慈心
稽古に明け暮れている私の所へは、変わるがわる色々な人が
顔を出してくれていた。その頃の私は、
ようやく自分の気が見え始めた所だったの。
面白いことに、菊次郎様と仁様は毎日いらした。
菊次郎様は、ニコニコと籠を持って現れ、毎日私の手の手入れをして
帰っていく。豆が潰れることは無くなったけど、そこに軟膏を丁寧に塗って、
また明日参りますと、仕事場に戻っていくの。
そんな菊次郎様が戻った後、その場にまだ残っていた仁様が、
優しく笑いながら、驚くようなことを言ったのだ。
「雫、菊次郎はお前のためだけの軟膏を作ったんだ」
「えっ? そうなんですか? 」
菊次郎様は、籠の中に色々入れていただが、軟膏の入れ物は
小さいものを何個も持っていた。
「雫の手が立派な剣士の手になっていくだろう?
我らの至宝様を誇りに思うのと同時に、胸が痛むんだそうだ」
「……誰のですか……?」
「もちろん菊次郎のだ」
仁様は、私の答えに大笑いしていた。
「お前の良いところは、その自分が特別だと思っていない所なのかもな」
ひとしきり笑った後、仁様は顎に手をやりニヤリと笑っている。
……褒められている……のかな?
「大丈夫ですよ、雫。仁様の最大級の賛辞です」
脇で一緒に休憩していた実道様が、冷静に教えてくれた。
「そうだぞ、雫。お前に感心しているんだ。
菊次郎はな、運命とはいえ剣士になるために
たおやかな女性の手が、変化していくので胸が痛むんだとよ。
お前は、心底望んで剣士を志していたわけじゃないから
なおさら、そう想うんだろうよ」
そう言われて、私は不思議な気持ちで自分の掌を見た。
確かに、……たくましくなったなぁ……。
実は足も、かなりの豆の数だった。
こっちの世界にテーピングなんて無いものね。
菊次郎様が、消毒した針で水を抜き、皮を取らずに布をあてて
その上から包帯を巻いてくれていたの。
毎日毎日、日に何度も。ようやく豆ができなくなってからは
丹念に軟膏を塗ってくれていた。
菊次郎様、そんなこと想ってくれてたんだ……。
菊次郎様だけじゃない。仁様も、私の様子にとても敏感だ。
こんな感じで終始ふざけているように見えるけど、
疲れがたまったときなんかは私自身より早く見抜いて、
清志郎様に休ませるように言付けて帰っていったり、
打身が強かったところも、一発で見抜かれた。
その時も、とても驚いた記憶がある。
打ち合いの時、こちらは簡単な防具をつけるんだけど、胴以外は
本当に簡易な防具なの。だから、打身は結構普通にある。
その日は、ちょっと失敗して二の腕に派手にアザができるほどの
打身になっちゃったんだよね。
仁様は、いつものように道場に来て、隅っこで清志郎様を話していたかと思うと、
突然、私の方へ来て怪我をしていない腕を掴んで、
清志郎様の前に引っ張っていかれた。
「清志郎様、これも稽古のうちなのですか?」
珍しく語気を強めて、清志郎様の前で打身のある方の腕の袖を
ガッと肩まであげられた。そこには大きなアザのできた、私の腕が……。
私は自分の失敗が恥ずかしくなって、真っ赤になってしまったんだけど、
清志郎様は、小声で仁様を嗜めた。
「仁、内密になっているとはいえ、周りは剣士だらけだぞ。
雫の気持ちを考えろ」
おお、自分でも忘れてた。私、少年?青年?ってことになっているんだった。
女性は、こんなにたくし上げたりしないよね。
はしたないということですか、師匠?
仁様は、唇を噛んで、溜飲を下げたようだ。
「……すまなかった、雫」
そう言って、袖をおろすと、それでも清志郎様に食い下がっていた。
そんな仁様に、清志郎様はふっと微笑んだのだ。
「仁、それも稽古の内だ。避けては通れんし、将来の雫のためだ。
お前も雫が、可愛いんだな。過保護な兄のようだぞ」
そう言って清志郎様は、仁様も可愛くて仕方がないというように
微笑んだのだ。
その後が仁様らしかった。清志郎様の微笑みにいたたまれなくなったのか
グッと何かを飲み込むような顔をして、しどろもどろに、
よく分からない答えをいって、踵を返してしまったのよ。
「清志郎様!!……俺はもう、良い歳をしたオヤジで、
……グッッ……、その手にはのりませんからね!!
雫、いいか。絶対無理をするな!!分かったな?!」
動揺した仁様に、ここは素直に頷いておこう。
「いいか、あとで医局に来い!手当てするからな!」
そう言って、仁様は慌てて道場を後にしたのだ。
そんなことを思い出しながら、仁様の顔を見た。
確かに、私に過保護な人が増えていく。
ちょっと顔がほころぶと、仁様は嬉しそうに笑ったのだ。
「雫、ちゃんと自分を大切にするんだぞ」
仁様はそう言って、私の頭を撫でていた。




