風雲
あっけなく終了した祈りの民と鍛冶職人の会合……。
私たちは屋敷に帰還して少しずつ、いつもの生活に戻りつつあった。
季節は、もうすっかり紅葉の季節になり、屋敷の庭は一層
幻想的になるの。落ち葉をかき集めるのも、風情があって
ついつい焼き芋を……、と思う私は、やっぱりお子ちゃまなのかもしれない。
銀杏ないかな……。どこかにイチョウの木がありそうなんだけどな。
菊次郎様に聞きたくとも、医局はいまだに大祭の後処理に追われている。
稽古の時に、手当てのお礼をいうのが精一杯なくらい
菊次郎様も、仁様も忙しそうにしていた。
そんな中、勇隼様からお呼びがかかった。
これはとても珍しいことなの。大抵はお食事の時の
世間話で済んでしまうんだもの。
清志郎様に連れられて、勇隼様の執務室を訪ねる。
そこは、勇隼様らしく整然と物の少ないお部屋なのよ。
「おお、雫。来たか」
勇隼様は、書簡に向かっていた手を止め
にっこりと笑っていた。
大人しく清志郎様の少し後ろに座ると、清志郎様から隣へ座るように言われる。
素直に返事をして隣に座ることにしたの。
「雫、伊吹が山の作業小屋へ向かうのは知っているな?」
「はい、知っています」
「その護衛隊に、実道を入れることにした」
「はい、実道様が教えてくれました」
「あいつは、もう雫に教えたのか」
そう言って勇隼様は、楽しそうに笑い出した。
「はい、実道様がいない間、気をつける事を書いた
ノート……えっと、違う……書面をいただきました」
そのことは清志郎様も知らなかったようで、なぜか苦笑いしていた。
「ほお、何が書いてあった?」
「主に、市中の見回りの時に気をつける事と、
橙矢様にチェック……、えっと精査していただく書面の注意でした。
稽古は清志郎様に聞くようにと書いてありました」
実道様がしてくれた事を、そのまま話したら勇隼様はもっと笑い出した。
「……これはっ……、清志郎、……お前、知っていたのか……?」
「いえ、存じませんでした……。雫、……全部読んだのか?」
「はい、読みました。覚えられたので大丈夫だと思うんですけど……」
「けど……?」
「その瞬間に、実道様の教えが浮かんで来てって強く願ってます……!!」
そう、これは本当に切実なの!!教えてもらっても状況によってピンとこないと
どうしようもない……。実地の経験が浅いので、やってみるしかないと思うのよ。
勇隼様は、まだクスクスと笑っている。いや、……勇隼様、私、真剣なんですよ?
「雫、ああ、そうむくれるな。いや悪かった。実道の過保護が目の覚めるような
鮮やかな過保護だったのでな。ついつい笑ってしまった」
「雫、お前はもっと表情に出さない事を覚えなさい。
お館様に、そのように表情豊かにするものではない」
「いや、清志郎。良い良い。雫は表情豊かな方が安心だ。
これ以上に橙矢のような参謀を増やすな」
「しかしお館様、お言葉ではございますが、敵陣を考慮しますと……」
「大丈夫だ。雫の事だ。表情を隠さずとも、なんとか切り抜けよう。
雫、お前は自然体が1番だ。その良さを無くしては本末転倒」
私をよそに、勇隼様と清志郎様で、何やら思案のしどころらしい。
まあ、勇隼様に許可を得たので良しとしよう」
「さて、雫。実道のいない間の事だが……」
「はい」
……一人で街中に警らに行っても良いのかな……?
「清志郎が四六時中、お前に張り付いているのは良い策ではないと橙矢が申すのだ」
さすが橙矢様、その通りだと思います。
「そこでだ、市中の見回りにはこいつに頼むことにした。良いぞ、入れ」
勇隼様が、そう促すと、隣の部屋の襖がスッと開いた。
手をついて頭を下げている人が、ゆっくりと顔をあげると……。
「朔太郎様!!!」
私は、驚いて思わず名を読んでしまったの。
それは私に商家を案内してくれていた大店の番頭さん、
朔太郎さんだった。




