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紫雲の國の玉水の恵み  作者: テディ
三の巻 外伝
85/153

価値

 どの分野にも、その中でのみ通ずる慣例がある。

鍛冶職人、橙子は15の時から鍛冶師としての長い長い道を歩んできた。


橙子が、この道を選んだのは他でもない。隼が美しかったからだ。

10歳で屋敷の学問所へ通い出し、自分はこのまま國主様の役に立てるような

そんな職業につきたいと思っていた。できるのは文官だろう。

そんな橙子の前に、突然国主様に直に教えをいただいている若者が

姿を現した。時期の國主

様になるだろうと噂の勇隼だ。


幼い彼は、とても荒削りに見えるのに、ここぞと言うときに沈黙する。

そして、ズバリと先代の国主様に質問を投げかけるのだ。

彼は何か玉のような光を持っている。

先代に眼をかけられているからと言うわけでもなく、橙子も皆も

勇隼をそう見ていた。


勇隼は、その時は子供らしく退屈していたのだろう。

庭で鯉に餌をやっていた橙子のところでスタスタとやって来た。

「橙子殿!!今日は庭にいらしたのですね?

ああ、鯉が嬉しくてビチビチと跳ねています」

そう言われて、慌てて池へ眼を戻すと、その通り鯉は餌を待っていた。

「橙子殿、餌をやり終わったら見ていただきたいものがあるのです」


そう言われて、餌をやり終えた橙子は庭の椅子に腰掛けた。

かなり離れたところで、勇隼は元気に橙子に話している。

「橙子殿、見ていてください!! やっと上段に構えるのを許されたのです!!」

嬉しそうに大声で話す勇隼に、彼もやはり他の少年のように

技を許されただけで喜ぶのだなと、なんだかホッとしたのだ。


勇隼は、大きく息を吸うと踏ん張れるように足を開き、スラッと隼の刀身を抜いた。

上段の構えに入る前の、ただそれだけの動作だったのだ。

橙子は、息が詰まるかと思うくらい、そのくらい自分の息を飲んだ。


日の光の元に、幼い子供が頭身を抜いたとは思えぬくらい、

それは美しかった。いや、隼が輝いて見えた。

まるで、主人と共にあれて喜んでいるかのように美しかったのだ。


ーーこれは、夢……?

現実的で、合理的な橙子が、そう思ってしまうほど

勇隼の手の中にいた隼は美しかった。まるで七色の虹が光っているかのように。


勇隼は、習ったばかりの上段の構えから、一気に刀身を振り下ろした。

虹が刀身に遅れまいとするかのように、後をついていっているように見える。


その時だった。

「勇隼!!!」


突然の雷声に、はっと我に帰ると、庭の端に勇隼の父の姿が見える。

勇隼は、わかりやすく、しまった!!と言う顔をしていた。

素早く隼を納め、居住まいを直している。


どうやら、人前は許されていなかったらしい。

勇隼は、怒られるのを覚悟したような、子供らしく怯えたような

クルクルと思っている事が表情に出ていて、良くないと思ったものの、

橙子は笑い出してしまったのだ。


「橙子様、お怪我はありませぬか?」

勇隼の父は、年下の自分にも、いつも大人として扱ってくれる。

「もちろんです。お気遣いいただいて申し訳ありません。

私が、勇隼様に見せてくださいとせがんだのです。

ひょっとして、人前ではいけなかったのでしょうか?

申し訳ございません。どうぞお叱りは、この私に……」

あとで勇隼には、庇うのはこの一回きりだと話そう。

いつも庇ってもらえると思うのは、勇隼にとって良くない。

そう思いながら、橙子が頭を下げると、勇隼は飛び上がった。


「父上!!違います。私が橙子殿に見てくださいとお願いしたのです」

神妙に、お小言をもらう決心をした勇隼は、潔く自分のせいだと言い出したのだ。


勇隼の父は、困ったように自分と勇隼を見比べ、言い渡した。

「勇隼、この度は橙子様の温情に免じて小言はなしだ。

ただ、先一月(ひとつき)、上段の構えは許さぬ。良いな」

「……はい……」

勇隼の父は、橙子の心情をどう思ったのだろうか。

それでも優しく声をかけられたのだ。

「橙子様、どうぞ勇隼には厳しゅうご指導ください」

「承知しました。出過ぎたことを……。こちらこそ申し訳ありませんでした」


そんな衝撃的な体験をしてすぐ、橙子は家に帰り、

鍛冶職人の元へ見習に出ると両親に申し出たのだ。

職業に差別はないとはいえ、さすがの両親も考え直すように

随分と言われた。そのくらい、鍛冶職人とは体力勝負の側面も、

危険も伴う仕事だったのだ。

それでも、橙子は諦める気は一切なかった。隼に恋をしたようなものだ。

自分で、そう思ってここまで歩んできたのだ。


自らの手で隼を生み出せるとは思わなかった。

それでも、刀を打ちたいと言う夢は諦められなかったのだ。

橙子は、厳しい世界で、がむしゃらに教えを乞い、がむしゃらに吸収していった。

周りに認められるまで、五年かかった。1番最初に師匠が認めてくれたのだ。

そうすればもう、周りの雑音はすぐに消えていったのだ。


職人達の懐に入れてすぐ、橙子は鍛冶職人だけに伝わる

隼の話を教えてもらえた。國も祈りの民も、一切知らぬ

職人だけに許された伝承。


それは、隼の成り立ちの話だった。

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