余剰
朔太郎様は、目の前に座っていても存在に重みを感じない。
……うまく言えないんだけど……、うん、そうだ!!圧を感じないの。
だから意識していなければ、どこにでもいる普通の人に見えるの。
この人の仕事をするときの気配を、今から感じ取らなければならない。
ごくごく古典的な方法だけど、私は目隠しして
気配を感じ取ったら、木刀を打ち込んで良いことになっている。
でも……、ええ、できる気が全くしない……。
目隠しが、こんなに恐ろしさを感じると思っていなかった……!!
やっぱり情けないけど、これが真剣でやり取りするようになるかと思うと、
恐怖の方が先に立つのよ……。
集中しよう。私でも感じ取れる方法があるはずだ。
稽古だから、私に有利な点もある。
まずシンッとしていて、雑音が全くない所。
雑踏だったら、こんなことはありえない。
それは、私にとても有利だ。空気が動く気配、
風を切る音が聞こえるかもしれない。
着物のこすれる音も、聞こえるに違いない。
それに、最初だからと隼を抜けるように手をかけてても良いのだ!!!
……うん?朔太郎様も、私に過保護……?
いやいや、初心者だから手加減してくださったと思っておこう。
稽古は三本勝負と言われていた。まずは一本目……。
かなりの長い時間に感じたけど、実際は何分くらいだったんだろう。
私は、全神経を耳に集中させていた。今、私が最大に支える武器は
聴力だけだと思ったのだもの。
でも、それは失敗だったの……。
ふわっと空気が動いた気配?音がして、私は隼に置いていた手に力を込め
立ち上がろうとした瞬間、朔太郎様の短い木刀は、もう私の喉元にあった。
あまりにも早く、そしてあっけなくて私は、しばらく状況を飲み込むのに
時間がかかったほど、それは鮮やかだった。
私の位置から、人二人分は空いていた所に座っていらっしゃったのに!!!
どうやって近づいてきたのかも、どうやって動いたのかも
全然分からなかった……。
清志郎様は、目隠しを外して呆然としていた私に、真顔でこう告げた。
「雫、普段感じている感覚に頼り過ぎておる。もっと自分の意識を
上空から見ているかのように、空に昇るのだ」
「はい」
そう返事をしたものの、それは超人技では……?!と思わざるをえなかった。
でも無情にも二本目は始まってしまう。
上空に昇る、上空に昇る……。
意識って面白いなって思うの。
この緊迫した場面で、いったい何を……て思うかもしれないけど、
昔の武士は、時空を超えたのかもしれないなって思う瞬間があるのよ。
私の中のイメージは至って簡単。元の世界で読んでいたような、漫画のような感じ。
自分の肉体を地上に置いて、意識だけを空に空に空に……。
あれ?! 誰かいる感覚……。っっっって、これ朔太郎様じゃん!!!!!
私は、慌てて気配のする方に刀を抜いた!!!
って、ええ、遅かった……。隼を空を切り、体勢を立て直すので精一杯。
今度は背後に、木刀を当てられる……。
……ダメだ……。背後をとられた……。
ああーーー!!!背後取られちゃダメじゃん!!!!!
めちゃくちゃ落ち込んでいると、実道様がクスクス笑っている。
……笑うところではないと思うのですが……。
恨めしそうな視線に、実道様は微笑みを隠しきれず、
でもコホンッって咳払いしてアドバイスをくれた。
「雫、背後を取られた時点でなぜ諦めたのですか?
相手は間者なのに……」
その呟きに、わたしはハッと目を見開いていた。
そうだ!!!実道様のいう通りだ!!!間者は普通の方法で戦わない。
それなら、自分がつかまってしまっても逆転の可能性があるはずだ。
ムフフ、長期戦なら私の思う壺だ。だって、
この世界の常識人じゃないんだも〜〜ん。
はい、3度目の正直。今日はこの回で朔太郎様に稽古してもらうのは終了。
あとは、また明日になってしまう。
3回目のチャンスに、私は面白いくらい無心になっていった。
もはや、肉体と意識。単純にその区別がつくらい。
稽古も、間者もどうでもよかった。
とにかく気配を感じて、その感触を味わいたい。
本当にそれだけだった。
そして、光が人型をとり、無駄なことが見えたの。
護衛も試している人もどうでも良い。
そうして、まっさらな、ただ一人真っ新な空間に、立っていた。
いえ、構えていたといった方が正しいかも。
黒いものが私に迫っている。
……はい、私が感じる時間がウィルスで、弱さと共に震えている。
ええ、ちゃんと感じ取ったよ。
まるで闇夜に必要なものだけが浮かび上がるかのように、
私には全てが見えた。いや、暗闇に覆われている中に
必要なものが浮かび上がっていたというべきか……。
三度目にしてようやっと、私は朔太郎様の短剣を受け止めたのだった。




