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紫雲の國の玉水の恵み  作者: テディ
七の巻
152/153

検証

 私は、ガックリと膝をついた。

あれっ?いつもと同じくらいしか力を使ってないと思うんだけど……。


そんな事を思った瞬間、仁様の焦った声が聞こえる。

「雫っっ!!!」

あぁ、そういえば仁様、今回は大人しく後ろで見ていただけだったなぁ……。

そんな呑気なことを思っていたのに、仁様の焦りっぷりといったら……!


……過保護発動だぁ……。ありがたいけど、後で恥ずかしくなっちゃうんだよなぁ。

そんなことを悠長に考えていたら、あっという間に抱き抱えられて

医局へ連れてこられた。もちろん菊次郎様も硬い表情のまま、

隣の薬師棟からカゴいっぱいの薬を持ってきている。

いや、菊次郎様。たぶん疲れただけで、その苦そうなお薬の出番はないと思うんだけど……。

仁様は、いつものように脈をとったり、私の呼吸を確かめたり、忙しそうだ。


うん、菊次郎様の手のお椀にある白い湯気を出している飲み物……。


「さ、雫。これを飲んでおけ。いつもの疲労回復の薬湯だ」

心配そうに顔を覗き込んでくる仁様に、私の口は思わずへの字になったらしい。

「雫様、苦くとも効果が早く出ます。どうかお飲みになってください」

心配しすぎて真っ青の菊次郎様に、横からそう言われてしまっては飲まないわけにはいかない。

仁様に助けてもらいながら、なんとか飲み干した。

……にっがーーいっっっ!!!……。


この薬湯、確かに効能はバツグンなの。でも、……でも、苦いのよ……。

良薬口に苦しって、よく言ったものよねぇ。

飲んでしまえばこっちのもの。其の内、体がじんわり暖まり出して眠気が……。


うとうとと眠気の中に沈んでいきそうになる瞬間、いつもと違って聞き慣れた声がした。

橙矢様だ。珍しいな。眠そうな私には何を問いかけても時間を浪費するだけと

竹を割ったかのようなスッパリした判断力で、こうなった私と話すことは一度もなかったのに。


「雫、すまんな。今日ばかりは、もう少し起きていてくれ」

そう話す橙矢様の脇で、仁様は仏頂面を隠そうともしていない。

「仁、お主の言いたいことは良く分かっておる。しかし今この時に

聞かねばならぬだ」

そう言った橙矢様は、私の脇に腰を下ろすと静かに質問を始めた。


「雫、甲斐という御仁に変わったような印象はなかったか?」


……変わった……??

私、たぶん目をパチクリさせたと思う。驚いた後に、甲斐先輩との会話を思い出してみた。

そう、あのありえない緊張感の中の会話を……。


そういえば……。

甲斐先輩はおしゃべりではない。いつも冷静なのはそのままだけど、

多弁ではないにしても、話し方が固かった……?

そりゃあ影を操ることが生きる条件って言ってたから固くもなるのかしら?


私の中に、先輩との会話が蘇ってくる。


「雫、聞いているのは俺だ。いや、聞いているんじゃないな。

言うことを聞いてもらおう」

「……嫌だと言ったら……?」

「……嫌だ……? それは意外な意見だな……。

だってお前、震えているぞ? 帰りたいだろ?」


……あれっ……?

あの時は影のゆらめきが怖くて気がつかなかった……。

先輩って人に強要するように話す人じゃない。

でも、あの時はまるで結論が決まっているかのように話していた。



「意外、……意外ではないですよ……?

先輩……、説明してもらえませんかね? いったいどうやってこの世界へ?」

「……俺が説明する義理はないと思うが……?」

「いいえ、義理はありますね。先輩が持っているもの……、

それが原因で私がこっちに呼ばれたと思っているので。

……だから、話をしてもらう権利も必要も、おおありなんですよ」


そこまで話した時、私は無意識に隼を構えた。

それが敵意だったのか、怒りだったのか……。

今でもよく分からない。でも、絶対に話してもらうつもりでいたんだもの。



「一緒に来い。帰っていつもの生活にもどるぞ」

キッパリ言い切った甲斐先輩に、ふと疑問を覚える。

なぜ帰れると思っているんだろう……。誰かに何か言われている?

