召喚
翼賛の國君主、勇隼は、ジッと目をつぶったままだった。
彼の忠実で有能な部下たちが、
ああでもない、こうでもないと
祈りの民の代表、伊吹を囲んで議論している。
馴染み深い屋敷の、会議をするための大広間で、
もう2刻も、この状態なのだ。
議論は、とめどもなく問題を炙り出していった。
勇隼は、自分を支える重鎮と、
中堅、若手を見て思った。
……よくぞ、ここまで……。
よくぞ、ここまで國を想うものが育った……。
勇隼は、5歳の時に隼に選ばれた。
その時の、その瞬間しか覚えていない。
國主様に、偶然にもお目通りが叶った日、
勇隼は隼を目にしたのだ。
先代の國主は、何事もざっくばらんな性格で、
子供も好きだった。
父が旗本で、屋敷にはよく出入りさせてもらっていたのだ。
隼を初めて目にした勇隼は、なんの考えもなく床の間にある隼に手を伸ばし、
スラッと刀身を抜いたのだ。
……なんて美しい……。
勇隼が手にした隼は、喜んでいるかのように光り輝いていた。
キラキラ光る刀身を、ほぉっと見惚れるように見る勇隼。
あのあと、父が肝を潰したと苦笑いしていたのを忘れられないでいる。
うっとりと隼を眺める勇隼に、國主が笑い出した。
「これで我が國は、安泰じゃ。勇隼と申したな。
明日から、屋敷に通うと良いぞ。楽しいことがたくさんあるからの」
そう言って笑う國主様は、自分の父よりはずっと立派な顎髭を丁寧に撫でていた。
あれから45年近く。いろいろな事があった。
先代の國主は、勇隼が18歳の時に天に帰っていった。
先代は微笑んでいた。なんの心配もしていない、お前がいるからと……。
あの時ほど、涙がこぼれたことはない。先代は、まるで祈りの民のように
勇隼に、様々な助言を残して旅立った。
「勇隼、この世は悪くないぞ。それを忘れるな。
ほんに悪くない……。幸せは、そこら中に転がっておる……。
お前も、じきに分かる。困難も、乗り越えた後に味わう幸せに比べたら
やりがいがあるというものじゃ。まずは、伴侶が見つかるであろう。
良いか、しかと捕まえておけ。お前の人生への至宝じゃからの……」
そう言って、床についたまま幸せそうに微笑んでいた。
実際、それから程なくして桔梗を見つけたのだ。
勇隼は縁談というものに、うんざりしていた。
皆が善意で、紹介してくれていることだけが、
彼を救っていた。これで権力への執着が見え隠れする家臣がいたら
心底うんざりしただろう。勇隼も、まだ若かったのだ。
桔梗は、まるで園庭でひっそりと咲く花と同じだった。
その桔梗を、熱意を持って迎え利発な子にも2人恵まれた。
充分に幸せだったなか、問題が持ち上がった。
影向様から、お告げがあったと伊吹から使いがきたのだ。
屋敷に動揺が走っていた。それはそうだ。
年に一回の大祭の時に、今年も無事に祭りを迎えられたことを
ねぎらわれる。お告げとは普段は、そういうものだったのだ。
勇隼は、嫌な予感がしていた。
この國の仕事に従事するものならば、誰でも知っている
語り継がれている話。
まさかとは思うが……。
急いで屋敷にいる面々を呼び、伊吹の話を全員で聞くことにしたのだ。
伊吹は、いつものように飄々と、内容を語り出した。
そして、勇隼の勘は当たっていたのだった。
皆の議論が白熱していく中、勇隼は一つ懸念を持っていた。
至宝様を呼び寄せたとして、断られたら?その場合は、どうするのだ?
至宝様にきていただいた時の文献は少ない。
今の時代より、紙も筆も劣っていたとはいえ、意外なほど少ないのだ。
あえて、残さなんだか……?
何百年も前の話だから、確かめる術はない。
「伊吹、ひとつ聞きたい」
勇隼が、静かに問うと伊吹は真っ直ぐに勇隼を見返した。
「はい、お館様」
「至宝様が、こちらの要望を聞いてくださると何故分かる?」
「……影向様からのお告げですと、
困っている者を見捨てられぬ至宝だから心配はいらぬと。
ただ……」
「ただ?」
「至宝様自身が、葛藤を乗り越えるまで、
しかと皆で支えるようにと。そう仰っておりました」
それを聞いて、勇隼は目を瞑ってジッと考え込んだ。
あれほど白熱していた議論は、シンと静まりかえり
勇隼が決断する時を待っていた。
しばらく、……かなり長い間の沈黙の後、
勇隼は決断した。
「伊吹、至宝様をお迎えする準備をするように。
学士は、過去の文献を今一度改めよ。
いらせられたら、屋敷でお迎えするゆえ、その準備を。
剣士は、屋敷の外も中も、警備の配置を見直すように。
皆、心を一つにして、頼んだぞ」
次々と指示を出した勇隼は、おもむろに立ち上がったのだった。




