視点
久しぶりの休暇を満喫した私は、気持ちが元気になっていた。
朝から張り切って稽古していたら、思いがけないことに橙矢様が現れた。
彼は政権の参謀、軍師のような仕事もしていて多忙なはずなの。
なかなか話を聞く機会がなかったから、
それならと稽古にのめり込んでいったのよね。
急に時間が空いたのかな?ま、いいか。
打ち込みに戻ろうとしたら、清志郎様に呼ばれてしまった。
「雫、こちらに来なさい」
振り返ってうなずくと、橙矢様は相変わらず表情の読めない強面だった。
橙矢様、あの表情で損してないのかな……?
そんなことを考えながら、手拭いで汗を拭き、2人のところへ行った。
挨拶のために正座すると、橙矢様がふっと微笑んだ。
あれ?!ご機嫌なのかな……?
私が驚いた瞬間に、道場内からどよめきが起きた。
何、何……?
慌てて周りを見回すと、皆がこちらを見ている。
何だ、みんな橙矢様を知ってたの? でも、よそ見してると……。
清志郎様が、無表情で道場内を見渡している。
ああ〜〜、怒られるパターンだと思うんだけど……。
「今こちらを見た者、屋敷周囲を10週走ってこい」
……やっぱりね。清志郎様の静かな指令に、全員がピョンと飛び上がり、
慌てて外へ走り出して行った。よそ見をしていなかったのは
実道様と、その周辺の稽古に夢中だった人達……。
ま、実道様が相手じゃあ、よそ見もできないよね。
残った人達は、あからさまに助かった〜と言う顔をしているよ。
うん、その気持ち、私も分かる!!
橙矢様は、私を見て面白そうに話し出した。
「雫、髪がのびたな」
「あ、そうですか?そういえば、1ヶ月以上お会いしてないですね。
少し結べるくらいになりました」
「のばすのか?」
「う〜〜ん、どうしようか迷っています。
結べないと稽古の邪魔になるんですよ。でも変装としては
効果が薄くなるので、どうしようか迷ってます」
「そうか?そのまま青年剣士のように、1つの束にして結えば
変装になるであろう?」
「……女子力なしか〜〜」
うなだれた私に、橙矢様は笑い出した。
「女子力とは何だ?」
「ええと、女性らしい力のことです……。可愛らしいとか、
美しいとか、見た目だけじゃなくて気遣いができるとか。
それを女子力と言います」
「ふむ……。気にするな、お前には女性らしさも、気遣いもあるだろう?」
「橙矢様、それって慰めてます?」
「いや、慰めではない。思っていることを口にしているだけだ」
私は、への字口で橙矢様を見て、妥協することにした。
「分かりました。そう思っておきます」
「お前、……納得していないな?……ま、良いか。
街中に出られるようになったら、女性の格好で歩けば良いではないか。
使い分けて楽しめ」
「……橙矢様!!!……それは良いアイディア……!!、
あ、違った、それは良い考えです!!」
「おっ?そっ……そうか?」
ひるむ橙矢様を見て、脇で清志郎様がクスクスと笑い出した。
「雫、橙矢を慌てさせるなんて、なかなか良いぞ。
こいつは、面白いくらい動揺しないヤツなんだ。
能面のような男でな。さっき微笑んだのも、半年ぶりに見た」
「半年?!?!」
「そうだ。まあ、橙矢の仕事を考えると、しようがないんだが。
いちいち思っていることが全部顔に出るようじゃ、仕事にならないからな」
何だ、橙矢様。その表情で得もしてるんだ。なら心配ないか。
「じゃあ、さっきのどよめきって……?」
「お前の想像通りだ。橙矢が笑ったところを初めて見るヤツもいただろう」
「それってレアすぎじゃ……。あ、違った。ええと、それって珍しすぎじゃ?」
慌てて言い直す私に、橙矢様は強面に戻ってしまった。
「雫、言葉は大変なのか?以前より、言い直すことが増えているが……」
「すみません、緊張しなくなってきたので、どうしても言葉使いが
普通に戻っちゃうんですよね。私たちは、外国からきた言葉を
自国流に直して使っていたりしたので……。意味は一緒なんですけど
手軽だから、つい使っちゃうんです。言葉も新しく生まれたりしますしね。
昔とは正反対の意味で定着してしまった言葉もあるんですよ。
気をつけますね」
「そうか……、いや徐々に慣れると良い。気にするな」
「ありがとうございます。ところで橙矢様、何か緊急ですか?」
「これから時間が空く事になった。以前、質問が思いつかないと
話していたな。お館様の許可が降りたので、街中を歩いて見るか?
一緒に歩けば、質問もしやすいし、すぐに答えてやれるからな」
……やった!!!屋敷の外を見ることができる!!
昨日、清志郎様のお屋敷に伺わせていただいたばかりなのに、
なってラッキーな!!!あ、違った。なんて幸運な!!!
あ、心の中だから、言い直さなくても良かった。ああ、面倒だ!!
反射的に師匠を見ると、清志郎様はクスクス笑っていた。
「雫、特別だぞ。明日からは普通の稽古だ。
念の為、隼を脇から離すな。護衛には実道をつける」
稽古以外では、私に甘い清志郎様。何も部隊一
強い人を稽古を中断させてまで、私に付けなくても……。
遠慮する私に、橙矢様が決断を下した。
「清志郎様、それは助かります。実は千隼様も同行したいと
お申し出くださったのですが、それでは雫が目立ちすぎると
お館様が許可なさらなかったのです。雫、決定だ」
「……はぁい」
ぜんは急げ!!私は、大急ぎで準備する事にしたのだった。




