修練
目を覚ましたときには、もういつもの部屋にいた。
ふと横を見ると、さっきの小鬼がニコニコと転げ回っている。
書物を読んでいる仁様が、慌てる様子もなく顔を上げた。
「お、目が覚めたか……」
そういうと、私の手を取り脈をとっていた。
「うん、変わりないな。もう大丈夫だ。気持ち悪いとかないか?」
「ないですけど、少し疲れました」
「そうか。起き上がれるか?」
「はい、大丈夫です」
そう言って起き上がると、……寝ているときに着ている浴衣を着てる……。
……!!!
思わず胸元を押さえて、バッと仁様を見た。
いや、反射的に見てしまった私は、悪くないと思う。
「いやっ、待て!! 着替えさせたのは俺じゃない!!」
仁様が慌て出すと、入るぞと声がして、大笑いしながら勇隼様が部屋に来た。
「仁、反省しろ。女の子を怖がらせるようでは、まだまだだな」
「いや、お館様……」
正座して神妙に頭を下げる仁様は、ちょっと面白い。
勇隼様は、ゆったりと私の床の隣にあぐらで座り、それが緊張感を和らげた。
大抵は正座で話すことが多かったからだと思うんだよね。
「雫、気分はどうだい?」
「少し、疲れていますけど気分は良いです」
「そうか、それは良かった。桔梗と華が、落ち着かなくてね」
「心配かけてすみません……」
「良いや、雫のせいではない。気にすることはないんだ」
勇隼様は、いつものように柔らかく笑うと、静かに真顔に戻り
私に視線を合わせた。
「雫、何があったか教えてもらえるかい?」
その質問に、私は自分で思っていたよりも動揺していた。
何が起きているのかを、この國の人達は知っていると思っていたから。
むしろ、私は説明をしてもらえると思っていたのだ。
「……最初に、あれを見たのは道場でした。千隼様に連れて行ってもらった時です」
こうなったら……、見たままに話すしかない。
「稽古をつけてもらった仕上げに、隼で素振りをして欲しいと
言われました。刀を構えた時、道場の端に影が見えたんです」
「影……?」
「はい。あんな所に日陰があったっけと思いました。
その時は別に影を気にすることなく、素振りをしました。
空間を切る手応えがあった時、何か虹色の光が、空に昇っていくのが見えたんです。
でも、その時の私は、この世界が夢ではないと気がついた瞬間で
その事を気にする余裕がありませんでした。
今日、庭で切ったのも同じ影だと思います。
虹色の粉が空に昇って行きました。私が見たのは、それだけです」
勇隼様は、うんうんと頷いてくれていた。そして後ろに控えている仁様に
同じように質問を重ねていった。
「仁、お前も同じように見えたか?」
「いいえ、私に見えたのは小鬼の邪眼が蒼く光った事、
雫が振りおろした隼が光った事。それのみです」
「……そうか……」
勇隼様は、國主の顔になっていた。それは、平和な暮らししか知らない私にも、
何か決定が降りると分かるほど、空気がシンッと静まり返るような雰囲気だ。
「雫、来たばかりですまないが、
思っていたより早く準備をする必要があるようだ。
実はね、雫が見たという影。誰でも見られるわけではない。
でも皆が見えないわけでもない。街中で、その影の報告が入っているんだ」
……あの影……。不気味だったな。何がと聞かれると困るんだけど、
触っちゃいけない感じがしたんだよね。これ、思っていたより深刻なの?
「勇隼様、影に触るとどうなるんですか?」
「はっきりとは分かっていないんだが、……弱みに付け込まれる」
「弱み?」
「そうだ。人は誰でも、触れて欲しくないことや
そっとしておきたいものを持っている。
そこを暴かれて、理性を取り込まれていく。要は飲み込まれるんだ」
「なぜ影ができるんですか?」
「何百年かに一度、この影に魅了されて動く人間がいる。
分かっているのはそこまでで、史料にも書いていないんだ。
ただ分かっているのは、至宝様を呼び寄せ、共に戦うこと。
……影がこの屋敷にまで出だしたと言うことは、
その誰かが、至宝様が現れた事を、もう知っていると言う事だ」
「最終的には、その誰かを突き止めなくてはならないんですね?」
「そうなるだろう。……雫、君の手元に隼を置くことにしよう。
隼は君を待っていたようだ。そして、君には護衛をつけることにする。
仁、雫の体調はどうなんだ?」
「はい、お館様。体調が悪いと言う問題ではなく、隼を使うと
雫の中の気が使われるのかと……ですから激しい疲労が問題だと思います」
……なるほど、だから気を失うんだ……。そういえば、
ごっそりと何かが自分の中から抜けていく気がする。
「雫、今日はゆっくり休みなさい。気を操れる方法を
明日から考えてみよう。それから、そこの小鬼……」
私の脇で嬉しそうに転げ回っている小鬼君。
……たぶん男の子だと思うんだけど。そもそも性別はあるのかしら?
勇隼様は、優しくその小鬼を見て、驚くような話を始めた。
「その小鬼、雫のために来たらしい」
「え?……女官さんになついている子の内の一鬼なんじゃ……?」
「雫、屋敷に三つ目の子はいなかったそうだ。
三つ目はね、そんなにいるもんじゃないんだよ。
ま、もう休みなさい。あとはまた明日」
そう言うと勇隼様は、ポンポンと私の頭を軽く撫でて、
部屋を出て行った。……さすが、イケオジ……。
何をやってもキマッテいるなあ。
、疲れ切っていた私は、仁様にも勧められて、女官さんも来てくれたので、
警戒していた事をスッカリ忘れ、またグーグー寝てしまったの。
……いくらなんでも、ちょっと用心深くならないとダメよね……。




