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百年前の同居人  作者: 境陽月
ふたつの嵐
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もうひとつの、嵐の中に

「ただいま、おるか?若造」


後ろ手でドアを閉めて、じいさんはいつものように玄関でつい、声をかけてしまったそうです。

耳を澄ませましたが、やっぱり返事はありません。


「ふう……やっぱり帰ってこんかったか」


疲れた声でつぶやくとじいさんはノロノロと動き始めました。

いつものようにギシギシと床をきしませる足音に加えて、ポタポタと水滴が滴り落ちる音が混じります。

ますます激しさを増す雨と風の音の中で、雨合羽も脱がずにじいさんはドカッと座りこみました。


「見廻ってよかったわい。釘が抜けちまってるとはな、それも三ヶ所も」


見廻りの結果はかんばしいものではありませんでした。

しっかり打ちつけたはずの釘が外れて、倒れかかっていた支柱があったそうです。

おかげで思ったより時間がかかってしまったらしい。


「やっぱり、この左手のせいかの。どうにも手元がぐらついちまったわい」


左腕を押さえ、哀しそうに愚痴をこぼす。

その声は肉体の疲れ以上の疲労を感じさせる声だったことでしょう。


「やっぱりもう、無理なんじゃろか。もうこれ以上、ひとりで……ん?何の音じゃッ!」


激しい風雨の音に混じって、メリメリッという何かが割れるような、へし折れるような音が確かに聞こえたのです。


「なんだったんじゃ、今の音は?何か畑の方で……」


慌てて窓際に走っていく足音、そして驚きの声が喉から搾り出されました。


「なんてェことじゃ……あんなモンがわしの畑に!」


大風で飛ばされてきたのであろう、大きな木の枝が、畑の一角を横切り、何本もの葡萄の木をなぎ倒していたそうです。


「ああ、丹精こめて育ててきたわしらの葡萄が……ばあさん、天国にいるんなら神様に直訴してなんとか加護してもらってもよかろうに」


予想外の事故でしたが、私とのいさかいのこともあり、じいさんは一気に落ちこんだそうです。

しかしゆっくり落ちこんでいる暇もない非常事態が継続中でした。

ギリギリの所で直撃を免れた若い葡萄の木が一本、風に揺られていたのですが、それがいきなり大きくしなったのです。


「むむむ!やばいぞ。今ので支柱が折れかかったのか?」


支柱を失った未熟な木は、じいさんの見ている前で右に左に揺れていたそうです。

今にも突風に吹き飛ばされそうな状態だったといいます。


「今、近づくのは危険か……それにこの腕じゃあな」


先程からさすり続けていた左腕ですが、実は完全に動かなくなっていたのだそうです。

気圧の変化で悪化していたところに、支柱の補強作業で無理矢理動かしたせいでしょう。

今までの経験からいって、治るまでには数日かかります。

しかもこの嵐の中では支柱を直すなんて無理でしょう。


「あの木は諦めるしかないか…………」


じいさんは辛そうな声でいうと、窓辺を離れました。

仕方ないこととはいえ、我が子同然の葡萄たちが倒れていく姿を見るのは忍びなかったといいます。

しかし、その時、あることを思い出し、じいさんは叫びました。


「い、いかん!あの木は確か?……まずいぞ、あの木だけは倒しちゃならん!」


じいさんは走り出しました。

左腕のことも忘れるほど取り乱し、玄関を開け放して嵐の中へ逆戻り。

扉を閉めなおすのも忘れた足音が、一直線に葡萄畑へと駆けだしたそうです。

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