例えば、必ず帰れると……?


「信じられません」

「なぜだ?」

「私は、帰・る・こ・と・が・で・き・る・か・は・分・か・ら・な・い・、

そう説明を受けているからです。言い伝えはむしろ逆で、帰ることはできない。

この國の人たちは、そう思っていましたよ?なぜ帰れると思っているのか、説明してください」


そうだ。あの時の私の話に、甲斐先輩は初めて表情を固めた。

あんなにキッパリと帰ると言っていたのに。動揺しているんだ。

そう思ったんだった。


回想から浮上した私は、橙矢様を見た。

いつものようにキラキラする金色の髪と。

アンバー色の瞳は柔らかさよりは冷静さが目立つ。


「橙矢様。甲斐先輩、変でした」

「……どのようにだ?」

「あんなに人の気持ちを聞かずに行動を強要する人ではありません。

状況が違うからというにしても、性急すぎます。

それに……」

「それに……?」

私の話に橙矢様の片眉が上がった。よくもまあ器用に片眉だけ上がるもんだ。

みんなできる?私は真似してみたけど、あんなに綺麗に片眉だけ動かないのよね……。

おっと、話を戻さないと。

「先輩から、大丈夫かと聞かれませんでした。

いつもの先輩なら、心配して聞かれるとばかり思っていました」

私の答えに橙矢様は考え込んでいるようだった。

「橙矢様、先輩にはシナリオ……、えっと筋書きがあるかのようでした」

「筋書きだと?」

「はい。彼は何らかの方法で元の世界に帰れると思っているようでした。

だから私も一緒に帰るぞと……。

でも私は、帰ることができるかは分からないと聞いていると話すと

初めて動揺したんです」

橙矢様は、袖の中で腕を組んだ。じっくりと考える時によくこのポーズをするの。

「雫、お前はどう思う?だれが筋書きを言って聞かせたのであろうな?」

「そうなんですよね……」


そう言ってもう一度先輩との会話を思い起こす。



「そうか。それでも鵜呑みにはできないぞ。

俺は、これを操ることが生きる条件になっているからな」



この一言は私にショックを与えた。すぐに信じるとは思えなかったけど、

それよりも、その制約は本当だったらマズイ状況……。


「雫は、何を操れるんだ?最初、この街にお前は居なかった。

間違いない、何年も歩いているんだからな。

この屋敷にも、お前は居なかった」

「……何年も……?」

「そうだ、3年ちかく歩き続けてるんだ。間違いない、

お前は居なかった。いつからここに居るんだ?他にも誰か来たか?」

「……他にも……?」


私は回想から浮上すると、橙矢様に疑問を連ねていった。


「橙矢様、先輩は影を操ることが生きる条件になっていると話していました。

それに私がこちらにくる直前まで、元の世界で私と彼は会っていた。

それなのに、彼は私よりも前にこちらに呼ばれているようです。

少なくとも3年この街を歩き尽くしたと言っていました」


私の話に、橙矢様もショックを受けたようだった。

表情が驚きに満ちるなんて橙矢様らしくない。

そのくらい、こちら側にも分かっていないことがあるという事だ。


「橙矢様、私達に分からないことがあるように、彼にも分からないことがあるようです。

確かめることがあると言って、身を翻しましたから……」


そこまで話すと、急にまぶたが降りてきそうになっていた。

仁様が橙矢様に、そっとそこまでで……と目配せしたのが視界の端に入る。


ごめんね、橙矢様……。ちょっと眠くて……。

限界が来たときに橙矢様の声がうっすらと聞こえた。


「雫、ご苦労であった。よく休むんだぞ」








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