事情
私の決心に、まずは勇隼様が答えてくれた。
今回は、私が使わせてもらっている部屋ではなく、
一つの部屋に通された。そこには、見知らぬ人が何人かいる。
自分の決意が決まった私は強い。
いや、自分で言うのも何だけど……、頑固なだけだけど……。
腹の決まった私は、ある意味において侍のような覚悟ができるんだと思う。
小さい頃からの稽古の賜物なのかもしれない。
この人達は、たぶん勇隼様の片腕、精鋭達だろう。
一目で分かるその状況にも、私は初日のようにオロオロしたりはしなかった。
勇隼様は、静かに優しく私に話し出したの。
「雫様、千隼から聞きました。知りたいことがあるとの事。
何でもお答えします」
そんな勇隼様を、しっかり見た。ここからだ。
「勇隼様、私は、……なぜこの世界に呼ばれたのですか?
なぜ私でなければならなかったのか、それとも誰でも良かったのか。
事情を教えてください」
勇隼様は、もう笑ってはいなかった。私の覚悟が伝わったのだろうか。
自分の背後にチラッと視線をやると、また真っ直ぐに私を見ている。
「伊吹、お前からご説明申し上げなさい」
勇隼様の後ろに控えていた人、それは……祈りの民と呼ばれていた人だ。
確か、私を召喚した日、私の後ろに控えていた人。
伊吹様は、下げていた頭を起こし私を見た。
「雫様。私の名は伊吹。私が影向様のお告げを受けたもの。
私が知りうる限り、お答えいたします」
祈りの民……。どんな役割なんだろう。
いや、この國のことを知るのはあとで良い。
「伊吹様、まずは影向様について教えてください」
「はい。私たちにお告げをくださる影向様は、神の見使いであると
お考えください。影向様は私たちに分かりやすいよう人の形を取り
神のお考えをお伝えくださいます。お告げは頻繁にはありません。
年に一度の大祭以外にお告げがあったことは文献の中にしか
記されておりません。ですので、この度のことは何百年に一度の
異例な事態でございます」
彼は、アメジストのような綺麗な瞳で穏やかに話していた。
「私は、なぜ呼ばれたのですか?」
「……影向様は、運命を持つものが現れると……。
ですから神のご意志であると考えております」
……運命かぁ……。
私はため息をつきたくなった。だって、私に決まってたってことでしょう?
神様の勘違いじゃなかったのか……。
「私にも、元の世界で大切な人がいました。その人達のことは
神様は考えてくれなかったのですか?」
そう尋ねると、伊吹様は表情を変えずに答えた。
まるで、神様のお話を自分の感情で曲げてしまわないように
気をつけているかのようだ。
「雫様、貴方様は元の世界の方々の記憶に残るようにしてあるそうです。
ある人にとっては、引越し、遠い土地に行く、勉学のために旅立つ、
様々な方法で、皆の心が痛まぬようにしてあるそうです。
もちろん雫様の心が痛まぬようにするためにも。
それが、雫様の祖先達との約束だからと」
……祖先達?……両親や祖父母のこと? その前の代の人達も?
……ん???先祖は了承済みなの……??
ますます肩を落としたくなった。本当ですか……、天の世界は
こっちもあっちも繋がっていて一つなのかい!!
……そう来たか……。
せめて夢枕に立ってくれるとか、誰か教えて欲しかったなぁ。
「私は、元の世界でごく普通の研究者になりたい
一般女性でした。別に特別なことができるわけではありません。
とても一國を救えるような器量はありません」
ハッキリと言い切った私に、伊吹様は何でもないことのように
衝撃の事実を教えてくれた。
「雫様、心配いりません。一つ一つ勉強して積み重ねれば良いと
仰っておりました」
……おお!!……勉強し直しなの?!
あれっ、確か物語だとチートだったり、記憶だったりで
無敵になれる人もいた気がするんだけど……?
そうか、……やはりキラキラ転移は、ないのね……?
私は、部屋の中の面々を改めて見回した。
確かに、西洋のお城も、ドレスも、イケメン騎士も、モテモテもない。
……でも……。勇隼様はイケオジだ(奥さんいるけど)。
桔梗様は美しく優しい。千隼様もイケメンだ(かなり年下だから恋はないけど)。
華様も優しくて可愛らしい(華様は、純粋に可愛らしい)。
美しい着物を着せてもらって、美味しいご飯を食べさせてもらって、
元気がなくなれば寄り添ってくれて……。
おまけに神様はご先祖様に根回し済み……。
私は、かなりの決意を持って怒っていた。だって理不尽だと思ったんだもの。
でも、話を聞くと……。神様が根回ししていたのが、かなり効いている。
これは反則では……?
