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百年前の同居人  作者: 境陽月
時はとまりて、
36/39

消えゆく命

「あの、それで先生。父の容態は……どうなのでしょう」

「今夜が峠ですが、正直よろしくありませんな」


夕方になって街から医者がやってきました。

そして医者に同行してじいさんの娘さんもやってきていたのです。

私は声を出さず、音も立てないようにして枕元に立ち医者の話を聞いていました。

深刻な会話がしばらく続き、娘さんは泣き始めました。


「ねえねえ、お母さん。おじいちゃん、大丈夫なの?ずっとおねんねしたままだよ?」


彼女はどうやら男の子をひとり連れているようでした。

声の感じからして写真で見た長男君のようです。


「大丈夫、大丈夫よ。おじいちゃんはね、少し疲れて眠っているだけなの。心配はいらないから」

「ふーん?じゃあ起きたら僕と遊んでくれるかな」

「ええ、もちろんですとも。もちろん……」


涙を拭きながら答える声に私も涙を流しました。


(こんな時に俺は何もできないのか。手助けひとつできない。それどころか今は声をかけることもできない!)


じいさんの意識は戻らず、その晩は医者も娘さんもじいさんの家に泊まることになりました。

私は声を出すことも許されず、じいさんの寝室、現在は物置になってしまった部屋でひとりうずくまっていました。

陽が暮れても灯りもつけず、真っ暗な中でひとり聞き耳をたてていました。


「では私は仮眠してきます。何かあったらすぐ起こしてください」


そういって医者は部屋を出ていきました。

実のところ、医者にできる仕事はもうなかった。

後は神に祈るしかなかったのです。


闇の中で聞こえるのはじいさんの苦しげな呼吸の音だけでした。

後は三十分ごとに、娘さんが額にのせた濡れタオルを絞る水音だけ。

その日はそのまま夜が明け、翌日も容態は変わりませんでした。

三日目入り、医者は足りなくなった薬を取りに街へ戻っていきました。

娘さんと孫の看病にも関わらず、依然としてじいさんの意識は戻りませんでした。

傍目にも、いや傍耳にも娘さんの疲労は色濃く、様子を見に来た村人たちも心配しているようです。

体力も限界だったのでしょう。


(そろそろタオルを替える時間だな……)


しかしなんの物音もしません。

私は耳を澄ませました。

じいさんの呼吸音に混じってかすかに寝息が聞こえてきました。

寝息はふたつ、かわいい孫の坊やもママのお膝で眠ってしまったようです。


(うたた寝してしまったのか。声をかけて起こしてあげようかな?今なら夢かと思うだろうし)


娘さんの座っている椅子のあったあたりへ行き、口を開きかけ、やめました。


(あんなに疲れているんだ。もう少しだけ、休ませてあげよう)


そして今は少し安定しているじいさんの呼吸の音を確かめました。


(じいさんもそれに賛成だろ?このままじゃ娘さん、まいっちまうしな)


しばらくそこに留まっていたかったのですが、私も少し休まないと体がもちそうにありません。

足音を立てないように部屋から廊下に出ました。


「そういや担当さんに連絡いれなきゃな。打ち合わせ延期しなきゃならないし」


電話は二階の私の寝室にあります。

今なら多少の声を出して電話しても大丈夫でしょう。

そう思って音をたてないようにドアを閉めて、階段を上ろうとした時でした。


「?今のは」


誰かに呼ばれたような気がしたのです。

振り向きました、そこにはたった今出てきたばかりの部屋のドア。

咄嗟にドアに耳を押しつけて様子をうかがいました。


「若造、おい……若造。いないの……か。その辺に、隠れとるのか?返事を……して……くれい」


弱々しい、でもはっきりと聞こえました。


「じいさん!意識が戻った……」


慌てて口を塞ぎました、

この部屋にはじいさんだけじゃなく娘さんとお孫さんもいるのです。

終わりを受け入れる、なんてそう簡単にできるはずもない。

覚悟は決めた、と思っていても。

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