覚醒
私が仁様に、体調についての質問に答えていると、
そこに薬師の菊次郎様が、現れた。
「ああ、やっぱり仁様につかまってたんですね」
そういうと、菊次郎様はにっこりと笑った。
「ちょうど良かった。お前、こっちに来て一緒に話せ。
その方が時間の無駄がなくなるだろう」
仁様にそう言われると、菊次郎様は仁様の隣に座って
私に頭を下げてくれた。
「雫様、改めまして菊次郎と申します。
敬称や敬語についてですが、一般的に年下のものは
年長者に敬称と敬語は使わなければなりません。
ですので、自然な形になるように、このままでお許しください」
丁寧に説明されてしまい、彼のいう事も、もっともなので
ここは私が折れることにしたの。
それにしても勇隼様は、なぜ薬師の方まで人選してくれたのかしら?
薬湯などで、確認したいことがあったのかな?
「薬などで、何かご心配なさっていることはありませんか?」
菊次郎様に尋ねられて、私は考え込んでしまった。
そもそも、私が使用していた薬の成分は加工されて、
抽出されたものだっただろう。
漢方薬は、今まで飲んだ経験がなかった。
確か漢方薬にも副作用があると聞いたことがある。
詳しく分からない私は、正直に聞いてみることにしたの。
「菊次郎様、私は自然の草花から作る薬を飲んだことがありません。
ここの薬は、どうやって作るのですか?」
そう尋ねると、菊次郎様は素直に目を丸くしていた。
「……ええとですね……。まずは私の事は、どうぞ呼び捨てで。
それが習わしだとお思いください。
……そして……薬ですが、私たちは草花や昆虫、
そう言ったものから薬を作ります。これには相性がありまして、
個人差によって組み合わせを変えたりするのです」
「……、ではお言葉に甘えて……。
菊次郎、それは副作用があるから?」
「副作用?」
「ああ、えっと、体に良い成分があっても、人によっては
毒になる。そういう反応を副作用と言います」
「なるほど……。そうです。
我らは反井と呼びます」
「……使用したことがないので、その都度試すしかないと思うの。
それでどうかしら」
「承知しました。皆に申し伝えておきます。
お忙しいでしょうから、その内薬局にも遊びに来てください。
薬を作るところを、お見せできると思いますよ」
柔らかく笑った彼に、礼を伝えて
ようやく私の顔合わせは終了したの。
部屋に戻る為に、庭を通って行こうと仁様に教えてもらい、
2人に送ってもらうことになった。確かに……迷子は恥ずかしい。
ちょうど庭を見渡せるところまで来た時だった。
「あれ?」
気がつくと私の目の前に小鬼が一鬼現れたのよ。
ああ、この子は三つ目の子だ。朝はニコニコしていたのに、
今は笑っていない。気になって小鬼に手を伸ばしたの。
「どうしたの?何かあったの?」
彼の目線になるように、しゃがんで視線を合わせると、
額にある瞳が、蒼く揺れていることに気がついた。
慌てて抱き上げると、やっぱり首にしがみついている。
「どうしたの?寂しくなったの?」
いつもは喜んでキュッキュッと泣いてくれるのに、
声も上げていない。
「仁様、この子、額の目が蒼くなっているんです。
いつもはそんなことないのに……。小鬼も病気になるんですか?」
そう言って、仁様を見上げると……。
仁様と菊次郎が、真っ青になっている。それでも医療に関わっているだけあって
冷静な声色で、仁様が指示を出した。
「雫、その小鬼、しっかり抱いていてくれ。
菊次郎、千隼様だ」
そう言われた瞬間、菊次郎様は走り出していた。
訳のわからない私は、小鬼の背中を撫でてあげるしかできない。
「何かあったのね? もう大丈夫だよ。落ち着いて、ほら落ち着いて……」
背を撫でている私からは、小鬼の瞳が確認できない。
私は、仁様の表情に変化はないか無意識に確認していた。
すると……、小鬼が顔を上げ、振り返った瞬間、体を震わせ出した。
「え? 怖いの? どうしたの?」
オロオロする私に、千隼様の声が響いた。
「雫様!!これを!!」
そう言って、私に何か放り投げた。
隼じゃない!!!
とっさに小鬼を抱いたまま立ち上がって、片手で隼をつかんだ。
良かった、落とさなかった!!
そう思った瞬間、小鬼がキーッ!!と、今まで聞いた事もない声で
威嚇している。その視線の先は……。
これ、道場で見たのと同じだ。あんな所に日陰ができるわけがない。
だって、庭の真ん中で、日を遮るものなんて何もない。
「仁様!!この子をお願いします!!」
仁様に小鬼を預け、袴に隼をさした。剣士の格好で良かった!!!
目の前の暗闇に、私は考える余裕がなかった。
本能が、道場で見た影と同じだと言っている。
呼吸を整えて……。
清志郎様に教わった通り、静かに隼を抜いた。
上手くいかなければ、どうなるんだろう……。
いいや、何度でもやらなきゃ。
一抹の不安を吹っ切るかのように、私は丹田に気を込めた。
そして素早く息をすうと、影に向かって刀を振り下ろす。
お願い……!!どうか、上手くいって!!
空間に切れ目が入る手応えがあった。
そうして……。
……あ、まただ……。
何かが虹色の粉になって、空へ登っていくのが見える。
……成功した……?
後ろからワッと歓声が上がった。
振り返って小鬼を見ると、瞳は普通の色に戻っていて、
ニコニコしているのが見える。
……良かった。成功したんだ。
そう思った瞬間、グラッと目の前の地面が揺れた。
「雫様!!」
千隼様の声が聞こえる。その後は、もう分からなくなっていた。