思わず下を見て、ジッと目をつぶる。やっぱりおばあちゃんの言葉が
私の中を駆け巡る。
ありがたいと思うこと……。
分かった、分かったよ、降参!!!頑張るよ。やれば良いんでしょ?
でも、私の要求も飲んでもらうもんね。それで良いよね?
私はガバッと顔をあげた。
「勇隼様。分かりました。精進します。
つきましては、お願いがあります」
「おお、雫様。了承していただけたか!
して、お願いとは……?」
勇隼様は、ホッとしたように破顔していた。
「はい、まずはこの國の仕組みを教えてください。
それから毎日清志郎様の所で稽古をさせてください。
そして、読み書きできるか試したいです。
それから、私の普段の服装を剣士様と同じにしたいのです。
それができるようになったら、街中で暮らしたいのです。
私は、1人で暮らせますし、自分のことは自分でできるようになりたい」
勇隼様は、この方にしては珍しく面食らったような顔をしていた。
いつもはもっと表情を隠すが上手いのだ。
「……雫様、それは構いませんが……、本当にそれだけで良いのですか?」
問われた質問に、私は首を傾げた。
ん???結構、要求したつもりなんだけど……。
「他に私に足りないものがありますか?……あっ!!!そうだ!!
もう一つあります。雫様と呼ぶのをやめていただけると……。
できれば雫と呼んでいただきたいのです。敬語もやめてください。
どうにも慣れなくて……」
勢いのまま、話し続けた私を見て、まだ目をパチクリさせている勇隼様は、
一転、大笑いし出した。
思わず、口が尖っていく。そんなに変なこと言ったかな……?
「いや、……その、申し訳ない。……あんまりにも邪心のない要望だったもので……」
勇隼様は、まだクックッと笑っていた。
「雫様、……いやいや、様を付けずに呼ぶのは……。
分かりました……、分かったから……」
私の恨めしそうな視線に、勇隼様は折れてくれた。
「雫、屋敷が欲しいとか、そんなに稽古が好きなら道場を建ててくれとか、
そう言った要望はないのですか?私たちは、喜んで用意するのだが……?」
思いもしない申し出に、私の方が驚いて慌てて断った。
そんな大掛かりなことしていただいたら、まだ何の貢献もしてないのに!!
おまけに、すごく目立つし人の話題にものぼるだろう。
何ができるかわからないうちは、ひっそりとしておきたい。
「そうか?……うーん……。では気が変わったら教えてくれ。
申し出は全て叶えられるが、剣士と同じ様相がしたいとは……?」
「普段から動きやすくしておきたいのです。
綺麗な着物を着させていただいて、変えたいなんて言って
申し訳ないとは思いますが、できれば性別もわからないくらいにしたいのです」
「……男装していたいと?」
「はい。大きな宴を開いていただいて、私は女性だと知られています。
でもこれから、手探りで何をしていくのかを模索するので、
余計な噂が立ってはいけないと思うんです。
なるべく静かに目立たずに過ごしたい。それが私の希望です」
勇隼様は、顎に手を当ててジッと考え込んでいた。
少しして、やはり後ろに控えていた人に声を掛ける。
「橙矢、聞いていたか?」
「はい、お館様」
頭を下げた人は、私よりも少し上の年齢だろうか?
金色の髪、長さは耳くらいまでで、俗に言う2ブロックだ。
アンバー色の瞳は綺麗だが、表情が読めない……。
「なるほど、雫の言う通りだな。我らは落ち着いているようで、
至宝様をお迎えするのに、浮かれておった。反省せねばならん」
勇隼様は、感心したように私を見ていた。
遠矢様は、ただ目を伏せて同意しているように見える。
「雫、名案だ。至宝様を謎で包んでしまおう。
なに、心配はいらない。国を救うため、色々な場所に出向いていると
してしまえば良い。屋敷の者と、先日の宴に来た者は、
それとなく機密事項だと口止めしよう」
勇隼様は上機嫌に見えた。私のアイディア、良かったのかな?
それなら良かったけど……。
「さ、雫。望み通り、今から勉学だ。やることが山積みだぞ。
私が準備する。良いな、遠矢」
張り切っている勇隼様に、もっと小出しに要求すれば良かったと思ったけど、
もう、遅かったみたい……。




