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紫雲の國の玉水の恵み  作者: テディ
一の巻 外伝
38/153

痛覚

 至宝様をお迎えして、そろそろ季節が次に移ろうかと言う時、

勇隼に選抜された面々は、清志郎の家でもてなされていた。


それは、雫が1人で影を浄化する少し前のことだ。

それぞれに雫を支えるべく、選抜された面々は、

日々の緊張を少しほぐすべく、清志郎が企画したのだった。

清志郎、橙矢、仁、伊吹、実道、小春、菊次郎、千隼……。

料理の好きな小春と菊次郎は、いつものように妻の香代を手伝いに行っていた。


「まずは日々を平穏に過ごせていることに感謝して、一献どうだ?」

その清志郎の呼びかけに、にっこりと橙矢が同意した。

「清志郎様、ありがたいことです。さぞ美味しく感じるでしょう」

その一言で、ささやかな宴は始まった。


「千隼様、雫の様子はどうですか?」

そう尋ねた仁に、千隼は苦笑していた。

「仁様、どうぞ私のことは呼び捨てで……。雫様もそうなさっているのに

私だけ敬称がついていては、示しがつきませぬ」

「……千隼様……」

「ほらほら、まだ敬称がついています。私は雫様のようになりたい。

だから、千隼とお呼びください」

穏やかに微笑む千隼に、仁は大きな息をついて笑っていた。

「……千隼……、いや、慣れないものですな。

私には雫を呼ぶよりも、抵抗が大きいのですよ」

「仁様、それでも呼んでいただけて嬉しいですよ。

私は、私の師匠にだけ千早と呼ばれてきた。

雫様がいらして目が覚めました。私は勇隼の息子というだけで

周りから大切にされてきた。実道も幼なじみの気安さで……。

年下としての振る舞いをせずに、申し訳なかったと思っているのです」

「私は、今のままで結構です。これから実道様なぞと呼ばれたら、

背筋が冷たくなりそうだ」

お茶を飲みながら微笑んだ実道に、清志郎は笑っていた。

「まあ、そんなに急には無理がありましょう。

自然に任せるのでよろしいのでは?」

「清志郎様、……それでは自戒になりませぬ……。

それに、今は貴方様が私の剣の師匠なのです。

そうだ!!清志郎様と仁様と橙矢様が呼んでくだされば、皆も躊躇しなくなりましょう。

ぜひここは、お願い申し上げたいのです」

熱心に頼み込む千隼に、清志郎、橙矢、仁は顔を見合わせた。

しょうがないと言ったように、清志郎は苦笑いして約束したのだ。


菊次郎と小春は、両手に大皿を持って戻ってきた。

香代は、これから稽古だそうで、もてなせないことを詫びて出かけて行った。


食事も進んできたところで、やはり話題は雫のことになった。

ここにいる面々は、皆が雫の一言に胸を締め付けられるような想いを持っている。

橙矢は皆の自戒を静かに聞いていた。


「その想いがあれば、心配はないでしょう?」

伊吹は、突然に口を開いた。ハッとして伊吹を見ると、

伊吹は真顔で、里芋を口に放り込んでいるところだった。

里芋をゆっくりと味わって、飲み込むと、にっこりとして同じことを言う。

「皆のその想いがあれば、雫様は前に進めるのではないですか?」

「伊吹様、雫は、なぜあんなに他意なく稽古に打ち込めるのでしょう?

