」
かなりの距離を追いかけ、アーチ型の橋を渡きると、
彼は、もうどこにも姿はなかった。
そこは町人街で、人混みもお屋敷街とは雲泥に違う。
はぁはぁと少し息を切らした私に、朔太郎様も悔しそうに言った。
「逃しましたね……。……明らかに雫様を見ておりました。
心当たりはございますか?」
「……顔まで確かめられませんでした。でもこちらに来てからの
知り合いでは、思い浮かぶ人がいません。もし……、
もしそんなことがあるならば……」
私は、語尾を呑み込んだ。
こちらに来たのは私だけではない……?
そんなことがあるのだろうか……?
私は、呑み込んだ言葉の内容をジッと考えていた。




