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百年前の同居人  作者: 境陽月
風がやむ時
30/39

逆恨みなのか?

ドッ……。


腹を蹴飛ばされました。

吐き出すまいと必死に堪えた朝食が全部、胃の中から飛び出て廊下にブチまけられました。


「グ、グホッ」


苦しげに腹を押さえる私の姿に男は冷ややかな笑みを浮かべました。


「いい気味だ、このドロボウ野郎がッ」

ドカッ、ドカッ。


のた打ち回る私に男は何発も蹴りを入れ、そのたびに私は家の奥へと転がされました。


(な!なんだ、コイツ。何者なんだ?なぜ俺に暴力を?)


風邪による熱で鈍くなった頭で必死に考えますが、心当たりはありませんでした。

しかし男には明確な殺意が感じられました。

どうみても人違いとかではなさそうです。


(くそ、こんなわけのわからん奴に殺されてたまるもんか)


顔面狙いの蹴りをかわして居間に転がり込み、男が入ってくる前にドアを閉めました。

そして中からドアをロックしました。


「アンタ、何者なんだ!なぜこんな真似をする!」


ドア越しに憎悪と殺気を伴う返事が返ってきました。


「フン、俺みたいな屑小説書きなんぞ知らんということか。さすがはご立派な先生さまだな!」

バキッ!


ドアに亀裂が入りました。

亀裂からは鉈の刃がのぞいていました。

昨日柵を延長した時に使った大工道具のひとつです。

片付ける気力もないまま玄関にほったらかしていたのです。


バキッ、バキィッ。

「ヒッ、ヒィィィッ?」


鉈をふるうたびに、ドアが破れ、飛んだ木屑が顔に当たりました。

私は顔を押さえてドアから離れ、直後にドアは蹴り破られました。


「もう、逃がさない……」


狂気の男は鉈を手に迫ってきました。

逃げ場はなく反撃する体力も武器もなし。

私は少しでも距離をとろうと、尻餅をついてへたり込んだ姿勢で必死に下がりました。


「……あ?」


背中に壁が当たって私の後退は止まりました。

左右どちらに逃げても男は余裕で追いついてくるでしょう。


「ま、待ってくれ!俺にはこんなことされる覚えはない!アンタとも昨日が初対面で……」

「黙れ」


ゲシッ。


私の顔に泥だらけの靴底がめり込みました。

頬の内側が切れて泥の味と血の味が口の中に広がりました。


「黙れ、このドロボウ野郎が……」

「泥棒……」


さっきもそういっていました。

しかし私にはやっぱり覚えがありません。

確かに典型的な『貧乏作家のタマゴ』を何年も経験してきましたが。

窮乏のあまり他人様の持ち物に手を出したことはありません。

その寸前までいったことはありますが…………。


「な、何か知らんが、アンタの物を盗んだというなら返す!返すから……」

「ほぉーっ?返してくれるっていうのか」


鉈の刃でピタピタと私の頬を叩きました。

少しだけ皮膚が切れて血が流れました。


「じゃあ返せよ、文芸大賞候補の権利を」

「文芸大賞?候補?」


この時、担当さんと話した会話が脳裏に甦りました。

確かあの時担当さんはこういっていた。


『ウチからの候補はもう一人いたんですがね、各出版元一作が原則でして』

『今回は編集部全員一致であなたをプッシュすることに決まったんです』

『もう一人のは悪くはないんですが、なんていうか、作風が暗くてね』


「じゃあ君がもう一人の候補だった……」

「ご名答」


正解の賞品は手加減なしの平手打ちでした。

ただでさえフラフラの頭にガンガン響きました。


「ついでにいうと、その前もだ」

「そ、その前?」


さずがにそれ以上は思い出せませんでした。

それ以前には面識もなかったはずなんですから。


「わかんねぇだろうな。新人賞の時だよ」

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