あの怒りは本物だったと思うのです。でもあっさり次に進んだ。

自分がもっと執着しそうな性格だから、気になるだけでしょうか?」

小春は、小皿を手に首を傾げていた。

「そうですね……、ここからは私の推測でしかありませんが……」

そう言うと、伊吹は静かに膳の上に箸をおいた。

「雫様は、諦めることで前に進むのだと思います。

私たちは、諦めると言う言葉を、あまり良い意味では使いません。

でも雫様は、元の世界でお一人で過ごしていた。雫様は、肉親の縁に薄かった。

どんなに願っても、もう会うことのできない大切な人達……。

諦めることで、少しの感謝を大切にしていたのだと思うのです。

手に入らないものは思い出を大切に、日々の暮らしは好きなことをできる喜びに、

そうやって1人で立ってこられた」

「そうだな……、どんなに願っても手に入らないものはある。

一生涯かけたとしても……」

仁は、静かに同意していた。

「そんな小さな喜びを、影向(やうがう)様のお告げの中に見つけられたのだと、

そう想うのです」

「そんなに雫の喜びそうなことが入っていたか?」

清志郎まで首を傾げていた。

「ええ。確かに、入っておりました。

影向様は、雫様のご先祖様と約束しているのです。

元の世界で、雫様とご縁のあった皆の心が痛まぬようにすると。

もちろん雫様の心が痛まぬようにするためにも。

あの瞬間、雫様はご自身の肉親と縁を感じ、一人ぼっちでは無くなった。

だから、前に進めたのではと……。そう想うのですよ」


皆が、雫の心を思ってしんみりとなる。あの童のような

快活で、優しくて、よく笑う女性が、背負っていた人生。

それを突然別の世界で、もう一度、一から始めることになった。


「そうなんですね……。雫は見かけより、ずっと強いんですね」

小春は、もう憂い顔ではなく微笑んでいた。

この年でできた、新しい友。誰にでも分け隔てなく、

できないことも黙々と頑張る友。

……いい人と友になれた……。

小春も雫を見習って、幸せを探そうと思ったのだ。

そうすれば、憂い顔などしてはいられない。それで良いと思った。


「でも、耐えすぎて心配にはなります」

菊次郎は、変わらず世話焼きだった。

「あんなに細い手足で……豆だらけだったんですよ?」

ちょっと膨れて清志郎と実道を見た。

「菊次郎、強くならねばならないのだ。雫は、危険なものから

身を守る必要がある。護衛など、いくらでもつけてやれる。

でも隙をつかれれば? 私は雫に顔向けができない。

分かるな?……そういえば、仁も同じことで突っかかってきたな」

清志郎が、仁を見て笑っていると、仁はまだ納得していなかった。

「清志郎様、おっしゃていることは分かりますが、いくらなんでも

稽古が激しすぎませんか?」


清志郎は、ゆっくりと仁を見て、やはり微笑んだ。

「まったく、雫の周りは、どんどん過保護になっていくな……。

桔梗様や華様からも、勇隼様にお尋ねがあったそうだ。

勇隼様は、雫のこととなるとと、笑っておられた。

仁、お前がつっかかってきた時、雫の袖を捲り上げて

雫が真っ赤になったのを覚えておるか?」

清志郎に反撃されて、仁はグッと詰まった。

「仁様……」

小春に呆れられて、仁は慌てて言い訳をし始めた。

「いや、待て!!実際に、すごい打身だったんだ。俺が気がつくんだから

清志郎様も当然気がついていらっしゃるだろう?だから実際にご覧になった方が……」

「だとしても、仁様らしくもない。少し慌てすぎでは……?」

実道の冷静なツッコミに、仁は益々劣勢になっていた。

「仁、あの時なぜ雫が真っ赤になったのか。

それはな……、作戦が失敗したのが私にばれたからだ」

「えっっっ?!」

驚いて口をぽかんと開けている仁に、清志郎は真実を話してやる。

「あの時、雫はいくつかの作戦を試していた。なかなか良い案であったが

いかんせん自分の腕力を策に入れておらなんだ。

だから失敗して、かなり手ひどく打たれたまでだ」

清志郎は、珍しくおもしろそうに声を上げて笑っていた。

「雫はな、こちらが思うよりも、ずっと仕事のことしか考えておらぬ。

皆が、張り切って外に連れ出してやらねばならん」


「分かりました。……詫びに、呉服屋へ連れて行きます」

そう答えた仁に、小春がクスクス笑っていた。

「仁様、たぶん雫は困ると思います」

「雫は着物が嫌いなのか?」

「いいえ、街中を歩いていると呉服屋や(かんざし)を見てはいます。

好きだとは思いますけど……」

クスクス笑いながら、言葉を濁す小春に

じれったくなった仁が、早く教えろとせっついた。

「ここ何ヶ月かで、雫が目を輝かせて店に入ったのは古書店です」

おもしろそうに笑う小春の脇で、実道が仁に教えてやった。

「古書店??」

「ええ、なんでも元の世界と同じ表装の本があったと。

中身を見て、道具の図表になっていたので面白いとはしゃいでいました。

ただ、その後ガッカリしていて……」

「実道、なんでガッカリしたんだ?」

「雫の給金では、買えないほどに高価だったのです。

まあ、古書店ですから値切り様はあるかと思いますけど」

「小春、そんなに高価な道具図表があるのか?」

「いいえ、物によると思います。ただ、必要な人にとっては、

いくらでも出すでしょうね」

「……雫は、それが欲しい物なのか?……大丈夫なのか?

……まあ、それが楽しいなら良いが……」

腕を組んで唸り出した仁に、伊吹はやはり微笑みながら満足そうだった。


「ね、私のお話しした通り、皆の想いがあれば心配ありませんよ。ね?」

伊吹は嬉しそうに、もう一つ里芋を頬張ったのだった。


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