兆候
大祭を終えた勇隼の元には、様々な報告が上がってくる。
ありとあらゆる情報に、報告。大抵は橙矢のような何人かの参謀長のところで
精査されて上がってくるが、いつもより細かい印象の報告が多い。
今年は時に多いような気がした。
無理もあるまい。今年の伝達は異例だったのだから……。
社の周りに集まった民に、気持ちを鼓舞するように話せただけでも
有り難いと思うべきだ。不穏な空気を蹴散らせたのだ。
そんな勇隼の元に、清志郎と橙矢が顔を出した。
珍しくもない組み合わせだが、この時期だ。さて……。
そう思った勇隼は、ゆっくりと二人を見回した。
「大祭の役目、ご苦労であった」
そうねぎらいの言葉をかけると、二人とも静かな表情で頭を下げている。
「変わりはないか?」
そう続けると、清志郎が瞳をキラッとさせた。
「お館様、ネズミの目撃情報がつかめました」
「ほお、ネズミとな……」
「はい。捉えるところまでは辿り着いておりません。
悪事を働いたわけではないので……」
「怪しい、それだけと言うことか?」
「左様にございます」
生真面目に黙礼する清志郎に、勇隼は促した。
「お前のことだ。間者に引き継いだのであろう?
どこが怪しかったのだ?」
「大祭の前から、月に何度か報告は上がっておりました。
鳥の入っていない鳥籠をもった男が歩いていると言う報告です」
「……空の鳥籠……?」
「はい。別に話しかけたものがいるわけではありませんが、
どうやら都住まいのものではないようです。
ふらっと現れて、いつの間にかいなくなるという話でした」
「それは、誰が言っておったのだ?」
「見回りの剣士の報告もございますし、町の世話役からの話もございます」
「随分と目撃されておるな……」
「そうなのです。町人、呉服屋のような身なりをし、ひっそりとした印象でした」
「ふむ、それで何かつかめたのか?」
「大祭の最終日、屋敷の周りを歩いていたところを見ているものがおります。
変わらず空の鳥籠を持っていたそうです」
そこまで聞いていた勇隼は、1番最初に浮かんだ疑問を口にした。
「籠は、なぜいつも空なのか……。街で馴染みの料理屋や宿はないのか?
都住まいでなければ、宿を取るであろう?」
「いいえ、一軒もございませぬ」
「……一軒も?」
「はい、一軒もないのです」
勇隼は考え込んだ。確かに悪事を働いているわけでも、
街で迷惑をかけているわけでもない。
でも……、空の鳥籠を持って歩き続けている男……。
人に見られることを気にしてはいないようだが……。
「橙矢、お前はどう思う?」
「……お館様、その空の鳥籠……。
もし何か入っているのが見えないとすれば……、一大事にございます」
その答えに勇隼にも、橙矢の考えていることが瞬時に分かった。
「お館様、実はこの話をお館様にと申したは橙矢なのです」
清志郎も生真面目な表情を崩してはいなかった。
「橙矢、雫にしか見えぬものが入っているやもしれぬ、
お前はそう考えておるのだな?」
「御意にございます」
勇隼は腕を組んで、口をキリッと引き締めた。
「清志郎、間者の探索はどうなっておる」
「全て巻かれて、見失っております」
「……見失った?」
「はい」
勇隼は、少し驚いていた。確かに間者の能力が全てではないが
それにしても優秀なもの達を集めた自負がある。
その間者を巻いたと言うのか……?
籠の中に、雫にしか見えないものが入っていたとしたら……。
証拠はないが、点でしかなかった事柄が線になっていくかもしれぬ……。
「清志郎、橙矢、手繰出る糸は捕まえねばならん。
引き続き探索にあたるよう。今後は雫も街の警らに出す。
いささか急ではあるが、幾重も策を重ねておかねば遅きに失するであろう。
雫を、しかと守ってくれ。雫は、何かを引き寄せるかもしれぬ。
抜かるなよ」
「はっ、御意に」
勇隼は、静かに目を瞑った。いよいよ事が動くかもしれぬ。
今まで、どんなに探らせても怪しいの一文字も浮かんでこなんだ。
それが、さして重要に見えぬ形で浮かび上がってきたのだ。
なんとしても雫を守らねば……。
勇隼は、ゆっくりと眼をあけた。




