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紫雲の國の玉水の恵み  作者: テディ
三の巻
74/153

由来

 千隼様の声に励まされて登り切った坂道には、

確かに広く開けた平地があった。文字通りの中腹だ。

本来はふもとで一泊してと聞いていたが、それは私の為だったらしいの。

そんなに歩けないと思われていたのか……!!!


木々に覆われて昼なのに暗かった視界に、突然日の光が入った。

そこに確かに小屋というには大きな建物が、たたずんでいた。

確かに、刀は玉鋼(たまはがね)という材料が必要になる。

それを作るのは、また別の職人だ。


何の変哲も無い、いびつな玉鋼を、刀身のように真っ直ぐにするだけで、

1週間以上はかかると聞いたことがある。

その大きな小屋の前に、職人と思われる人たちが

もう出迎えのために待っていてくれていた。


「お持ち申し上げておりました」

そう言って頭を下げた人は、勇隼様と同じ歳くらいだろうか、

女性だった。私は、そのことにとても驚いたの。

性差に驚いたわけでは無い。刀鍛冶という体力勝負の職人の名工に

女性というハンデを乗り越え、努力をした方にお会いできた衝撃だった。


確かに美しい名刀を作るときに、女性特有の細やかさは役立つだろう。

でも、刀鍛冶は、刀だけでなく鍛冶職人と言うのは過酷な職人だ。

彼女の後ろには、年齢幅広く、多くの男性が控えていた。

たぶんお弟子さんなのだろう。皆、静かな微笑みをたたえていて

職人として、地に足をつけて精進して歩んでいるであろうことが

容易に想像できた。


私たちの方からは、意外にも伊吹様が一歩進み出ていた。

なるほど、ここは橙矢様ではなく伊吹様が責任者と言うことだろう。

こうして、私たちは予定よりも早く、鍛冶職人の方とお会いすることができたのだ。


「今日は、こちら一泊なさると良いでしょう。

部屋は如何様にもご用意できますので、ご遠慮なさいますな。

夕刻から夜半の話で決定できる事柄でもありますまい。

橙矢様、それでいかがか?」

柔らかい声色とは反対に、決断の内容は明確だった。

「もちろん、こちらに否はありません」

静かに黙礼する橙矢様の所作は、とても美しいものだった。


「そちらが雫様で?」

突然、名を呼ばれた私は、ぴょんと飛び上がった。

「ヒャイ……!!……はい……」

驚いて声のひっくり返ってしまった私……。ハァ〜〜、しまらない……。

突然落ち込んだ私に、穏やかに笑っておられた鍛冶職人様。

「そんなに緊張なさらずに……。私の名は、橙子(とうこ)

どうぞよろしゅうお願い申し上げます」

そう言って、深々と橙子様が頭を下げると、後ろのお弟子さん達も

同じように頭を上げている……!!!

ああ、久しぶりに、このいたたまれない感じ!!!


「どっっ、どうぞ頭を上げてください。私の名は雫。

こちらこそ、何も分からないので、お教えください」

そう言って、ぴょこんと頭を下げた。


地面を見ている私に、シーンと静寂しか聞こえない……。

……あれっ?? また、まちがえた……??

不安に思って、恐る恐る顔をあげると橙子様の穏やかな微笑みが見える。

……うん??合ってた?


「橙矢様、事前にお聞きしていた通り、聡明なお方ですね」

橙子様が、そう言うと、なぜか橙矢様が満足そうに頷いた。


「さあ、皆様。雫様に、我らの仕事の説明をする間、

しばしお付き合い願いましょう」

橙子様は、そう言って私たちを仕事場に招き入れてくれたのだった。




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